144th BASE
お読みいただきありがとうございます。
5月なのに30度超え……。
この暑さ、8月まで耐えられる気がしません(泣)
八月も後半に差し掛かっているのにも関わらず、猛烈な暑さは休む気配を全く見せない。ただし真裕たち亀ヶ崎高校女子野球の合宿地周辺は緑で囲まれており、この時期においては幾分か過ごしやすくなっている。
「じゃあスタメン発表します! 一番ライト、紗愛蘭」
「はい!」
亀ヶ崎は本日、新チームとなってから最初の対外試合を行う。前任の晴香の後を引き継いだ新しい主将、外羽杏玖が溌剌とした声でスタメンを読み上げていく。
「八番ピッチャー、真裕」
先発投手は真裕。彼女は試合に向け、ブルペンで投球練習を行っていた。
「もう一球スライダーいきます」
新チームの初陣で先発を任される。これは真裕がエースになることを期待されている証拠だ。夏の大会での敗戦のショックから完全に立ち直れたわけではない。それでも彼女は前を向き、課題を克服しようと鍛錬を積んできた。今日はその成果を発揮し、エースの座を手繰り寄せたいところである。
「ナイスボール」
真裕の投じたスライダーが右打者の外角低めに決まる。新チームが発足してから、彼女はこのスライダーの習得に重点を置いて取り組んできた。試合で投げるのは初めてとなるが、どのくらい打者に通じるものとなっているか。今回はその辺りにも注目したい。
両チームの準備が整った。間もなく試合開始となる。
「ただいまより、市立岐阜高校対亀ヶ崎高校の試合を始めます」
「よろしくお願いします」
挨拶を終え、後攻の亀ヶ崎の選手たちが守備位置に散っていく。これは練習試合なので観客もいなければ球場アナウンスも無い。つい三週間ほど前まで夏大の騒がしい雰囲気を体験していた身としては、些か寂寥感を抱いてしまう。
「一回、三人で抑えるぞ!」
「おー!」
キャッチャーの優築が大声でナインを引き締め、一回表が始まる。マウンドの真裕はロジンバックに軽く触れて自らに気合を入れる。
(今日の目標は、お兄ちゃんから貰ったスライダーで三振を取ること。これまで練習してきた通りに投げ切ればできるはず)
トップバッターの長池が右打席に入る。今日亀ヶ崎が対戦する市立岐阜高校は、この前の夏大では二回戦で姿を消している。だがそれを機に引退した三年生はたったの三人。そのため前のチームでも主力を張っていた選手が多く残った。この長池もその一人だ。
長池が構えを作る。その様子を一通り観察し、優築が真裕にサインを出す。
(新チームになってからの一投目。腕を振った真っ直ぐで気持ち良くストライクを取ってもらいたい。そうすればチーム全体の景気付けにもなる。頼むよ真裕)
(分かりました)
真裕がオレンジ色のグラブを高々と振りかぶる。彼女は一つ息を吐いてから足を上げ、この試合の第一球を投じる。
「ストライク」
外角低めにストレートが決まった。スライダーを練習しているといっても、投球の基本となるストレートがしっかり投げられなければ話にならない。今の一球には十分威力もあり、この点は流石と言いたいところだ。
二球目もストレートを続け、今度は内角を抉る。長池は打ちに出るも詰まらされ、三塁側へのファールとなる。
これでツーストライクと追い込んだ。早速スライダーを使う場面がやってくる。
(この二週間ずっと真裕のスライダーを見てきたけど、多分まだあの子の追い求める形には近づけていない。けれど試合で実績を積んで自信が付けられたら、自ずと精度も向上していくでしょう)
優築は迷わずスライダーを投げさせる。今日は使える場面では積極的に使っていこうと、事前にバッテリー間で打ち合わせしていた。
(よし来た。まずは一つ目)
中指と人差指を縫い目に引っ掛け、ドアノブを回すイメージで手首を捻る。兄の飛翔に教わったことに気を付け、真裕は長池への三球目を投じる。
