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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第一章 野球女子!
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13th BASE

お読みいただきありがとうございます。


大分暖かくなってきましたね。

季節の変わり目は着る服をどうしようか悩むことが多く、毎朝苦戦しています(笑)。

「よし、じゃあ行きます」


 四番グループの人たちが腹筋をやり終え、ゲーム再開。心なしか杏玖さんの顔つきも変わったように見える。


「マジカルバナナ、“アラキさん”と言ったら“コンビプレー”」

「“コンビプレー”と言ったら、ええ……」

「はい、アウト!」


 早速祥ちゃんが引っかかってしまった。


「……うう、浮かばなかった。すみません」

「あはは、やられたね。杏玖ってば容赦無いなあ」

「最初に仕掛けたのは光毅さんでしょ。こうなったらとことんやってやりますよ。ということで、次はそっちが腹筋やって下さい」


 杏玖さんはしてやったりと顔を綻ばす。これで完全に皆の心に火が付いたようで、ゲームも徐々に盛り上がる。


「マジカルバナナ、“コンビプレー”と言ったら“シンクロ”」

「“シンクロ”と言ったら“心”」

「“心”と言ったら“ハツ”」

「“ハツ”と言ったら……」


 次に来る言葉を予測しつつ、出来るだけ相手が思いつかないような言葉を考える。このスピーディな攻守交替に感化され、私はゲームに引き込まれていく――。


「はい、アウトー! 腹筋やって下さーい」


 更にこの腹筋が地味に辛い。腹筋を終わると間髪入れずに次のゲームがスタートするため、負ければ休憩時間はほぼ無し。疲れた状態でゲームを進めることで失敗も増え、それだけ腹筋を行う回数も多くなる。


 頭を使うし体も鍛える。こうなってくるともう(れっき)としたトレーニングだ。ただあくまでもゲーム感覚で行っているので、厳しい練習をしているという憂鬱さは感じない。寧ろ皆、活き活きとした表情をしている。それは私も同じだった。


「そろそろ時間だ。終わるぞ」


 監督の号令でゲームは終了。いつの間にか時間は、三〇分近く経過している。私たちが熱中していた証拠だ。


「はあ……、疲れた」


 たかがゲームのはずなのに、気がつくと私は汗びっしょりになっていた。他の人の額にも多量の汗が浮かんでいる。


「では最後に瞑想をやるぞ。皆で一つの円になれ」


 監督の指示に従い、私たちは二つあった円を一つに合体させる。向こうの人たちも白熱していたようで、中には汗をかき過ぎて頭から白い湯気が出ている人もいる。


「一年生はやるの初めてだろうから、説明をよく聞いてくれ。これは朝練の時に毎日やっているもので、メンタルを鍛えるトレーニングだ。では最初に隣同士、手を繋いで」


 私は少々戸惑いつつ、右手で珠音さんの左手、左手で玲雄さんの右手を握る。付着していた土が重なり合い、(てのひら)がざらつく。


「一度気持ちを落ち着けるために深呼吸しよう。大きく吸って、大きく吐いて」


 私は鼻のつけ根に到達するくらいまで息を吸い込む。それからゆっくりと吐き出す。


「そしたら目を瞑って、自分の感性を研ぎ澄ませるんだ。今どんな匂いがするか、どんな音が聴こえるか、そこからどんなことが想像できるか、どんな気分になるか。感じることをできるだけたくさん捻り出して、頭の中で言葉にしてみろ」


 私は柔らかに目を閉じる。温い風が、私の体を貫くようにして通り過ぎていく。登りかけの陽射しに照らされて顔は熱くなり、ほんのりと痛みを伴う。


 遠くの方からは可愛らしい鳥の(さえず)りも耳に入ってくる。これは雀だろうか。いや、雀だとしたらもうちょっと高い音な気がする。だとしたらこの鳥は何だっけ。聞き慣れているはずなのに思い出せず、もどかしい。


 足元から仄かに香る、焦げた黒土の匂い。あまり意識したことがなかったけれど、しっとりとしていて、穏やかな気持ちになれる。


 無意識に存在していたものを意識的に感じ取る。たったそれだけのことなのに、私にはとても新鮮で、不思議なくらいにリラックスできる。


「はい、じゃあ次行くぞ。その状態のまま、自分にとって一番緊張する場面を具体的に思い浮かべるんだ。自分は打者なのか、走者なのか、あるいは守備に就いているのか。ランナー、点差、これはどんな試合なのか。考えられる限りの想定をしろ」


 私にとって一番緊張する場面。やっぱりピンチでマウンドにいる時だろうか。それも競った試合の終盤、ランナーをホームに還してしまったら負けてしまうような局面だ。具体的にはワンナウトランナー二、三塁、打席には相手チームの四番打者――。


肩の筋肉が強張り出し、脇腹が縮こまったような感覚を覚える。手汗も掻いてきた。心拍数が増していくのが自分でも分かる。そして緊張はいつしか、恐怖へと変わる。


 怖い……、怖い……。


「もしも恐怖や孤独を感じたのなら、左隣の人の手を強く握れ。握られた方は優しく握り返してあげるんだ」


 監督の声に反応し、私は咄嗟に玲雄さんの手を強く握る。すると玲雄さんはすぐに握り返してくれた。


 柔らかな温もりが伝わってくる。加速していた心臓の鼓動は緩やかになり、身体の硬直も溶けた氷みたいに解けていく。抱いていた恐怖は知らぬ間に消えていた。実態は無いけれど、何となく抑えられるイメージが湧いてくる。


 ……大丈夫だ。怖くなんかない。


「よし! 今日はここまでにしておこう。どうだ? 落ち着くことはできたか?」


 私は小刻みに首を縦に振る。ただ祥ちゃんを始め他の何人かの一年生は、どういうことなのか理解できていないという顔をしている。


「このメンタルトレーニングは、自分が緊張した時でも我を失わず、落ち着いた行動ができるようにするための鍛錬だ。手を繋ぐという行為にはストレスを軽減して、リラックス効果があると言われている。ここでは敢えて自分の中で緊張感を作り出し、切迫した状態でもリラックスできる感覚を覚えてもらおうとしてるんだ」


 玲雄さんに手を握り返された時、私の身体から余計な力が抜けていった。監督の狙い通り、私はリラックスする感覚を味わうことができたということになる。でもそれを自分だけで作り出せるかというと、自信は無い。


「一年生は初めてのことだから上手にイメージできなかったり、緊張感を作り出せなかったりした人も多いだろう。だが最初はそれで構わない。先輩や他の一年生にも聞くなどして少しずつ段階を踏んでくれれば良いんだ。今回感じが掴めた者はその要領で継続して、リラックスするという感覚を身体に染み込ませてくれ。繰り返しになるがこのトレーニングは毎朝続けている。うちのチームにとっては重要な練習の一つだ。そのことは覚えておいてほしい」


 リラックスできる感覚。もしこれを実戦で呼び起こすができたら、ものすごく役に立つかもしれない。


「ではこのまま軽くグラウンドを均して終わろう。始業時間に遅れないようにな」

「はい。ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 締めの挨拶を終え、監督は足早に校舎に戻っていく。私たちも手短にグラウンド整備を済ませ、各々の教室に向かう。初めて朝練は、色々と学ばされることの多い、とても中身の濃い内容となった。



See you next base……


PLAYERFILE.11:外羽(ほかばね)杏玖(あき)

学年:高校二年生

誕生日:5/17

投/打:右/右

守備位置:三塁手

身長/体重:159/51

好きな食べ物:うどん


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