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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第九章 想いを繋いで
133/181

131th BASE

お読みいただきありがとうございます。


夏大準決勝、決着です!


 舞泉に対する初球のサインは、外角へのストレート。空は足を上げ、優築のミットを狙って力強く左腕を振る。


「ストライク」


 舞泉は粛然と見送る。その佇まいは、どこか不気味さをも放っていた。これには優築も疑問符を浮かべる。


(真裕が相手の時は初球から振ってきたのに、ここではほとんど反応しなかった。どんなボールを投げるのかを確かめたかったのか? それにしては静か過ぎる)


 二球目。バッテリーはカーブで探りを入れる。アウトローに外れ、これも舞泉は微動だにしない。


「舞泉ちゃん、何かおかしい」

「え? そう?」

「うん」


 ベンチの真裕は訝し気に舞泉を見る。隣にいる京子は気付いていなかったが、真裕には引っかかる部分があったようで、これまでとはまた違った怖さを感じていた。


(舞泉ちゃんはどんな時も楽しそうに、それでいてどこか達観しながら野球をやってる。だけどこの打席は理性を捨てているというか、野性的な雰囲気がある。これが、あの子の勝利への執念……なのかな?)


 三球目、空はインコースにストレートを投げる。舞泉は手を出してきた。


「ファール」


 打球は三塁側ベンチ上のネットに直撃。これで空たちがツーストライク目を稼ぐ。


「ふう……」


 顔つきは変わらぬまま、舞泉の口から吐息が漏れる。その声色は暗く、これまでの明るさは影を潜めている。その姿に惑わされないよう、優築は悠揚迫らぬ態度で配球を考える。


(本当にどうしたのかって言いたくなるくらいの豹変ぶりね。これはこれで嫌な感じがあるけれど、ここまで来たら私たちは自分のやるべきことをやるだけ。この一球で決めましょう、空さん)

(オッケー。やってやりますよ。これでゲームセットだ)


 サイン交換が終わる。空はセットポジションに入って一塁ランナーを一瞥し、投球モーションを起こす。四球目、彼女が投じたのは、ウイニングショットのチェンジアップだった。


 バットを出そうとする舞泉の目の前で、ボールは急激に勢いを失っていく。流石の舞泉もフォームを崩され、泳いだ打ち方になる。


(……このままじゃ終わる。けど負けたくない。負けたくない、負けたくない。負けたくない!)


 舞泉はつんのめりながらも懸命にスイングの軌道を修正。そうしてバットの芯にボールを乗せ、腰を無理矢理回転させて弾き返す。


「うらあ!」

「なっ⁉ ライト!」


 打球はファーストの頭上を越え、外野まで飛ぶ。長打を警戒して後ろに下がっていた紗愛蘭は追い付くことができず、ライト線際にボールが弾む。判定はフェア。一塁ランナーの白間は三塁まで進む。いくら紗愛蘭でもこれはアウトにできそうにない。しかし、これだけでは終わらなかった。


「紗愛蘭、ボールセカン」

「え?」


 打った舞泉も二塁へ向かっていたのだ。ボールを掴んだ紗愛蘭は、急いでベースカバーに入った風の元へ送球する。舞泉の方はヘッドスライディングを見せる。


「セーフ」


 間一髪で舞泉の手が早かった。正直なところ肉眼での見かけ上はどちらでも良いタイミングであったが、二塁の塁審は舞泉の気迫に押されて思わず両手を広げてしまった。


「ああ!」


 舞泉が雄叫びを上げ、二塁ベースを思い切り叩く。ただし打ったことへの喜びというよりも、自分にはここまでしかできないという悔しさの方が強かった。


(ホームランで逆転なのに、今の私にはこれが限界ってことか。ちくしょう……)


 といってもこれでツーアウトランナー二、三塁。あと一つのアウトで亀ヶ崎の勝利というのは変わらない一方で、ヒット一本で奥州が逆転する状況にもなった。


「タイム」


 亀ヶ崎は最後の守りのタイムを取り、マウンド上に集まる。更にベンチからは、伝令として真裕が送られる。


「お、真裕じゃん。元気になった?」

「あはは、まあ何とか」


 光毅に尋ねられ、真裕ははにかんで白い歯を見せる。勝ち負けが表裏一体の緊迫した場面ではあるが、亀ヶ崎ナインの間に重たい空気は流れていない。寧ろ皆勝利に向けた希望の笑顔を浮かべている。


