109th BASE
お読みいただきありがとうございます。
今回は少しふざけます。
ご容赦ください(笑)
夜になった。夕食後、外で少し体を動かした私は、大浴場で京子ちゃんたちと入浴を済ませた。
「はあ、気持ち良かった。やっぱり大きなお風呂は良いね」
「激しく同意。てかウチ、久しぶりに登場した気がする。一応主要人物のはずなのに」
「何言ってるの?」
「気にしないで。哀れな乙女の戯言だから」
「お、おう。了解」
私たちは大浴場から自分の部屋へと向かう。その途中、先輩たちが何やら数人で集まっているのを見つける。そこにいたのは光毅さん、葛葉さん、杏玖さん、玲雄さんの四人。奥にある縁側の方を見つめていた。
「葛葉さん、どうしたんですか?」
「お、真裕か。なあなあ、あれ見てみなよ」
「あれ?」
葛葉さんが指さした先には、縁側に並んで座る木場監督と森繁先生の姿がある。二人の手元には、缶ビールと封の開いたおつまみが適当に並んでいる。
「へえ。あの二人もお酒飲むんですね」
「そこかよ。他にもっと気にするところあるでしょ」
葛葉さんは肩透かしを食ったように首を傾げる。
「どこですか?」
「これだよ、これこれ」
葛葉さんは小指を立ててみせる。言いたいことは何となく分かった。
「前々から噂はあったんだよ。あの二人は歳も近いし。確か森繁先生の方が一個上だったかな。私たちの前でも仲良さそうによく話してる。しかもここに来て、こんな時間に二人っきりで飲んでるんだよ。怪しくない?」
「そうでしょうか。別にあれくらい普通じゃないですかね」
「そうかそうか。お前はそう考えるか。まあ良いさ。飲み始めて結構経つし、今にもどっちかの酔いが回って、決定的瞬間が見れるかもしれないぞ」
「は、はあ……」
葛葉さんはにやつきながら二人に期待の眼差しを向ける。とても今日の試合で熱投を見せた人とは思えない。ていうか、いつの間にか京子ちゃんも興味津々になっているし。
「ちょっと貴方たち、何やってるの? そんなところに固まっていたら、他の人の邪魔になるでしょ」
不意に後ろから私たちを注意する声が聞こえてくる。振り返ってみると、そこには浴衣姿をした晴香さんがいた。ユニフォーム姿の時とは異なり、長く下ろした黒髪が非常に妖艶な印象を与える。ただ目つきの鋭さは変わらず、こうして対峙するとどうしても体が竦んでしまう。
「ふおお、やっぱ良いスタイルしてますなあ。どうやったらウチも手に入れられるんだろ」
「京子ちゃん、こんな時に何言ってんの」
京子ちゃんの言いたいことも分からないでもない。しかしこの状況で最初に出る言葉として適切なのかは、甚だ疑問である。
「ま、待ってくれ晴香。私たちはただちょっとした観察をしてただけなんだよ」
晴香さんの登場にたじろぐ葛葉さん。さっきまでの浮かれた気分は一体どこへ飛んでいったのやら。
「観察?」
「そうそう、観察。晴香も一回見てみなよ」
「はあ……。どうせくだらないことでしょ」
晴香さんは一つ溜息をつき、仕方なさそうに縁側に目をやる。だが次の瞬間、晴香さんの表情が一変する。
「なっ⁉ あれはどういうこと⁉」
晴香さんはこれまで私たちに見せたことないほど動揺した様子で、葛葉さんに詰め寄る。
「み、見ての通りだよ。なんか良い雰囲気じゃない?」
まさかの晴香さんの反応に葛葉さんは困惑する。私もこれは予測できなかった。まあ晴香さんも女子高生なわけだし、こういうことに興味があっても不思議ではないが。
「そんな、あの二人が……」
「おい、何か見つめ合ってるぞ」
「え?」
私たちは一斉に監督と森繁先生の動向を覗う。確かに二人の顔は向かい合い、その距離も心なしか接近している。
「おいおい、これまじであるんじゃない?」
全員息を凝らす。私の心臓も騒がしくなってきた。
その時だった。突然、光毅さんのポケットから振動音が鳴る。
「もう、何だよこんな時に」
どうやら着信が入ったらしい。光毅さんは渋々スマホを取り出し、電話に出る。
