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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十章 リスタート
143/181

140th BASE

お読みいただきありがとうございます。


初夏の香りが漂い出し、気温がかなり上がってきました。

長袖だと汗ばむ日も出てきています。


……ちょっと暑くなるの早すぎじゃないですかね。

 次の日。ブルペンに入った私は、早速お兄ちゃんに習ったスライダーを試してみる。


「あっ……」


 しかし思ったよりも上手くいかない。すっぽ抜けたり叩きつけたりの繰り返しだ。


「大丈夫? そろそろ止めとく?」

「いや、もうちょっと続けるよ」


 キャッチャーを務めてくれている菜々花ちゃんが心配した様子で聞いてくる。ただ今日は祥ちゃんと美輝さんがブルペンに入らないため時間にあまり制限が無く、球数を投げるチャンスである。菜々花ちゃんには申し訳ないが、もう少し付き合ってもらいたい。


「次もスライダー行きます」

「はいよ」


 人差指と中指をくっつけ、縫い目に掛けて握る。そうしてリリースの際、ドアノブを捻るイメージで右手首を回してボールを放す。これがお兄ちゃんに教わった投げ方だ。


 今度はそれなりに制球できた。ボールは真ん中付近から右バッターの外角に向かって滑り、菜々花ちゃんのミットに収まる。


「どうかな今の?」

「悪くないと思うよ。ただ決め球として使えるかって言われたら微妙かも」

「そっかあ」

「おーい真裕、そろそろダッシュ行くぞ」

「あ、はい」


 美輝さんに呼ばれ、私は残り五球ほど投げてピッチングを切り上げる。結局、どのスライダーもいまいちであった。

 ローマは一日にして成らず。そんなことは分かっている。だが正直、一球ぐらいはこれだという感触が掴めるものを出せると思っていた。道のりは険しそうだ。


 気を取り直し、私はその後の練習に取り組む。今日は予告されていた通りダッシュなどの本数が増えた上、長距離走の前には軽めの筋トレが追加された。


「スクワットは膝でやろうとするな。股関節を使って体を曲げるんだぞ。笠ヶ原、お前のはまだ膝に頼ってる。それだと怪我するぞ」

「は、はい」


 森繁先生の指導の下、私たちは腹筋やスクワットを熟す。基礎代謝を高めることが目的なので量はそんなに多くないが、それでも体には堪える。


「ひい、終わった……」

「よし。じゃあ少し休息を取ろう。十分後にランメニューをスタートするぞ」


 筋トレを一通り終わらせ、一時的な休憩に入った。私は額の汗を拭い、スポーツドリンクで水分補給をする。透き通った甘さが口に含むと同時に染み渡り、渇いた喉を潤していく。いつまでも飲んでいたいところだが、次のメニューのことも考えて程々にしておかなければ。


「ねえ真裕」


 そこへ、祥ちゃんが話しかけてくる。今日は意識もはっきりしており、昨日みたいになることはなさそうだ。


「さっきのブルペンで珍しく荒れてたように見えたけど、何かあったの?」

「新しい変化球を覚えようと思ってね。スライダーに挑戦してるんだ」

「へえ、新しい変化球か。私はまだ真っ直ぐをストライクに入れるのに必死だよ。変化球のことなんて考えていられない」

「最初はそんなもんだよ。祥ちゃんの場合、夏が終わるまでに変化球一個使えるようになれば上出来だよ」

「そっか。けどこれから試合も入ってくるだろうし、不安でしょうがないや」

「あー、試合ねえ……」


 祥ちゃんの言いたいことは理解できる。ブルペンで投げるのと試合で投げるのは全くの別物。ブルペンで上手くいっていたことが試合でできなくなるなんてことはざらにある。私だって何度も経験してきた。

 だが自分の取り組んでいることができるかどうかを測るのは試合でしかできない。祥ちゃんが投手としてどれだけやっていけるかどうかも、私のスライダーがどれだけ使えるのかどうかも、試合をやってみなければ見極められないのである。


