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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第九章 想いを繋いで
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136th BASE

お読みいただきありがとうございます。


本日は子どもの日ですね。

柏餅が食べたくなります。



「悪いな。こんなところしか見つけらんなくて。ここだと多分、そんなに綺麗には見えないだろ」

「十分だよ。こんなにまったり見られそうなところなんて他に無いだろうし」


 私は近くにあったベンチに座り込む。周辺は灯りがほとんど無く暗然としているが、変な息苦しさを感じずにいられて良い。


「私こそごめんね。人だかりが嫌とか我儘言っちゃって」

「俺は構わないよ。柳瀬と見られればそれで良い」

「そっか」

「え?」

「え?」


 何故か椎葉君は困惑する。


「いや、なんでもない」


 それでもすぐに私の右隣に腰を下ろす。私は持っていたビニール袋から、先ほど買ったばかりのたこ焼きを取り出す。八個入り五〇〇円だったのが閉店間近ということで半額になっており、更にそこから祭りのノリというやつで五〇円値引きしてもらった。


「いただきます」

「おいおい、お前まだ食べるのかよ」

「だって食べたくなっちゃったんだもん。駄目かな?」


 私は椎葉君のいる側に振り向く。彼の方が二〇センチ近く背が高いため、自然と上目遣いになる。


「べ、別に良いと思うよ。たくさん食べることは野球やる上で大切だからな」

「そう? なら良かった」


 私は破顔一笑し、たこ焼きを一つ頬張る。売れ残りのため冷めてはいるが、味は悪くない。ソースとマヨネーズの比率のバランスが取れていて、中のたこも大ぶり。これを二〇〇円で食べられるのだから嬉しい限りである。


「……ん?」


 すると上空で破裂音がこだます。花火が始まったのだ。


 赤、黄、青、その他彩り豊かな火花が空に散っていく。綺麗な円形をしているものもあれば、一直線になっているものもある。後者のはきちんとした場所からなら、また違った形で見えるのかも。


 私たちは二人とも暫し言葉を失い、夜空に映る華やかな舞に見惚れる。椎葉君の首筋からは、穏やかで落ち着きのある樹木のような香りが漂っており、私の沈んだ心に温もりをくれる。


 椎葉君は今、どんな顔をしているのかな。気になった私は、彼の表情を横目で覗く。澄んだ眼差しで、口角は微かに上がっている無愛想なことも多い椎葉君だが、この時ばかりは心が動かされているのがはっきりと分かる。純粋に花火を楽しんでいるのだろう。私は思わず笑みを溢す。


 それと同時に、私はふと目に入ってきた椎葉君の左肩に魅かれる。このままそこに頭を乗せて、抱えている重たい気持ちを彼に授ければ、何だか楽になれるように思えた。私は目をとろんとさせながら、ゆっくりと頭を倒そうとする。


「お、おい、大丈夫か?」

「へ?」


 私は動きを止める。椎葉君はびっくりしたような顔をしており、それを見た私ははっと我に返る。


「めっちゃ頭ふらついてたぞ。具合でも悪いのか?」

「へ、平気。ちょっと眠たくなっちゃっただけ。あはは……」


 私は目を擦る振りをして誤魔化す。何てことを考えていたのだろうか。椎葉君の肩に寄り掛かろうだなんて。私の心臓が、突発的に加速を始める。


「は、花火見よっか。あと少しで終わりだし、どでかいのを見逃さないようにしないと」


 慌てて私は空を見上げる。椎葉君も心配そうな面持ちをしながらも、私に続いて花火の方に視線を向け直す。私は胸の動悸がこれ以上大きくならないよう必死で収めつつ、空に舞う花火を見つめていた。


 最後の一発が打ち上がるのを見届け、私はベンチから立ち上がって背中を伸ばす。


「いやあ、凄かったね」

「そうだな」


 同様に椎葉君も腰を上げる。さっきまでの騒がしさはどこへやら。花火が終わったことにより、辺りはすっかり静かになった。


「さてと、帰りますか。明日からは新チーム始動ですよ」

「そっか。俺も明日は朝から練習だわ」

「お、奇遇ですなあ。私も明日は朝からなんだ。けど男子野球部は専用のグラウンドでやるんだよね」

「俺達だけってわけじゃないけどね。社会人のチームとかと上手く折り合いつけながら使ってる」

「なるほどね。良いなあ、私ももうちょっとちゃんとしたグラウンドで練習したいよ」


 ほとんど喋らなかった行きとは異なり、私たちは和気藹々と談笑しながら歩を進める。無意識の内に野球の話題にも触れるようになっている。


「あら、もう着いちゃったよ」


 いつの間にか駅のすぐ前まで来ていた。夏祭りからの帰宅ラッシュとも言うべきか、中は人でごった返している。満員電車は避けられなさそうだ。因みに椎葉君は私と反対方向に帰るので、ここでお別れとなる。


