119th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今年の花粉は本当にひどいですね。
毎日毎日苦しめられて困っております……(泣)
舞泉が足を上げ、紗愛蘭への一球目を投じる。外角高めのストレート。紗愛蘭は打ちにいき、バットに当てた。
「ファール」
打球はバックネットを直撃する。まずは舞泉がストライクを先行させる。
（当てはしたけど振り負けてる。これじゃ前には飛ばせない）
（へえ、初球から当ててくるんだ。これは楽しめそう）
二球目も舞泉はストレートを続ける。ただし今度は低めに外れる。
（真っ直ぐは低い方が見えやすい。今の球よりも少し高くなったところを狙って、反対方向に弾き返せたら……）
紗愛蘭はベルト付近の直球を待つ。しかし三球目、舞泉はカーブを投げてきた。コース自体は甘かったが、タイミングを外された紗愛蘭は手を出せない。
（これが風さんを三振に取ったボールか。曲がりも大きいし、何よりあの速球とのコンビネーションは煩わしいな）
これでカウントはワンボールツーストライク。紗愛蘭は手際良く追い込まれた。
（カーブを続けることは考えにくい。ストレートかフォーク、どちらで来る？）
四球目、奥州バッテリーはフォークを選択。だが舞泉は叩きつけてしまい、明らかなボール球となる。紗愛蘭も落ち着いて見極める。
（投げ損ないではあったけど、フォークの軌道を確認できた。だけど良いところに落とされたら見送れる自信は無い。バットに当てて逃げるしかなさそう）
五球目もフォークが続く。低めのストライクゾーンから鋭く落下してきたところを、紗愛蘭はバットの先に掠らせてファールにする。
（よし。これくらいなら対応できる。それにしてもどの球種もレベルが高い）
（それ当てちゃうのか。空振りさせたと思ったんだけどなあ）
互いに譲らず、次が六球目。舞泉は白間の出したフォークのサインに首を振る。
（小細工じゃ埒が明かない。力でねじ伏せてやる）
（捕手のサインを嫌った。投げたい球があるってことか？ それならこの人の場合、ストレートな気がする）
舞泉の考えを読んだ紗愛蘭。二回目のサインに舞泉が頷き、投球動作に入る。リラックスしたフォームから、快速球が繰り出される。
（予想通り。もらった）
投球はインコースへ。紗愛蘭は素早くバットを出し、強いスイングで弾き返す。
「サード！」
「く……」
ところが、グラウンドに響いたのは鈍い金属音だった。土埃を立たせ、大きく跳ね上がった打球がサードに飛ぶ。
「珠音突っ込め！」
「え？」
亀ヶ崎ベンチの誰かが声を上げるも、三塁ランナーの珠音は動くことができず、ベース手前で打球の行方を見届ける。サードの棚橋はボールを捕り、珠音を目で牽制してから一塁へ送球。足の速い紗愛蘭だがここはアウトとなる。
（捉えたつもりだったのに。想像以上の威力だった）
一塁ベースを駆け抜けた先で、紗愛蘭は奥歯を噛みしめて天を仰ぐ。タイミングは合っていたものの、球威に押されて力負け。一方の舞泉からしてみれば、この結果は思惑通りだった。
（やっぱり最後のストレートと分かって打ってたね。私が首振った時点で察したんだろうな。流石だよ。だからといって、私の球は打てない。いや、打たせない）
舞泉は分かっていた。紗愛蘭が自分の考えを見通していたことを。その上で力勝負を挑んだのだ。彼女にはそれだけ自分の球が打たれないという自信があった。
（私はこんなところで負けるわけにはいかないの。さあ、もう一つアウトを取って反撃するよ。打順は私からだよね）
打席には八番の優築が入る。紗愛蘭が凡退したといっても、チャンスが潰えたわけではない。優築が打てば大きな一点を加えられる。
しかし、その希望はあっけなく打ち砕かれる。
「バッターアウト。チェンジ」
三球三振。優築は一球もバットに当てることができなかった。
「はい。一丁上がり」
悔しがる優築には目もくれず、颯爽とマウンドを降りていく舞泉。球場全体が、二回表とは比べ物にならないくらいの拍手喝采に包まれる。大きなピンチを舞泉が抑えたことで、形勢は一気に奥州側に傾く。
「今日も舞泉がやってくれた。この回逆転してやろう！」
「おー！」
奥州ナインのムードも上昇気流に乗る。舞泉はベンチに戻ると急いでバッティング手袋を着用し、バットを手に取って支度を整える。
《六回裏、奥州大学付属高校の攻撃は、九番ピッチャー、小山さん》
打席に入る舞泉を見て、六回表の余韻を引き継ぐかのように歓呼の声が湧く。打者としては本日二回目の登場。前の打席はセカンドゴロに倒れているが、バットの芯では捉えていた。マウンドの真裕は優築のサインを見る前に、一度ロジンバックに触れて心の中を整理する。
（奥州にとって、終盤の舞泉ちゃんの活躍は起爆剤となってる。一回戦でもそれがきっかけで点を取ってた。この試合も同じようなルートに入りつつある。しかも先頭バッターは舞泉ちゃん。これじゃ、予め台本が用意されたドラマみたいじゃん）
三塁側のスタンドでは、舞泉の応援歌が奏でられている。しかもそれに合わせ、バックネット裏に座っている観客たちまで手拍子をし始めた。奥州の攻撃を後押しする気運が、瞬く間に球場全体を覆っていく。
「うわ、やりにく……」
セカンドの光毅は思わず苦い顔をする。守っている野手ですら感じているのだから、投手の真裕にはそれ以上に圧が掛かっている。
「真裕、気にすんな。お前の球はそんな簡単には打てないよ」
「そうだよ真裕ちゃん。私たちがしっかり守るから、打たせていこう」
「はい。よろしくお願いします」
それでも真裕は物怖じ一つせず、打席の舞泉と対峙する。試合の流れが奥州にあるといっても、実際に勝っているのは亀ヶ崎。二点のリードを残り二イニング守り抜けば、彼女たちが勝利できるのだ。
（自分たちが負けるドラマへの出演なんて御免だよ。ここは絶対に舞泉ちゃんを抑える。そうすれば反撃ムードも萎むでしょ）
真裕は右手に持ったロジンバックを地面に叩きつける。舞泉はその一部始終から目を離さなかった。
（真裕ちゃん、かなり気合が入ってきたね。だけどもう真裕ちゃんの弱点は分かってる。それが気合でどうにかなるものではないことも。あとは私が、反撃の狼煙を上げるだけ）
試合の分水嶺とも成り得る場面で迎えた、真裕と舞泉の二回目の対決。果たして如何なる結果を齎すのか。
See you next base……
WORDFILE.46：カーブ
球速が遅く、弧を描くように曲がりながら落ちていくのが特徴の変化球。ストレートとの組み合わせで緩急を効かせ、打者のタイミングを狂わす目的で使用されることが多い。もちろん鋭く大きな変化を生じさせることができれば決め球としても使える。
数ある変化球の中で最も基本のものとされており、ほとんどの投手が最初に教わる。ただし意外に投げられない投手も多い。因みにドラらんもその一人である。