 そしてその機会は、思っていたよりも早くにやってくる。




「合宿⁉」


 練習後のミーティングで、監督の口から驚きの計画が告げられる。なんと合宿を開くというのだ。


「そうだ。二週間後の日曜日から岐阜の方で行う。二泊三日で、最終日は市立(いちりつ)岐阜高校と練習試合をする予定だ」

「おー」


 私を含めた何人かの人が感嘆する。合宿という単語を聞いて、胸が躍らないはずはない。


「夏休みが明ければ東海地区での大会がある。ひとまずはそこに向けた実戦ってところだな。手探りな部分も多くなると思うが、このチームの色々な可能性を見出すためには必要なことだ。全員怪我だけはしないよう、元気にやっていこう」

「はい!」


 監督の言葉にもあったが、九月の中旬からはこの地方のアマチュアチームを集めてのトーナメント戦が開催される。当然目指すは優勝。しかし大学や社会人も参加するので、そう易々と勝ち抜くことはできない。夏大とはまた違った意味で厳しい戦いになるだろう。


「ありがとうございました!」


 グラウンドへの礼を済ませて解散となり、私たちは帰り支度を整える。今日は京子ちゃんも祥ちゃんも自力で動くことができ、昨日よりも早く学校を出られた。私たちは紗愛蘭ちゃんを入れた四人でコンビニに立ち寄って食べ物を調達。帰り路を歩みながら空腹を紛らわせる。


「ふふっ。合宿楽しみだなあ」


 私はそう言って頬を緩ませ、持っていた四角いアイスキャンディーの角を齧る。弾けるようなソーダ味と、暑さを吹き飛ばす冷感のコンビネーションが絶妙なハーモニーを奏でる。夏といえばやっぱりこれだ。具体的な商品名を出せばもっと伝わりやすいのだろうが、それは止めておこう。


「えー。ウチは別にそんななんだけど」

「京子ちゃんは嫌なの?」

「態々合宿にしなくても良いでしょ。ゲームもできなくなるし」

「そこかい!」


 私たちは一斉にずっこける。実に京子ちゃんらしい意見だ。


「祥ちゃんはどう?」

「合宿自体は面白そうなんだけどね。今以上にきつい練習が待ってると思うと……」


 憂鬱そうな顔をする祥ちゃん。これには私も苦笑いを浮かべる。


「それはあるかもね。まあでもこれも一つの醍醐味だよ。ね、紗愛蘭ちゃん」

「そうだね」


 紗愛蘭ちゃんが柔和に微笑む。彼女の笑顔は新チームになっても癒しだ。因みに紗愛蘭ちゃんは学校出る前に持参したおにぎりを食べていたので、コンビニでは何も買わなかった。こういうところは本当に抜かりない。


「ただその前に日頃の練習を頑張らないと。京子も祥も付いていくのに精一杯じゃ駄目だよ。二人がしっかりと試合に出られないようじゃ、このチームは強くならないんだから」

「は、はい。頑張ります」


 紗愛蘭ちゃんから愛のムチを打ち込まれ、京子ちゃんと祥ちゃんは苦渋の色を浮かべる。癒し系では留まらず、紗愛蘭ちゃんには新チームの中心になるという自覚が芽生えてきている。夏大を経て、一層頼もしくなった。

 もちろん頑張らなければならないのは私も同じ。いち早くスライダーの感覚を掴んで、マスターしていけるようにしよう。


「ふう……」


 私はふと空を見上げる。照り付ける灼熱の太陽は、今後もその猛威を振るいそうだ。新チームになった私たちもそれに負けないよう、どんどん活き活きと野球をしていきたい。



See you next base……


WORDFILE.55:ボリボリさん


 真裕が食べていたアイスキャンディー。かき氷の周りに比較的柔らかなシャーベットの層をコーティングすることで、独特の食感を生み出している。他のアイスと内容量はそれほど変わらないにも関わらず、値段は半額に近いため、お財布事情の厳しい中高生にとっては重宝される逸品である。

 定番はソーダ味だが、旬のフルーツを用いたフレーバーもあり、季節毎に入れ替わっている。加えて最近では、パンプキンポタージュ味やカルボナーラ味など、賛否の分かれる種類が増えている。


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