112th BASE
お読みいただきありがとうございます。
野球において歓声があるのと無いのではプレーする時の心持ちが本当に違いますね。
亀ヶ崎の選手たちも、この試合ではそうしたことを感じながらプレーしていると思います。
《三番センター、糸地さん》
「晴香、頑張れー!」
一塁側スタンドから大歓声を浴び、晴香が打席に入る。いつもと変わらない精悍な目つきをして打撃姿勢を取る彼女に、応援席にいたクラスメイトの女子たちは無意識に見惚れてしまう。
「やっぱりかっこいいな、糸地さん」
「ほんとだよね。制服も良いけど、ユニフォームだと一層魅力的になってる」
晴香はクラス委員長を務めるなど校内でもリーダーシップを発揮しており、野球部以外の生徒からも人気がある。今年のバレンタインの際には、何人もの同性からチョコレートを貰っていた。
(今日は私の友達も来てる。こういう雰囲気の中で野球ができるのはとてもありがたいことね。態々足を運んでくれた人のためにも、まずはこのチャンスをものにする)
初球、奥州バッテリーは内角のスライダーから入ってくる。晴香はバットを微妙に動かすが、狙っていた球ではないのでスイングはしない。判定はストライク。ただ晴香の醸し出す威圧感に、西村は見るからに委縮していた。
(よーいドンでピンチ背負った上にバッターが糸地。最悪だよ……)
早くも精神的に大きな負担が掛かっている西村。こんな状態で、晴香に立ち向かうのは非常に酷である。
迎えた二球目。内角低めへのストレート。コースは悪くないが、如何せんボールに勢いが無い。晴香はフルスイングで捉えた。
「おお!」
引っ張った打球は、あっという間にサードの棚橋の左を通過。レフト線際に弾み、フェンスまで到達する。
「うおっし! 一点目」
二塁ランナーの光毅は楽々ホームイン。風も三塁ベースを回る。
「二人目来た! 急いで返して!」
レフトの中村から中継を介し、ボールがバックホームされる。しかしそれよりも前に、風は本塁へと駆け込む。
「やったー! ナイバッチ晴香!」
二点タイムリーツーベース。応援席では得点時の演奏が愉快に響く。亀ヶ崎は首尾良く先制パンチを食らわせることに成功した。
この後の玲雄にもタイムリーが飛び出し、その差を三点として初回の攻撃を終える。
そして一回裏、真裕が先発のマウンドへと上がる。
(凄い。三点も取ってくれるなんて。私も頑張らなきゃ)
プレートの横に置かれたボールを眉頭に当て、目を瞑りながら深く呼吸する。登板時のルーティーンを終えた真裕は、早速投球練習を始める。
「ナイスボール」
真裕の右腕から放たれた白球が、優築のミットから快い音を引き出す。快投を予感させる投げっぷりである。
《一回裏、奥州大付属高校の攻撃は、一番サード、棚橋さん》
最初の相手は棚橋。俊足好打の左バッターだ。今大会もここまで高い打率を残している。
(よし、行こう。この三点を守るんだ)
真裕は気合を入れ、棚橋と対峙する。だがその時突然、彼女に異変が起こる。
(あれ……?)
優築の座っている位置が、物凄く遠くにあるように感じるのだ。しかも優築や棚橋の姿がどこか歪んでいるようにも見える。どれだけ力を込めて投げても、良い球が行くイメージが湧かない。
(だ、大丈夫だよ。ここまでの感触は悪くないんだ。その通りにやれば良いだけだから)
優築からサインが出る。それに頷いた真裕はゆっくりと振りかぶり、一球目を投じる。ただそのフォームに、躍動感は無かった。
アウトコースへのストレート。棚橋は打って出る。
「あ!」
打球は三遊間へ。風と杏玖の間を鮮やかに破っていく。
「ナイスバッティングです」
「ありがと。まだまだこっからだよ」
棚橋は一塁ベース上でエルボーガードを外し、コーチャーに預ける。亀ヶ崎同様、奥州も先頭打者が出塁する。
(そんなに球の威力は感じなかったな。それなりの投手らしいけど、所詮一年生ってところなのか)
《二番セカンド、織田さん》
打席に二番の織田が入る。ここでも、真裕の異変は収まらない。まだ一球しか投げていないのに息遣いは荒く、胸の詰まったような感覚が走っていた。
「はあ……はあ……」
織田への初球、ストレートがワンバウンドする。優築はボールをレガースに当てて手前に弾いた。ランナーの棚橋は、一旦走りかけて止まる。
「すみません」
「気にしないで。楽にいきましょう」
優築は肩を解す仕草をし、真裕にリラックスを促す。しかし今の真裕は、その程度で立ち直れる状態ではなかった。
「ボール。フォア」
この後も三球続けてストライクは入らず、織田にはストレートの四球を与える。
(くっ、何で……)
四球目がボールとなった瞬間、真裕は思わず空を見上げる。精一杯投げているつもりなのに、指先に力が伝わっていかない。自分自身でもどうしてそうなるのか分からなかった。
《三番センター、原田さん》
ノーアウトランナー一、二塁。一回表と全く同じ形でクリーンナップへと入っていく。亀ヶ崎はここから三点を取ったが、奥州の方はどうなるか。
(落ち着け。点はまだ取られてない。とにかくストライクを投げなきゃ)
右打席でバットを構える原田に、真裕は一球目を投じる。ストライクゾーンには来たが、コースが甘い。原田は腰の入ったスイング打ち返す。
「レ、レフト!」
レフトへ飛んだ打球は、玲雄の前でワンバウンド。ヒットとなった。
「棚、ホーム行けるよ!」
棚橋は三塁を回る。玲雄は素早く中継に返球するも、バックホームはされない。奥州が一点を返す。
「ナイスバッティング、ナイスランです」
ホームインした棚橋を、ベンチにいたメンバーが出迎える。その中には舞泉の姿もあった。舞泉は棚橋とハイタッチを交わすと、本塁のカバーに入っていた真裕に目を向ける。
(案外簡単に点が入っちゃった。真裕ちゃんならもう少しできるかと期待してたんだけど、私の目が間違ってたのかな。残念だなあ)
訳の分からない内に点を取られ、未だに一死も取れない真裕。出端から試練が訪れた。
そんな中、球場の外に、一人の男が現れた。
See you next base……
PLAYERFILE.42:小山舞泉
学年:高校一年生
誕生日:7/5
投/打:右/左
守備位置:投手、外野手
身長/体重:169/62
好きな食べ物:クレープ(ダブルショコラチョコレート)




