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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第十章 リスタート
142/181

139th BASE

お読みいただきありがとうございます。


今年は珍しく五月病になってません。

毎日気力が充実しております(多分)。

その分反動が怖いですが……。

自分の話に区切りが付いたところで、お兄ちゃんは私のことについて聞いてくる。


「で、そっちはどうなんだよ? 今日からもう新チーム始まってんだろ」

「あー。初っ端からめっちゃ走らされた。明日からこれが続くとなると気が滅入るよ」


 私は目を弛ませる。倦怠感がどっと押し寄せてきた。


「ははは。良いじゃないか、日本一になるためにはそれくらいやらないとってことだろ」

「それは分かってるんだけどね……」


 私は苦々しく舌を出す。とそこで、ふとあることを思い付く。もしかしてお兄ちゃんなら、私の“弱点”に関する手掛かりを持っているのではないか。


「話変わるんだけどさ、お兄ちゃんが観にきた試合の相手チームに、小山って名前の子いたの覚えてる?」

「小山? あの凄かった一年生か」

「そうそう、実は試合後にあの子と喋ってさ、次までに弱点を克服してこいって言われたんだよ。でもそれが何か分かんなくて……。お兄ちゃんは外から見てて、何か感じたことはある?」

「そんなことあったのか。ふむ……」


 お兄ちゃんはグラブを左脇に抱え、考える素振りを見せる。暫くしてキャッチボールを再開すると、一つ一つ言葉を選ぶように改めて話を進める。


「まあ克服するべき点は一杯あるだろうな。お前は良い球は投げられてるけど、あくまで一年生にしては、だ。全国レベルで測ればスピードもコントロールも上の投手はたくさんいる。それに追いついていかなきゃならん」

「それが、私の弱点?」

「いや、多分違うな。それは弱点というより、伸びしろという表現の方が正しいだろ。お前には他に、決定的な弱点がある」

「決定的な弱点?」

「お前さ、今試合で何の球種使ってんの?」

「えっと……。ストレート、ツーシーム、カーブかな」


 私は指を折って数える。これらの他に投げられる変化球が無いわけではないが、試合では使用していない。

「じゃあ大ピンチに陥ってどうしても三振が欲しい時、お前はその中から何を投げる?」

「うーん……、それはバッターによりけりじゃないかなあ」

「そこだよ」

「え?」


 お兄ちゃんが指をさして指摘する。どういうことなのか、私はすぐにピンと来なかった。


「要するにお前には、絶対的なウイニングショットが無いんだよ。どの球種もそれなり良いが、そこで止まってる。バッター目線で言えば、怖がるべき球が無いんだ。これ投げられたらお手上げって球がな。良い投手にはそういうのがあるだろ」

「ああ、確かにそうかも」


 身近な例を挙げてみれば、空さんにはチェンジアップがあり、それを軸に据えた投球スタイルができていた。速球派の葛葉さんや舞泉ちゃんでも、空振りを奪うための落ちる変化球を投げていた。対して私は現状、それらに該当するような球を持っていない。


「ということは私には、何か一つ武器になるボールが要るってことだよね?」

「そういうことになるな。今持ってる球種を決め球レベルまで仕上げるのも手だが、これからも先発でやっていこうと思うなら、どちらにせよ使える変化球をもう一つ増やした方が良い。だったらその流れでウイニングショットを覚えるのがより効率的だろう」

「そっか……」


 新しい変化球。習得するとしたら、何にするべきなのか。


 いや、そんなこと考える必要は無かった。私には、どうしても覚えたい球が一つある。


「それなら、スライダー教えてよ」

「え? スライダー?」

「うん。私、お兄ちゃんのスライダーが投げたい」


 私は真っ直ぐな瞳でお兄ちゃんと目を合わせる。お兄ちゃんは若干たじろぎながら、困惑気味に眉を掻く。


 スライダーとは、打者の手元で横に鋭く滑っていくボールだ。カーブよりもスピードがあり、打者にはストレートと勘違いさせやすい。そして、お兄ちゃんが最も得意とし、ウイニングショットにしていた変化球である。


「真裕、お前の持ち球を考えたら、スライダーを覚えることが有効とは思えない。カーブと反対方向に曲がるシンカー系か、空振りを取りやすいフォークとかにするべきだ」

「分かってるよ。それでも私は、スライダーを覚えたい。昔からお兄ちゃんが投げるところを見てきて、いつか投げられるようになりたいって思ってたの」


 お兄ちゃんのスライダーは、変化も切れ味も他の投手とは桁違いで、何度も何度もバッターをきりきり舞いにしてきた。あれぞまさしく最高のウイニングショット。私はずっとずっと、あのスライダーに憧れていた。


「むう……」


 お兄ちゃんは唇をへの字に曲げる。左手で握っていたボールを一度じっくりと見つめ、それから重々しく口を開く。


「俺はスライダーを小四の頃から投げてる。長い時間を掛けて試行錯誤して、今の形を作った。つまり俺のスライダーは、俺専用のスライダーになってるんだよ。だから俺が教えたところで真裕に合うかは分からないし、使えるようになる保証もできないぞ」

「良いよ。お兄ちゃんのスライダーだからこそ意味があるんだもん」


 私の意思は変わらない。変えられるはずがない。お兄ちゃんのスライダーがあれば、私は絶対にもっと高みに昇れる。


「はあ……。お前も強情だよな。そういうところは母さんそっくりだわ」


 私の熱意が伝わったのか、お兄ちゃんは深い溜息をつき、観念したように項垂れる。


「分かった。教えてやるよ」

「ほんとに? やった!」

「ただし、俺が教えられるのは握り方と投げる時のポイントだけだ。それ以上の指導はお前のフォームを崩しかねないから行わない。良いな?」

「うん、分かった。ありがとお兄ちゃん」


 私は飛び切りの笑顔を見せる。対照的にお兄ちゃんは、気怠そうに小刻みに首を振った。


 夕方に差し掛かっても和らぐことのない猛暑は、夏大で感じた熱気を彷彿とさせる。まるで私に敗戦のショックを拭わせないようにしているかのようだ。しかし、私は今日新たなスタートを切った。加えてお兄ちゃんからは、最強の武器も伝授された。これがきっと、私たちを日本一に向けて大きく前進させてくれる。そんな予感がし、希望は膨らむばかりだ。


 夏はまだまだ終わらない。



See you next base……




WORDFILE.54:スライダー


 人差し指と中指を使って回転掛けて投げる変化球。投手の利き腕とは反対方向に掛かるサイドスピンと、バックスピンの間の回転軸を持つ。一言でスライダーと言ってもその変化は多種多様で、真横に滑っていくものもあれば、下に落ちていくものもある。飛翔が投げているものは縦と横の中間のような斜めの変化を見せる。

 またカーブと起動が似ているものが多く、どちらがどちらという定義は割と曖昧であるため、「投げた人がスライダーと言えばスライダーになる」とさえ言われている。因みにドラらんのスライダーもカーブと称されることが少なくなかったが、頑なにスライダーと主張し続けた。


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