114th BASE
お読みいただきありがとうございます。
寒さも少しずつ和らぎ、段々と温かくなってきました。
そろそろ新シーズンに向けて肩を作っていかなければなりません。
「ナイスピッチング。よく凌いだよ」
「最後の球は完璧だった。ナイスボール」
帰ってきた真裕を仲間が讃える。真裕は照れたように顔を赤らめ、一言詫びを入れる。
「すみません。ばたばたしちゃって」
「良いって良いって。何だかんだで一点に抑えたんだから」
「そうよ。よく立ち直ったわ。この後も頼むわね」
「はい!」
晴香たちの言葉に真裕が大きく頷く。ひとまずどうしようもない真っ暗闇は脱し、この後の投球には期待が持てそうだ。舞泉はその様子を、自軍のベンチから無言で凝視する。
(あれが本来の真裕ちゃんだよね。元に戻って良かった。あのまま降板されたら楽しみが無くなっちゃうもん。ということで……)
舞泉は後ろを振り返り、目の前に置いてあった黒いグラブを手にする。そうして、ベンチの奥で給水をしていた控え捕手の卓丸に声を掛けた。
「たっく先輩」
「お、行く?」
「はい、お願いします」
試合は二回表の表に入る。この回は七番の紗愛蘭から始まる。
「よろしくお願いします」
左打席に立ち、紗愛蘭は入念に足場を均す。同級生の真裕が先発ということで、彼女の中には期する想いがあった。
(この大事な試合に、真裕が頑張って投げてる。私もバッティングで力にならなくちゃ)
初球、アウトコースにスライダーが外れる。紗愛蘭は悠然と見極める。
(一点返してもらったとはいえ、三点取られたショックはそれなりに引きずってるはず。まだ付け入る隙はある。心理的にはきっとこっちが有利だ)
投手が投げ終わって次の球に移る間、紗愛蘭は焦って構えに入ることはしない。自分のペースを保ちつつ、自然な動きの中から打つ体勢を整えていく。そのような落ち着き払った打席での態度は、相手の西村に投げにくさを生じさせる。
(この子一年だよな。何でこんなに雰囲気あるの? 舞泉と一緒じゃん)
(惑わされるな。一球インコースで仰け反らせるよ。そうすれば少しは怯むでしょ)
(わ、分かった)
二球目、奥州のキャッチャー白間は西村に活を入れるべく、紗愛蘭の膝元付近に直球を要求する。しかし西村はコントロールしきれない。投球は狙いよりも内側に入ってきた。
(あ、真ん中)
紗愛蘭は躊躇なくバットを振り抜く。快音を残し、痛烈なゴロが一塁線を襲う。
「ファースト!」
「ぬう……」
小野が飛びついて捕ろうとする。しかし打球は彼女のグラブの下を潜り、外野を転がっていく。その間に紗愛蘭は一塁を蹴って二塁まで到達。ツーベースとなった。
「やったー! 紗愛蘭ちゃんナイス!」
ネクストバッターズサークルに向かいながら、真裕は紗愛蘭に向かって嬉しそうに手を振る。詰められた点差を再び突き離すべく、亀ヶ崎は初回に続いてチャンスを作る。
《八番キャッチャー、優築さん》
打席には八番の優築が入る。この後の打順が九番の真裕であることを踏まえ、隆浯はここも送りバントの指示を出さない。
一球目、アウトコースのストレートがボールになる。未だ調子の上がらない西村。腕の振りも心もとない。
(出鼻を挫かれ、ここから建て直していきたいというところでの紗愛蘭の二塁打。これはかなり効いたでしょう。ここで私が打って繋げられれば、早々にノックアウトできるかもしれない)
二球目は外角へのカーブ。優築は見送ったが、ここはストライクと判定される。
(相手はアウトコース中心に組み立ててきている。というよりも、今の投手の状態ではインコースを突くのは厳しいか。なら外のボールに狙いを絞って、それを打ち返す。最悪進塁打になればオッケーね)
三球目、優築の読み通り、奥州バッテリーは外角攻めを続けようとする。球種はストレート。西村はランナーを確認してから、投球動作に移る。ただまたもやコントロールが定まらず、逆球となる。
「あ……」
「え?」
その上ボールは優築の体に向かって直進。優築が慌てて避けようとするも間に合わず、背中に当たった。
「ヒットバイピッチ」
「あたた……」
「す、すみません」
「気にしないでください。大丈夫です」
デッドボール。幸い大きな怪我にはならず、優築はすぐに動き出す。
(ヒットで出たかったけど、まあ良いか。真裕の後は上位に回るし、その人たちに期待しよう。……ん?)