「もしもし。今? 大丈夫だよ」
私たちから少し離れて通話する光毅さん。彼氏さんからだろうか。私たちは引き続き、監督と森繁先生の行く末を見守る。
「……それほんと⁉ よっしゃ!」
いきなり光毅さんが歓喜する。その声は私たちの背中を突き刺し、全員が体を震わせる。
「光毅、声が大きい」
「あ、ごめんごめん」
光毅さんは口パクで謝る。幸い、監督たちには気づかれていないみたいだ。
「うん、会場はそこで合ってる。試合は十時からね。じゃあよろしくお願いします」
光毅さんが電話を終え、私たちの元に戻ってくる。
「進捗はどう?」
「変わらずです。もう何も無いんじゃないですか?」
「何だよ、つまらんなあ」
「そういや、さっきめっちゃ嬉しがってたけど、何かあったの?」
玲雄さんが電話の内容について尋ねる。すると光毅さんは大きく目を見開き、嬉しそうに答える。
「ああ、そうそう。次の準決勝さ、吹奏楽部が応援に来てくれるって」
「おお! マジ⁉」
皆が光毅さんに注目する。光毅さんは誇らしげに親指を立てた。
「うん。クラスメイトの子に前々から頼んでたんだけど、男子野球部が負けちゃったから、来てもらえることになった」
「ナイス光毅! ふふっ、今から超わくわくしてきたわ」
玲雄さんたちは声を弾ませる。野球の試合において、吹奏楽部の応援は大きな力となる。私も一度で良いから、迫力ある演奏が流れる中で試合をしたいと思っていた。悲願の優勝に向け、この上ない援軍である。
「おうお前ら、こんなところに集まって何やってんだよ」
「え? あ……」
喜びも束の間、監督が声を掛けてきたのだ。私を含めその場にいた皆が顔を硬直させる。慌てて杏玖さんが機転を利かせ、適当に誤魔化す。
「じ、準決勝から吹奏楽部が応援に来ることが決まったらしくて、そのことで喜んでただけです」
「ほーん。そりゃ良かったじゃねえか」
監督の隣に森繁先生の姿は見当たらない。自分の部屋へと戻ったのかもしれない。結局のところ、二人の間には何も無いのだろうか。流石に直接問いただすなんてことは……。
「あ、あの監督……、森繁先生と何してたんですか⁉」
「へ……?」
私の予想に反し、誰かがど直球の質問を投げ込む。なんとも恐れ知らずのその人とは、意外や意外、晴香さんである。
「何って、軽く話してただけだよ。森繁先生に酒を飲む相手がいないって呼び出されたんだ」
「ほ、本当ですか?」
晴香さんは監督に訝しげな視線を向ける。恥ずかしさからか、頬が若干赤らんでいる。
「ははは、安心しろ。お前らが期待してるようなことはしてねえよ」
監督は朗らかに笑う。まずまずアルコールが回っているようで、私のお父さんやお母さんの酔っぱらった時に似ている。大人の人はお酒を飲むと、大体こんな感じになるのだろうか。
「でもそんなことよりお前らさ、覗きをするならもっと気配を消す術を身に着けた方が良いぞ。野球にも役立つしな」
「げっ、気付いてたんですか……?」
「当たり前だろ。まだまだ修行が足りねえなあ。あ、森繁先生はかなりお冠だったから、お前ら覚悟しておいた方が良いぞ」
「え、嘘でしょ……」
「それじゃ、明日も練習があるんだし早く寝ろよ。へっへっへ」
「は、はーい……」
監督はそう言い残し、部屋へと帰っていく。私たちは揃って青ざめた顔をする。
二人の真相は不明のまま。しかも骨折り損で終わるだけでなく、森繁先生の怒りを買うという災いも呼び込んでしまったのだった。翌日こっぴどく叱られたことは、触れないでいただきたい。
「とほほ……」
準決勝進出を決めた夜の、とんだ茶番の一幕であった。
See you next base……
……因みに、和は酔うとちょっとめんどくさい。
「なあ木場君」
「なんすか?」
「この前彼氏と江の島デートしてきたんだ」
「へえ、羨ましいっすね」
「そうか? やっぱりそう思うか? えへへ、それでだなあ……」
隆浯はたっぷりと和の惚気話に付き合わされていました。




