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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第九章 想いを繋いで
127/181

125th BASE

お読みいただきありがとうございます。


明日には新元号発表ですか……。

希望に溢れるような言葉である良いですね。

《三番センター、糸地さん》


 晴香が打席に入る。ランナーは一塁。単打では点を取れない。長打が欲しいところだが、舞泉相手ともなると、いくら晴香といえども至難の業である。とすれば方法は一つ。晴香は眼光炯々《がんこうけいけい》とし、一塁にいる光毅に向かって何やら言いたげな視線を送る。


(光毅、追い込まれるまでは待ってあげる。貴方なら、その間に走れるはずよ)

(お? その目は私に走れってことか。良いでしょう)


 晴香の無言のメッセージを受け取った光毅。念のため、ベンチのサインがグリーンライトであることを確認しておく。


(晴香から頼まれちゃ、やるしかないっしょ。では“怪物”さん、ひとっ走り付き合ってもらうよ)


 一度左足で地面を蹴り、光毅は走る準備に取り掛かる。しかし当然奥州バッテリーもノーマークにはしない。晴香への投球に移る前に、一つ牽制を入れる。光毅は落ち着いて帰塁した。


(アラキさんは大事な場面で必ず盗塁を成功させる。あの人に追い付こうと思ったら、私もこういうところで決めないとね)


 光毅は“アラキ”選手との出会いをきっかけに野球を始めた。最初にプレーを見たのは、彼女が小学生の時である。端正な顔立ちと、疾風の如く塁上を駆け回る姿に魅かれ、光毅は一目で虜になった。


 舞泉が晴香に一球目を投げる。光毅はクイックのスピードを確かめつつ、スタートの構えをする。投球はボールとなる。


(牽制もクイックもそんなに速くない。投げる球は凄いけど、細かいところは発展途上なのかな)


 光毅はとにかく“アラキ”選手を追いかけてきた。小学校、中学校と共に男子に混じって野球をやっていた彼女だが、体格差のハンデを乗り越えられず、試合に中々出られなかった。そこで力を入れたのが守備と走塁である。奇しくもそれは、“アラキ”選手がプロ野球の世界で生き残っていくための武器としていたものだった。


 光毅は頭に焼き付くほど何度も何度も“アラキ”選手の動画を見返し、必死で技術を研究。実践しては失敗を繰り返しながらも、少しずつ自分のものにしていった。その結果試合での出番も増加し、光毅にとって野球をすることはどんどん楽しくなっていった。


 二球目。舞泉はアウトコース低めへストレートを投じる。晴香は打とうとする素振りだけを見せる。


「ストライク」


 ここも光毅は走らない。しかしここまでの二球で、盗塁できる算段はついていた。


(モーションは大体把握できた。次の球で行く)


 高校に入ってからも光毅の姿勢は変わらず、守備と走塁を磨き続けた。更に“アラキ”選手が練習の虫であることに影響を受け、毎日のように早出、居残り練習に励み、苦手だった打撃も徐々に改善された。

 光毅は晴香や風みたいに才能に恵まれていたわけではない。壁にぶつかってきた数で言えば、おそらく亀ヶ崎で一番だろう。それでも圧倒的な努力で道を拓き、今では押しも押されもせぬレギュラーとして活躍している。


 マウンドの舞泉が三球目のサイン交換を終え、セットポジションに入った。光毅は粛々とリードを取り、全神経を舞泉の足の動きに傾ける。その他の音や風景は、意識から一切遮断する。


(さあ、勝負だよ。色々と考えるのは終わり。投手の足元だけを見つめろ)


 舞泉は長めの間合いを取る。だが光毅の集中は途切れない。二人の間に流れる空気は首筋を締め付けるかのように張り詰めていき、今にもはち切れそうになる。


 そして遂に、舞泉の左足が始動した。


(今だ!)


 光毅がスタートを切る。低い姿勢を保ったままトップギアを入れ、二塁ベースへと疾走する。


(やっぱり走ってきたか。刺す)


 白間は素早い動作で二塁へ送球。ベースカバーに入った織田がタッチに移りやすいところにボールは行く。タイミングは際どい。


(アラキさん、私に力をください!)


 光毅は土煙を上げながらスライディングを仕掛ける。二塁塁審が交錯の模様を覗き込む。アウトなら、試合終了だ。


「セーフ」

「おっしゃあ!」


 二塁塁審のセーフのコールを聞き、光毅は二塁ベース上で雄叫びを上げる。この痺れる場面で見事に盗塁を成功させた。


(へへっ、これでまた一歩、アラキさんに近づけたかな。さて晴香、あとは任せたよ)


 光毅はうっすらと笑みを浮かべ、晴香の方を見やる。お膳立ては整った。


(光毅、よくやったわ。次は私の番ね)


 チームの命運は晴香に託された。ベンチにいる亀ヶ崎ナインは総立ちで彼女に声援を送る。


「晴香さん、打ってください!」

「お願いします。光毅さんを還して」


 因みに先ほどの投球はボールだった。奥州の外野陣はワンヒットでのランナー生還を防ぐため、前めの守備位置に就く。晴香は一回打席を外し、適当に動きながら体を解す。


(ここに来るまで色々なことがあったわね。そういえば入学したての頃は、こんなところで野球をやってるなんて想像もしてなかったかしら)


 頭の中を駆け巡る過去の記憶。実は晴香は、元々女子野球部に入るつもりはなかった。彼女が最初に入部を希望していたのは、なんと男子野球部であった。



See you next base……


WORDFILE.48:盗塁


 走者が、安打、刺殺、失策、封殺、野選、捕逸、暴投、ボークによらないで一つ塁を進んだ時に記録される。英語名はStolen Base。日本では「スチール(steal)」とも呼ばれる。

 最も一般的なのは、投手の投球に合わせて走者が次の塁に向けてスタートするものである。それ以外に、牽制された時や捕手が投手に返球する際などにスタートを切って盗塁することが挙げられる。

 盗塁を成功させるためには、「スタート」「スピード」「スライディング」の3つが重要とされる。つまり単純に足の速ければ盗塁数が増えるというわけではない。また配球を読む洞察力、更には失敗を恐れない「勇気」も非常に大切である。


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