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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第九章 想いを繋いで
129/181

127th BASE

お読みいただきありがとうございます。


春の甲子園が終わりました。

東邦高校優勝おめでとうございます!

地元のチームの躍進はやはり嬉しいものですね。

「やりましたー!」


 ガッツポーズをして戻ってくる光毅を、ベンチの選手たちが笑顔で出迎える。だがただ一人、隆浯だけは渋い表情をしている。


「この野郎。また危険な走塁しやがったな」

「えへへ。でも怪我はしなかったでしょ。ちゃんと言いつけは守りましたよ」


 光毅は腕白わんぱくに笑ってみせる。彼女はこのダイビングヘッドを、隆浯に無理を言ってずっと練習していた。だからいきなり試合で出しても無傷だったのだ。


「ほら監督、ハイタッチしましょ」

「はあ……。お前と風、試合が終わったら説教だからな」


 光毅が掲げた手に、隆浯は溜息をつきながらも自分の手を重ねる。そこから光毅は流れるように仲間たちとのハイタッチを交わしていった。


(どいつもこいつも無茶しやがって。もっと自分を大切にしろって言ってるのが分からんのか。……でも、あいつらの気持ちがこの一点を齎した。少しくらい冒険しなきゃ、今の俺たちじゃこの試合には勝てないってことかよ)


 隆浯は何とも腑に落ちないといった顔でグラウンドに目を向け直す。内心では叱らなければと思っていながらも、今は光毅たちのプレーを肯定するしかない。そのことが、ただただ悔しかった。


 とはいえ、晴香の一打はチームに大きな希望を与えた。落ち込んでいた真裕も元気を取り戻す。


「やった! ありがとう晴香さん!」


 ホームでのクロスプレーの間に晴香は二塁まで進んでいた。ベンチの喜ぶ声を耳にし、彼女は幾ばくか達成感に浸る。


(風、とりあえず貴方の想いには応えたわよ。光毅の走塁も素晴らしかったわ)


 風、光毅、晴香。この三人の三年生が想いを繋ぎ、土壇場での同点劇を呼び込んだ。


(だけどまだこれでは勝てない。私が生還して、もう一点取らないと)


 晴香は今一度目元を引き締める。一方マウンド上には、忸怩(じくじ)たる思いで奥歯を噛む舞泉の姿があった。


(むう……。あの球を打たれたってことは、完全な私の力負けじゃん)


 これが舞泉にとって、この大会での初失点だった。難攻不落の“怪物”の顔にも、僅かな歪みが生じる。


《四番レフト、宮河さん》


 打席には四番の玲雄が入る。ひとまず負けは免れた。できることならこの流れに乗り、一気に勝ち越してしまいたい。


(良いところで回ってきたよ。一回みたいに打ってやるぞ)


 意気込む玲雄。胸の高ぶりは最高潮に増している。だがそれ以上に心を揺らしている人間がいた。玲雄の次のバッター、五番の珠音である。ネクストバッターズサークルで待機する彼女は、思案に暮れていた。


(どうして光毅さんも風さんも、あんなに危険なことするんだろう。監督にだって怒られるのに。杏玖が言ってた普通にやってたら駄目ってことにも関係あるのかな?)


 珠音はさっきの杏玖の言葉を思い出す。風も光毅も“普通”ではないことをやっている。その理由はただ一つ。この試合に勝つためだ。


(皆、すっごく勝ちたがってるんだ。危ないことをしてでも勝ちたいんだ。私はどうなのかな? そりゃあ、できることなら勝ちたいけど)


 打撃面では晴香に勝るとも劣らないと評されるほどの実力を持つ珠音。その片鱗は野球を始めた小学生の頃から表れており、彼女は同じチームの男子たちを押し退け、主軸を任されていた。近隣の地区内では敵無しで、珠音は試合に出ては、さぞ当たり前かのように打ちまくっていた。高校に入っても一年生時からレギュラーとして試合に出場。今大会でもクリーンナップを担っている。


 しかしほぼ無敵状態であったせいで、珠音は試合で心血を注いだ経験が無い。だから熱い想いを全面に出し、決死のプレーをする先輩たちの姿勢に共感できなかった。


「ストライクツー」


 打席の玲雄が追い込まれる。見る限りタイミングが合っておらず、ヒットを打つのは厳しそうだ。


(玲雄さん、あの感じは駄目っぽいな。同点に追い付けたしまあ良いか)


 苦戦する玲雄を見て、珠音は半ば諦めた気持ちになる。ところがここから、玲雄が必死の抵抗を見せる。


「ファール」


 ストライクゾーンに来た球は全てカット。何とかアウトにならぬよう、際どいコースもバットに当て続ける。


(今の私じゃ小山は打ち崩せない。だったらこうやって粘って、四球でも良いから後ろに繋ぐんだ)

(しつこいなあ。そういうの良いから。大人しくチェンジになってよ)


 次が八球目になる。舞泉はいい加減にしろという思いで腕を振る。


「ボール」


 しかしストレートが高めに抜けた。玲雄はきっちり見送り、スリーボールツーストライクまで来る。


「はあ……はあ……、よしよし」


 打席の中の玲雄は息が上がっていた。いくらファールで逃げるだけといっても、舞泉の投球に対応し続けるのにはかなりの集中力を要する。神経がり減るのも無理は無い。


 舞泉が九球目を投じる。低めに沈むフォーク。玲雄は反応してしまったが、辛うじてバットに掠らせファールにする。


(玲雄さん、何でそこまで食らいつくの? これが勝利への執念なの?)


 珠音は微妙に眉を顰める。それと同時に、胸が急激に熱を発するのに気付く。


「ボール、フォア」


 十球目、玲雄はアウトコースに外れた直球を見極める。粘りに粘った結果、遂に四球を選んだ。


「おっしゃ」


 軽く左拳を握り、玲雄はバットを置いて一塁へ向かう。ただその前に、珠音に一言声を掛けていく。


「ごめん、私じゃどうにもならなかった。でも珠音なら打てるはず。頼んだよ」

「玲雄さん……」


 四人の三年生が繋いできた想いは、一人の後輩に預けられた。珠音の心に、彼女が今まで抱いたことのない感情が湧く。その感覚に戸惑いつつ、彼女は打席に入るのだった。



See you next base……

WORDFILE.50:ネクストバッターズサークル


 次に打席に立つ打者が待機するための場所。直径5フィートの円形をしており、ベンチとバッターボックスの間に各チーム一つずつ、計二つ設けられる。

 公式な規則として「次の打者がネクストバッターズサークルに居なければならない」という決まりはないが、円滑なゲームの進行のためにはそうすることが望ましい。草野球や少年野球では、不在になると指導を受ける場合がある。

 またネクストバッターズサークルにいる者は、次打者として待機するだけでなく、本塁に突入してくる走者にスライディングの必要性などを指示する役目も持つ。


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