「人多っ。この中帰りたくないなあ」


 私は気怠く頬を膨らませる。


「まあでも仕方無いか」


 ポケットから定期を取り出し、私は駅に入ろうとする。ところがそれを阻むかのように、後ろにいた椎葉君は唐突に私の左腕を掴んだ。


「え? 何々?」


 私は咄嗟に振り返る。不意に二人の目が合い、互いに体を小さくびくつかせる。


「ど、どうしたの?」

「あの、その……俺……」


 椎葉君は若干私から視線を逸らし、くぐもった声で何かを言おうとする。ほっぺたが赤らみ、何だかとても息苦しそうだった。


「俺は……」


 あと一押しまで来てるのにその先が出てこない。そんな感じに椎葉君はまごつく。繋がった腕を介して、彼の緊張感がこちらにも伝わってくる。そのせいか、私の胸の奥も急激に熱くなる。


「……俺は来年、必ず甲子園に行くから!」


 勇気を振り絞って言い切った椎葉君。……ってあれ? 何か違う気がする。


「ああ、うん」


 私は頷きながらも戸惑う。もちろんこれも大事なことなのだが、椎葉君はもっと別のことを言おうとしていたのではないだろうか。心の熱が、緩やかに冷めていく。


「や、柳瀬も来年優勝しろよ。そのためにはさ、負けを悔しがるのは程々にして、次に向かおう。湿っぽくなるのはここでおしまい。な、おしまい」

「は、はあ……」


 椎葉君の喋り方からはまだ動揺がちらついている。一応言っていることは理解できないでもないが、本当に言いたいことが表に漏れないよう、必死に取り繕おうとしているみたいに見える。

 だが次の一言に、私は胸回りの筋肉が締め付けられるような感覚を覚える。


「だからさ、泣いて良いんだよ」

「え?」

「今の柳瀬、凄く無理してるよ。俺に気を遣ってるのかもしれないけど、そんなことしなくて良い。今日だけは、ずっと泣いてたって良いんだよ! 苦しい気持ちなんて隠さず、目一杯泣いて辛いもん全部吐き出して良いんだ! 俺が……、俺が全部受け止めてやるからさ!」


 椎葉君は声を震わせている。彼の言葉は私の中に鈍く響き、針に刺されたような痛覚を施す。これこそ私が求めていたもの。そのはずだった。


「椎葉君……」


 私の目に水滴が浮かぶ。けれど私は、すぐにそれを拭う。


 何故だろうか。駄目だと思った。絶対に良くないと思った。ここで椎葉君に甘えて泣いたら、私はきっと、歩みを止めてしまう。


「……大丈夫だから」


 ここは我慢しなくてはいけない。溢れ出そうな感情を必死に鼻腔でせき止め、私は強がってみせる。


「でもお前……」

「大丈夫! 昨日散々泣いたし、もう涙が出てこないよ」


 私は大袈裟に両頬を持ち上げる。ひとまず涙は引いたみたいだ。


「そ、そっか……」


 椎葉君はがっかりしたような相好で俯く。これ以上何も言ってこなかったので、私は改めて駅へ向かおうとする。


「待って真裕!」


 再び椎葉君に足止めされる。ただ今度は、彼の表情に硬さは見られない。


「……頑張ろうな」

「うん。頑張ろ」


 私は柔和に笑って答える。多分これで良い。今はまだ、椎葉君に心を許す時じゃない。私は自力で立ち直れる。自力で立ち直らなければいけないのだ。


 街灯りの多い成石の空では、そう簡単に星を見つけることはできない。けれども月だけは、真ん丸と、それでいて艶やかな光を放っていた。


 明日から、新チームが発足する。



See you next base……


おまけ


 真裕と別れた丈。最寄り駅から家までの暗い道を孤独に歩きながら、あのやりとりを思い出していた。


『……俺は来年、必ず甲子園に行くから!』


 丈の顔が沸騰しそうなほど熱くなる。目の前に転がっていた小石を、適当に前へと蹴り出す。


(今はあれで……、あれで良かったんだ! 俺がやるべきことは、甲子園に行くことなんだから……)


 丈はそう自分に言い聞かせる。本当に彼が言いたかったことは何なのか。それがもう少し先の未来で、分かると良いな。


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