「真裕ちゃん、何かベンチからの指示はあった?」

「いえ、特に無いです。棚橋さんと勝負するかどうかもバッテリーの判断に任せるそうです。けど勝負するならする、しないならしないでここではっきりさせておけって言ってました」

「なるほど。どうする?」


 真裕の報告を聞き、風がバッテリーの二人に問う。


「そうですね。私としては空さんが満塁を嫌がらないのであれば、歩かせても良いと思ってます。打力も走力も明らかに織田より棚橋さんの方が上です。代打が出てくる可能性もありますが、棚橋さんよりは(くみ)しやすいでしょう」

「ふむ。優築が言うならそうしようか。別に私は満塁にしても気にならないし」


 空が優築の案に賛同する。他の内野陣も二人が決めたことならと納得し、反論する者はいない。


「じゃあ織田さんと勝負ということで。満塁になるから、一塁に(こだわ)らずアウトにできるところでアウトにしよう」

「はい」

「最後まで油断せず、あと一個アウトを取るよ。必ず決勝に行こう!」

「おー!」


 風を中心に全員で気合を入れ直し、それぞれが自分のポジションに戻っていく。真裕も帰ろうとしたが、その前に二塁ランナーの舞泉に無意識に目をやる。


(あ……) 


 偶然か必然か、舞泉も真裕の方を見ていた。舞泉は真裕と目が合った瞬間、何か言いたそうに眉を微かに動かす。それは真裕も同じだった。もちろん本当に言葉を発することはせず、お互い口を真一文字に結んだまま、ほんの少しの間だけ視線を交差させる。


(舞泉ちゃん……)

(真裕ちゃん……)


 真裕が後ろを振り返り、一塁ベンチに走っていく。この短い時間で何を感じたのか。それは彼ら自身にしか分からないだろう。


 この後、亀ヶ崎バッテリーが予定通り棚橋を敬遠し、全ての塁が埋まる。一点差なので二塁ランナーの舞泉が生還すれば奥州のサヨナラ勝ち。棚橋が試合展開に関与することはほぼない。


《二番セカンド、織田さん》


 奥州側に代打は無し。二番の織田がそのまま打席に入る。ここまでは四球と送りバントが一つずつと、ヒットこそ無いがそれなりの役割は果たしている。


(こんな場面で回ってくるとか、心臓が破裂しそうだよ。けど弱気になっちゃ駄目だ。良い球が来たら初球から行く。私が決めて、皆と決勝に行くんだ)


 喉元に息が詰まる感覚を和らげるように、入念に足場を均す織田。優築はその一連の仕草から、一時も目を離さない。


(前の打席まではこんなことしてなかった。緊張を誤魔化すための時間稼ぎかも。そうだとすれば、私たちが断然有利。空さん、自信を持って投げてきてください)

(はいよ。ていうか端からびびってないし。エースっていうのは、こういうところで抑えるもんなんだよ)


 優築のサインに空が頷く。彼女は迸る汗を拭ってからプレートに足を乗せ、投球動作に入る。


(私たちの想いを、未来へ繋ぐんだ!)


 空の左腕から放たれたのは、力感溢れるインコースへのストレート。この一球で、決着は着いた。


「く……」


 織田は怖じけずフルスイングしたが、空の球威が勝る。打球は平凡なゴロとなり、ショートの風の前に転がる。


「風、頼んだ!」


 勝敗は決した。この場にいたほとんどの誰もがそう思った。鉄壁の守備力を誇る風が、こんな簡単な打球を捌けないはずがない。


「オーライ」


 風は邪心を排し、油断せずボールを捕りに向かう。これなら安心だ。


 だがこの時、鉄の壁には僅かな(ひび)が入っていたことを、観客も、グラウンドにいた者たちも、更には風自身も、忘れていた。


「あ、ああ!」


 突如痛々しい金切り声を発し、風が倒れ込む。


 白球は何を思うか、丸木舟(まるきぶね)に揺られるかの如く、転々と外野へと抜けていった――。



See you next base……


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