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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第九章 想いを繋いで
130/181

128th BASE

お読みいただきありがとうございます。


そろそろ新年度、新学年が本格的に始まった頃でしょうか。

毎年どうしてもふわふわした気持ちになりがちですが、しっかり地に足着けて頑張りたいと思います。

《五番ファースト、紅峰さん》


 局面はツーアウトランナー一、二塁。未知なる感覚に戸惑いつつ、珠音が打席に入る。


(何だろうこの感じ。心臓が波打ってる気がする。頭の中もふわふわしてて、“普通”じゃない)


 一球目。舞泉が投じたストレートは高めのボールゾーンへ行く。しかし何を思ったのか、珠音はバットを振ってしまう。


「え?」

「ボールボール。よく見ていこう」

「あ、うん……」


 珠音本人もスイングしたことに驚いている。ここで彼女は、自分の感情の正体に気づいた。


(もしかして私、緊張してる? 何で? 今までこんなことなかったじゃん)


 戸惑いを隠せない珠音。肩回りが硬化し、バットを持つ腕にも力が入らない。玲雄たちのプレーに無意識の内に感化され、その想いに応えなければならないというプレッシャーが、彼女の身体を縛り上げていた。


「あいつ……。タイム」


 すかさずネクストバッターズサークルにいた杏玖がタイムを取り、珠音を呼び寄せる。明らかにいつもと違う彼女を放ってはおけなかったのだ。


「どうしたの? あんな球振って」

「私……、緊張してるのかも」

「へ? そりゃあそうでしょ。勝ち越しのチャンスなんだし」

「そういうもんなの? なったことないから分かんなかった」

「は? 何言ってんの?」


 珠音の意味不明な受け答えに、杏玖は首を傾げる。だが珠音がふざけて言っているようには見えない。


「まさかあんた、今まで緊張したことなかったの?」

「うん。だからどうすれば良いのか分かんなくて、混乱しちゃってるんだよ」

「まじかよ。あんたが朝のメントレの時に手を握ってこない謎が、こんなところで解明されるとは……」


 杏玖は呆れ顔で項垂うなだれる。そう、珠音はこれまで緊張したことがない。だから対処法も知らない。いくら練習でメンタルトレーニングに取り組んでも、そもそも緊張感が作れないため、全くもって意味を成していなかったのである。


「はあ……。あんたって、やっぱ凄いわ。ちょっと手貸してみ」

「ああ、はい」


 珠音は震えの止まらない右手を差し出す。杏玖はそれに自らの左手を乗せ、柔らかに頬を緩める。


「珠音、私の手を思いっきり握って。今あんたが持ってる緊張を、全部私に授けるつもりでね」

「分かった」 


 珠音は言われるがまま、杏玖の手を固く握る。


「続いて深呼吸」

「う、うん。はあ……」


 珠音の心が動きを緩めていく。それに伴って体全体の力みも取れ、朦朧もうろうとしていた脳も活性化する。


「どう? 落ち着いた?」

「うん。杏玖凄いね! 簡単に緊張が治っちゃった」

「それほどでも……って、いやいや、これができるように普段から練習してるの。あんただってやってるでしょ。ほら、行ってらっしゃい」

「はーい。あ、ちょっと待って」


 杏玖は珠音を打席に送り返そうとする。ただその前に、珠音が一つ質問する。


「風さんが使ってるバットって、どれだったっけ?」

「風さん? 多分これだと思うけど」


 杏玖は自分の持っていたバットに目をやる。偶然にも、杏玖は風と同じバットを使っていた。


「じゃあそれ貸して」

「え? 良いけど、あんたがいつも使ってるのよりも全然重さ違うよ」

「大丈夫。それで打ちたい気分なんだ」

「まああんたがそう言うのなら……。はいどうぞ」


 杏玖と珠音がバットを交換する。珠音は杏玖からバットを受け取ると、愉快気に目尻を下げた。


「ありがとう。えへへ、絆の力、お借りします」

「へ?」


 杏玖の心臓が途端に鼓動を速める。加えて頬にうっすらと赤色を灯らせ、打席に戻っていく珠音を見送る。


(あいつ、あんなこと言うタイプじゃないだろ。唐突過ぎてドキッとしたわ。けどもしかしたら、珠音の中に何か変化が起こってるってことなのかも)


 杏玖が仄かな期待を募らせる中、試合が再開する。ワンストライクからの二球目、舞泉はアウトコースにストレートを投じる。


「ボール」


 だが僅かに外れており、珠音は余裕を持って見極める。その所作に、奥州バッテリーは初球との違いを感じ取る。


(大分雰囲気が変わった。一度打席を外して落ち着いたか。元々良いバッターだし、気を引き締めて掛からないと)

(一気に手強くなっちゃった。でもこれで抑えられれば、またこっちに流れを引き寄せられる。もう打たれるわけにはいかない)


 舞泉はロジンバックを触る。打者との対戦の途中ではほとんどこうした間を入れない彼女だが、この場面では慎重になっている。舞泉もまた、“普通”の状態ではなくなっているのだった。


 三球目は内角へのストレート。珠音は思い切り引っ張っていったが、打球は惜しくも三塁側のファールゾーンへと転がっていく。


(ちょっとタイミングが早かったか。けどまだ一球チャンスはある。絶対に打ちたい。私がこのチームを、勝利に導くんだ)


 珠音はバットの芯を見つめ、自分の願望を強く念じる。この瞬間、彼女は初めて勝つために必死になった。


(お、何だか不思議と力が湧いてきたぞ。そっか。これが杏玖の言ってた“普通”じゃないってことか)


 周囲の雑音は消え、珠音の集中力が研ぎ澄まされる。心なしかバットを構える立ち姿も凛々しくなっている。


 四球目、舞泉は低めのフォークで空振りを誘う。しかし珠音は悠然と見送った。これには舞泉も思わずしかめ面になる。


(嘘? 今の結構良かったよね。どうしてそんなあっさり見切れるの?)

(流石の舞泉も困惑してるな。でもそれだけ良いフォークだった。この見逃し方じゃ、フォークを続けても意味が無い。カーブみたいな小細工はもっと危ない。だったら選択肢は一つ。真っ向勝負に出るしかない。舞泉ならそれができるはず)


 白間がサインを出す。それに対し舞泉は、覚悟を決めたように重々しく首を縦に振る。


(そうだ。私にはこの真っ直ぐがある。私の真っ直ぐは、そんな簡単には打たれない!)


 ツーボールツーストライクからの五球目。舞泉は足を上げ、渾身のボールを投げ込んだ。力の籠ったストレートがアウトコースを貫こうとする。


 しかしそれを、珠音のフルスイングが阻む。


(皆のために、私は打つ!)


 鮮やかな青い空に響き渡る、快い金属音。珠音は会心のライナーを右中間へ飛ばした。



See you next base……


PLAYERFILE.49:白間(しらま)美保(みほ)

学年:高校三年生

誕生日:5/7

投/打:右/右

守備位置:捕手

身長/体重:154/54


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