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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第九章 想いを繋いで
128/181

126th BASE

お読みいただきありがとうございます。


新元号は令和に決まりました。

まさか万葉集から引用してくるとは驚きです。

込められた願いが実現できる時代になることを期待しましょう!

 晴香の夢は、女子プロ野球のチームでプレーすること。その実現のため、彼女は男子野球部で技術を磨きたいと考えていた。

 当時の女子野球部は創部三年目で、今以上に練習環境は整っていなかった。対する男子野球部は公立校ながらも、県内では有数の強豪。プロ野球選手になりたい晴香が、男子野球部を選ぶのも不思議ではなかった。


「君、そろそろ良いかな?」

「はい」


 球審に促され、晴香が打席に入り直す。四球目、舞泉は低めのフォークでスイングを誘う。しかし晴香はほとんど反応を示さない。


(これがフォークね。ツーストライクからなら厄介だけど、ある程度余裕があれば全然怖くない。それにこんなのを振っているようじゃ、プロ野球になんか入れない。あの時みたいに門前払いを食らうわ)


 二年半前の入学式の日、晴香は早速野球道具を持参し、男子野球部の練習に参加した。男子の新入生と比べても遜色無い動きを見せ、先輩たちも目を見張った。ところが監督の大道拓通は様々な懸念を考慮し、頑なに入部を認めなかった。晴香は粘り強く交渉するも、最後まで大道が折れることはなく、結局女子野球部へと入ったのだった。


 五球目。インハイにストレートが来る。晴香は打ちにいくが、一塁側へのファールとなる。


(追い込まれたか。頼む晴香。お前なら打てるはずだ)


 隆浯は唇を噛み、念を送るように晴香の打席を見守っている。晴香が女子野球部へ入部した後、彼女を親身になって支えてきたのがこの隆浯である。


 男子野球部に入れなかったとはいえ、晴香は夢を諦めなかった。だがそれ故に一つの問題が発生する。


 晴香の目標はあくまで、高校卒業後にプロ入りすること。そのため自分が上手くなれるように努力し、試合でも結果を残していたが、チームの勝敗に関しては全く興味を示さなかったのである。大きな大会で負けても特に悔しがることもせず、次の日には何事も無かったかのように練習する。精神面での成長は見られず、野球選手として一番必要な勝利への執着心が、晴香には顕著に欠けていた。


 このままではいけないと考えた隆浯は、晴香の意識改革に乗り出す。彼女にチームの中心であることを自覚させ、試合に勝ちたいという気持ちを芽生えさせようとした。苦労も絶えなかったが、晴香は徐々に仲間と掴む勝利の喜びを実感できるようになった。試合や練習への取り組みにも好影響を及ぼし、彼女はこの二年半で心身共に大きな飛躍を遂げた。


(試合に勝たなくても良いなんて、あの頃の私は野球を舐めていたわね。そんなんでプロになれるわけがない。大道先生が私の入部を拒んだのも、きっとそういうことだったんだと思う。もしも木場監督と出会わなかったら、こんな風に本当の意味で真剣に野球と向き合えていただろうか)


 晴香の心拍数が上がっていく。流石の彼女でも、この極限の場面ではかなり緊張しているようだ。晴香は打席の中で深く呼吸をし、胸の奥が強張るのを冷静に受け入れる。


(いや、そんなことを考えるのは野暮ね。監督と出会えたから私は変われた。それで良いじゃない。仲間のため、監督のため、私はこのチームを優勝させる。それを置き土産にプロへ行く)


 バットを構え直す晴香。他を戦慄せんりつさせんとする威光を放つ姿は、まさしく修羅の如し。ただマウンドの舞泉も一歩も引かない。


(凄いオーラ。……けど、このまま私が抑え込んでやる)


 スリーボールツーストライクのフルカウント。否が応でも次が勝負となる。白間はこれまでの組み立てをおさらいしつつ、決め球を選択する。舞泉は出されたサインに一発で頷いた。


「晴香打て!」

「舞泉抑えろ!」


 両者へ向けられる歓声が更に大きくなる。今この時、この対戦から目を背けている人間など、球場には誰一人としていない。中には両手を握り、祈っている者もいる。そして迎えた六球目。投球モーションに入った舞泉の右腕から、運命の一球が放たれた。


 ボールは晴香の膝元一杯に真っ直ぐ進んでいく。奥州バッテリーが選んだのはストレートだった。


(最高だ。ナイスボール)

(これでどうだ。打てるものなら、打ってみろ!)


 舞泉と白間の二人が手応えを感じる。しかし晴香も、ここで打たないわけにはいかない。


(コースもスピードも素晴らしい。けど私はチームを背負ってるの。だから最後まで、皆に希望を灯し続ける!)


 ありったけの想いを乗せた晴香のバットから、快音がこだまする。サードの右へ痛烈なゴロが飛ぶ。


「棚橋さん!」


 サードの棚橋は咄嗟に打球へ飛びつく。だが彼女のグラブは届かない。レフトへのヒットとなった。


「光毅、回れ回れ!」


 三塁コーチャーの腕がどこかに飛んでいってしまいそうなほど激しく回る。もちろん光毅にも止まるという選択肢は無く、三塁ベースを蹴る。


(絶対にセーフになる。私はこのために試合に出てるんだから!)


 ぐんぐん加速する光毅。一方、舞泉に代わってレフトに入っていた源は打球を捕り、素早く本塁に送球する。ボールはワンバウンドで白間の元へ返ってきた。まだ光毅はホームに到達できていない。


(よし。これならアウトにできる)


 白間がタッチに向かう。ところが光毅には、とっておきの秘策があった。


(やるならここでしょ。アラキさん、あの技を使わせてもらいます!)


 光毅は外側に回り込み、走る勢いに乗ってダイブする。スピードに付いていけなかった白間は、背後を取られる形となる。


「な⁉ しまった……」

「おりゃあ!」


 白間が懸命に腕を伸ばすも、光毅には触れられない。光毅は左中指の先でホームベースの角をなぞり、体を一回転させて着地する。


「セーフ、セーフ!」

「よっしゃ! 同点じゃあ!」


 光毅は寝転びながらバンザイする。これで四対四。試合は振り出しに戻った。



See you next base……


WORDFILE.49:クロスプレー


 走者と野手が接近して行われるプレーのこと。野手がフォースの状態でない走者をアウトにするためには、ボールを持った手で走者にタッチしなければならない。一方、走者はアウトにならないようにスライディングなどを試みる。この両者が塁の付近で行われると激しい接触となり、セーフ・アウトの判定も際どくなる。こうしたプレーをクロスプレーと呼ぶ。

 当事者同士の大怪我の危険性を孕んでいるため、走者側の乱暴なタックルの禁止、野手は走路を妨害しないようにベースの一角を空けなければならないことなどのルールが規定されている。選手がこれに反したと審判が判断すれば、一度下された判定も覆ることがある。


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