一塁に向かう途中、優築は奥州側のブルペンに目が行く。そこには、本格的に肩作りを進める舞泉の姿があった。
(二回なのに結構力を入れて投げてる。まさかこの回のどこかで出てくるんじゃないでしょうね)
これまでの舞泉の出番は早くても四回からだった。ただこの試合は準決勝。勝つためになりふり構わない起用も十分に考えられる。序盤から投入されても何ら不思議ではない。
《九番ピッチャー、柳瀬さん》
バッターは真裕。流石にここは隆浯のサインも送りバントだ。
(そりゃあそうだよね。打ちたかったなあ。でもしょうがない。しっかり決めるぞ)
奥州内野陣はバントシフトを敷く。ファーストの小野は、一塁と本塁のちょうど中間辺りまで出てくる。
(おいおい、ファーストの人近くない? すっごく怖いんだけど)
初球、西村が投げるのと同時に、小野は猛チャージを掛ける。真裕はその勢いに気圧され、及び腰でバントする。
「うお……」
ボールは捕手の後ろを転々とする。ファールとなり、走り出していたランナーは各々自分の塁に戻る。
「真裕、腰が引けてるぞ。もっと下半身をしっかり使え!」
「は、はい」
隆浯がジェスチャーを交えて真裕に悪い点を指摘する。ノーアウトランナー一、二塁というのはフォースプレーになる上、相手が極端なシフトを取りやすい。そのため送りバントをするのが一番難しいと言われる。しかしチームとしては確実にランナーを進めておきたい。成功させられれば、真裕も気分良く次の回の投球に移れるはずだ。
(ビビっちゃ駄目。練習ではできてるんだから、それと同じようにやるだけ)
二球目、西村は内角にストレートを投げてきた。小野は一球目と同様、投球に合わせてダッシュする。コースはストライク。真裕はバントしにいく。
(できる。本番は練習のように)
バットの芯から僅かに外した打球が、三塁方向のフェアゾーンに転がる。捕球した西村は振り返って三塁を覗うが、間に合わないと判断し一塁へ送球。二人のランナーはそれぞれ進塁する。
「ナイスバント。よく決めたよ」
「ありがとうございます」
真裕は見事に送りバントを決めた。ほっとした様子で、彼女はベンチの仲間とハイタッチを交わす。これでワンナウトランナー二、三塁。スクイズや犠牲フライでも点が取れる状況となる。
「タイム」
するとここで奥州ベンチが動いた。監督の涼野宗助はブルペンを指さし、交代の合図を送る。出てきたのはもちろん、あの“怪物”だった。
See you next base……
WORDFILE.44:フォースプレー
打者がゴロを打った際、予め一塁にランナーがいる(しばしば「塁が詰まっている」とも表現される)と、前のランナーは後ろのランナーにベースの占有権を渡さなければならず、次の塁に進まざるを得なくなる。この状態を「フォース」と言う。
フォースプレーにはランナー一塁、一、二塁、満塁(一、三塁)のケースが当てはまるが、この状況下では守備側はランナーにタッチせずとも、ボールを持って該当するベースに触れればアウトにできる。これをフォースアウトまたは封殺と言う。
フォースの状態に無い時(例えばランナー二、三塁)は、打者走者以外をアウトにするにはランナーへの直接タッチが必須となる。当然ランナーも無理に進塁する必要は無く、各自の判断でベース上に留まっていることもできる。




