12th BASE
お読みいただきありがとうございます。
新年度も始まりました。
今年度は私にとって大事な年になるので、頑張らないといけないのですが……(笑)。
翌日、私たちは初めての朝練に参加。眠気眼を擦りながら、私はグラウンドに挨拶する。
「お願いしまっす……」
「ふわあ……。朝早いのキツすぎ。こんなの毎日続いたら、ウチ死んじゃうわ」
その横では京子ちゃんが大きな欠伸を漏らし、もう弱音を吐いている。なんだかんだで昨日は遅くまでゲームをしてしまったらしい。目元はうっすらと黒くなっている。
「だから早く寝なよって言ったじゃん。改めないと本当に体壊しちゃうよ」
「うーむ。やっぱりそうするしかないのか。はあ……」
京子ちゃんの葛藤を乗せた溜息が空へと消えていく。私は小さく頷くと気合を入れ直し、やや無理矢理に声を張り上げた。
「おはようございます!」
「おはよう。朝から元気良いな」
既にグラウンドには何人かの先輩が出てきており、各々で体を動かしている。その中で私たちに声を掛けてきたのが、三年生の武田葛葉さんだ。
「はい。こうやって声を出せば眠気を吹っ飛ぶので」
「ほう、良い心掛けじゃん」
真っ直ぐな黒髪を腰の辺りまで伸ばしている葛葉さん。ポジションは私と同じピッチャーで、今後色々とお世話になることだろう。
「それに比べて、そっちはもうグロッキー状態に見えるけど大丈夫か? 『ウルプロ』で打たれまくったピッチャーみたいだぞ」
葛葉さんは右肩のストレッチをしながら、私の後ろにいた京子ちゃんの方に目を向ける。
「はい……、大丈夫です……」
「いやいや、もう声からして辛そうじゃんか。それにクマもできてるみたいだし」
「一応慣れてますから。でもこれからは少しずつ改善しようと思います。ふわあ……」
「あはは、そっか。ひとまず今日は頑張れ」
葛葉さんはストレッチを終えると、他の先輩とキャッチボールを始める。私と京子ちゃんは準備運動をして適当に体を解すことにする。そうしている内に続々と他の部員が集まってきた。やがて練習開始の時刻となり、監督もグラウンドに姿を現す。
「おはようございます!」
全員が監督の前で円陣を作る。朝練前の独特の静寂。私は息が詰まりそうになる。
「おはよう。今日は一年が入って初めて朝練だな」
監督がこちらを見回す。一瞬目が合った気がして、緊張感が高まる。
「おいおいどうした。どいつもこいつも顔が固いな」
監督の頬が微妙に和らぐ。
「よし、せっかくだし今日はちょっと違うことやるか。晴香、まずは四班に分けるから番号言ってけ」
「はい」
先頭の晴香さんから順に、一から四までの番号を唱える。そうして私たちは、それぞれの番号毎に分かれる。
「そしたら次は一と二、三と四のグループで円を作れ。どう並ぶかはランダムで良いけど、各グループで交互になるようにしろよ」
「はい」
私たちは円形に並んでいく。因みに私は三番グループで、隣には四番グループの玲雄さんと珠音さんがいる。
「なんですか、これ?」
何を始めるのか全く見当がつかず、左側にいた玲雄さんに聞いてみる。
「多分あれだとは思うけど、どうだろうね」
「あれ?」
私は首を傾げる。ひとまず二つの円が完成し、全員が監督に注目する。一体何が行われるのだろうか。
「おし皆、準備は良いか? これから、マジカルバナナをやってもらう」
「へ?」
私は思わず拍子抜けした表情になる。他の一年生も似たような感じだった。
「マジカルバナナって、あのマジカルバナナですか?」
「おお、そうだ。皆もルールは知ってるだろ。一応確認しておくと、リズムに乗ってどんどん連想していくものを言っていくゲームな」
張り詰めた空気が一気に壊れる。唖然としている人もいれば、予想通りという顔をしている人もいる。私と玲雄さんの対比が、まさにその象徴になっていた。
「驚いている奴もいるみたいだけど、これも練習の一環だからな。きちんとした目的を持ってやってもらうぞ」
監督の口調にふざけた雰囲気は一切無い。至って真剣な顔つきで話を進める。
「この練習の一番の目的は、とにかく一年生にチームに馴染んでもらうことだ。まだ入ったばかりで上手くコミュニケーションを取れない者もいるだろうし、チームの輪に入っていきにくい空気もあるだろう。そういう壁みたいなもんを取っ払って、いち早くチームに溶け込んでもらいたいんだ」
確かに入部したての私たち一年生には、どうしても先輩や他の同級生に対して遠慮がちになってしまう部分がある。監督としてはそれをいち早く取り除いてほしいのだろう。
「それに加えて、もう一つ大きな目的がある。この後の練習にリラックスして入っていけるようにすることだ。体に余計な力が入っているとプレーに支障が出やすいというのは、誰もが知っていると思う。これはチームに馴染んでもらうことにも繋がるけれど、まずはこのゲームを通して大声で笑って、目一杯楽しんで、しっかりと地に足を付けてほしい。そうすればきっと、これからの練習にも取り組みやすくなるはずだ」
「なるほど……」
誰かの口から感心の声が零れる。「マジカルバナナ」というフレーズだけ聞けば遊びにしか思えないが、こうやって目的を教えられると、立派な練習として捉えられる。目的も十分納得できるものだ。
「時間も無いしとっとと始めるぞ。あ、あと失敗する度に、グループ全員で腹筋十回な」
先輩を含め、大多数から「えー」という声が上がる。それを見て監督は悪戯っぽく笑う。
「最初のお題は“野球”な。それじゃ、よーいスタート!」
ゲームが始まり、皆が手を叩いてリズムを取る。私たちの先頭は空さんだ。
「マジカルバナナ、“野球”と言ったら“ピッチャー”」
「“ピッチャー”と言ったら“投げる”」
「“投げる”と言ったら“ボール”」
「“ボール”と言ったら……」
初めは皆様子見といった感じで進行し、すんなりと一周目が終わる。だがこういうゲームは必ず誰かが変なスイッチを押すもので、私たちも例外ではなかった。
「……と言ったら“走る”」
「“走る”と言ったら“アラキさん”!」
「“アラキさん”と言ったら……え? アラキさん?」
ゲームが止まる。詰まったのは四番グループの杏玖さん。その前には光毅さんが並んでいた。
「はい、杏玖アウト!」
「ええ⁉ ちょっと待ってくださいよ光毅さん! “アラキさん”ってどういうことですか⁉」
「プロ野球選手だよ。杏玖だって知ってるでしょ」
両手を広げて抗議する杏玖さんに対し、光毅さんはあっけらかんとしている。
「そりゃ分かりますけど、こんなのどう返せばいいんですか?」
「たくさんあるじゃん。“ヘッドスライディング”とか、“かっこいい”とか」
「そんなのすぐ出てこないですよ。第一“かっこいい”なんて完全に主観だし」
「へへへ。ま、何にしてもアウトだから。腹筋やってね」
「くそっ……」
杏玖さんの舌打ちに皆が笑い出す。しかしこれを皮切りに、ゲームは混沌としていくのだった。
See you next base……
PLAYERFILE.10:武田葛葉
学年:高校三年生
誕生日:10/22
投/打:右/右
守備位置:投手
身長/体重:161/54
好きな食べ物:お寿司