ボールは真ん中付近から外角へと曲がっていく。長池は腰砕けのスイングしかできず、バットの下で引っ掛けた。
「オーライ」
平凡なゴロが三遊間に転がる。サードの杏玖が難なく捌き、一塁へ送球する。
「アウト」
最初の打者を三球で料理し、幸先の良いスタートとなる。しかし、真裕はそこまで嬉しそうにはしていなかった。やや不満気に口を結い、内野のボール回しを見ながら首を傾げている。
(空振りさせられなかった。もう少し厳しいコースに投げないと)
続いては二番の山田。こちらは初球のストレートを弾き返す。
「センター」
打球は高く上がっただけで伸びは無し。センターの洋子が少しだけ左に動き、落ちてきたボールを掴む。
真裕がテンポ良く二つのアウトを積み重ね、三番の門田を左打席に迎える。初球、二球目と外れてボールが先行したが、そこから二球連続でストライクを取ってカウントを整える。こうなれば当然、次の一球はスライダーだ。
(今度は空振りさせる。膝元に投げれば反応してくるでしょ)
優築のミットは真ん中低め。真裕はそれよりもやや内を目掛けて五球目を投じる。
(あ……)
ところが投球は外角高めに抜けてしまう。門田はコースに逆らわず、低いライナーを三遊間に打つ。
「ショート!」
ショートの京子が横跳びで捕ろうとするも、打球はレフトへと抜けていった。門田は一塁をオーバーランして止まる。
「むう……」
またもやスライダーで三振を奪えなかった。真裕は唇をへの字に曲げ、外野からの返球を受け取る。
ツーアウトランナー一塁となり、打席に四番の大橋が立つ。彼女は夏大にも四番として出場していた右の大砲である。
初球、真裕はツーシームで内角を抉る。大橋は窮屈なスイングを強いられ、空振りを喫する。
二球目はカーブでタイミングを外す。これにも大橋のバットは空を切り、早々と二つのストライクを取る。
一球高めのボール球を挟み、カウントはワンボールツーストライク。ここでもバッテリーはスライダーを使う。
一塁ランナーを目視で牽制し、真裕がセットポジションから足を上げる。四球目、今度はしっかりとスライド回転が掛かった状態で、ボールは真裕の指先から放たれる。
(ん? これはスライダー?)
大橋は瞬時に球種を見抜いた。けれども体の反応が追い付かず、泳いだ打ち方となる。それでもバットの芯で捉え、鋭い当たりを外野に飛ばす。
「オーライ」
だがこうした打球は野手の正面を突きやすいもの。センターの洋子はほぼ動くことなく、ノーバウンドでキャッチしてアウトにする。
これでスリーアウト。真裕がベンチに引き揚げ、ナインとハイタッチを交わす。ただその表情に笑顔は無い。無失点に抑えたものの、追い込んでからのスライダーが全てバットに当てられた。そのことにどうしても納得がいかなかった。
「ナイスピッチ。スライダーかなり良くなってる。この感じで行こう」
「……はい」
優築に声を掛けられても素っ気無く応答する。快調な立ち上がりだっただけに、細かいことを気にし過ぎて調子を乱さなければ良いのだが……。
See you next base……
STARTING LINEUP
亀ヶ崎高校
1.踽々莉 紗愛蘭 右/左 ライト
2.陽田 京子 右/左 ショート
3.外羽 杏玖 右/右 サード
4.紅峰 珠音 右/右 ファースト
5.琉垣 逢依 右/右 レフト
6.増川 洋子 右/右 センター
7.桐生 優築 右/右 キャッチャー
8.柳瀬 真裕 右/右 ピッチャー
9.江岬 愛 右/左 セカンド
市岐阜高校
1.長池 右/右 セカンド
2.山田 右/右 レフト
3.門田 右/左 センター
4.大橋 右/右 ライト
5.米田 右/右 サード
6.福本 左/左 ファースト
7.簑田 右/右 キャッチャー
8.松永 右/両 ショート
9.高島 右/右 ピッチャー




