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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第一章 野球女子!
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10th BASE

お読みいただきありがとうございます。


いよいよ2018年のプロ野球が開幕しました!

今年はどんな年になるのか、ワクワクが止まりません!

「はー、気持ち良かったあ」


 練習終了後、私は京子ちゃんと校門の前で祥ちゃんを待っていた。背中と太腿の辺りにやや張りがある。家に帰ったら、お兄ちゃんにマッサージをしてもらおう。


「お待たせ」


 右肩に鞄を背負い、祥ちゃんが自転車を曳いて校門から出てくる。


「お腹空いちゃったよ。コンビニ寄ってもいい?」

「良いよ。ていうか私もお腹空いちゃった」


 先ほどからお腹の鳴る音が止まない。お互い口には出さなかったが、実は京子ちゃんのお腹の音も聞こえていたりする。


「そうなんだ。なら早く行こう」


 私たち三人は、学校前にあるコンビニに向かった。ここは亀高の生徒もよく利用しているので、周辺には同じ制服の人たちがちらほらと見受けられる。中に入ろうとしたところ、入口から出てきた二人の先輩と遭遇した。


「お、一年生トリオじゃん」

「あ、珠音(ことね)さんと杏玖(あき)さん。お疲れ様です」


 紅峰(あかみね)珠音さんと外羽(ほかばね)杏玖さん。二人とも二年生の先輩だ。


「えっと……、名前何だったっけ?」


 声を掛けてきてくれた珠音さんだが、私たちの名前は覚えられていないらしい。すかさず杏玖さんがフォローを入れる。


「珠音ってば、三人は一週間前からいるんだし覚えておきなよ。真裕ちゃんと京子ちゃん、それに祥ちゃんでしょ」

「あー、そんな感じだったかも」

「そんな感じだったじゃなくてそうなの! しっかりしてよ、恥ずかしい」


 珠音さんのあまりピンと来ていない様子を見て、杏玖さんは呆れたような表情をする。微笑ましくも、ちょっと悲しい。


「三人も食べるもの買いに来たの?」

「はい。練習の時からお腹ペコペコで」


 気を取り直して尋ねる杏玖さんに、祥ちゃんがお腹を触りながら答える。


「せっかく会ったんだし、奢ってあげるよ」

「良いんですか⁉」

「うん。遠慮しないで」

「ありがとうございます!」


 杏玖さんからの嬉しい計らい。私たちは少し引け目を感じつつも、好意に甘えることにする。


「杏玖さん太っ腹ですねえ。私も何か奢ってもらおうかな」


 杏玖さんの隣で、珠音さんは拳一個分くらいある大きな骨付きフライドチキンを頬張っている。何となくこの人がどんな人か分かってきた。


「あんたは違うから。しかもそんな大きな肉を食べてるでしょ」

「それはそれ。これはこれ。パワーを付けるためにたくさん食べることは大切ですよ」


 確かに言っていることは正論だ。フリーバッティングでも珠音さんが一番飛ばしているし、打つ能力だけだったら晴香さんに勝るとも劣らないだろう。


「はいはい。だったら自分の金で買え。三人とも行こうか」

「えー。ケチ」


 不服そうな顔の珠音さんだったが、杏玖さんはそれを放ってコンビニへと入っていく。私は体を小さく丸めつつ、杏玖さんに続いていった。


 私と京子ちゃんが選んだのは肉まん。祥ちゃんはおにぎりと迷った末に、チキンスティックを買ってもらう。


「いただきます」


 杏玖さんにお礼を言い、私たちは買ってもらったものを食べ始める。肉まんの皮は火傷するかと思うくらいの温度だったが、空腹感に耐えられなかった私は勢い良く(かぶ)り付いた。


「あつっ……」


 予想以上の熱さだった。私は口に入れた肉まんを舌で転がし、必死に冷まそうとする。息遣いと混ざった湯気が、盛んに外に漏れる。


「真裕ちゃんってさ、今日ブルペンで投げてたよね?」

「は、はひっ……」


 肉まんを口に入れた状態で杏玖さんに話しかけられてしまった。私は何とかして返事をしようとするが、その代わりに肉まんが口から零れ出そうになる。


「ごめんごめん。食べてからでいいよ」


 私は強引に肉まんを呑み込む。喉元を過ぎれば熱さも忘れるかと思ったが、そんなことはなく、気管支の辺りで一旦詰まりそうになる。


「ふう……。すみません」

「気にしないで。私が変なタイミングで話しかけたのが悪いんだし。それでフリーの時ブルペンにいたのって、やっぱり真裕ちゃんだよね?」

「はい。監督に呼ばれて」

「そうなんだ。監督に何言われたの?」


 杏玖さんの質問に自然と頬が持ち上がり、私は白い歯を見せる。


「夏の大会も視野に入れて、取り組んでもらうって言われました!」 

「へえ。ウチはピッチャー足りてないし、ちょうど良かったよ」

「優築さんも言ってましたけど、そんなにピッチャー少ないんですか?」


 肉まんの二口目を口に含めながら、私は杏玖さんに質問する。


「うん。部員の数が少ないっていうのもあって、正式なピッチャーは空さんと葛葉さんの三年生二人だけ。二年生には一人もいないんだ。私や晴香さんがやることもあるけど、どうしても騙し騙しになっちゃってね。だからチームとしては、もう一人ピッチャーが欲しいと思っていたところなんだよ」

「そうだったんですか。だったら頑張らないと……」


 私は右手で拳を作る。益々気合が入った。


「でも無茶したら駄目だよ。三年生が抜ければ、次のエースは真裕ちゃんなんだから」

「はい。気を付けます」


 珠音さんとのやりとりを聞いていても思うが、杏玖さんは何だかお姉さんみたいだ。本当に弟や妹がいたりするのだろうか。


「けど新チームのこと見据えると、もう一人ピッチャーが必要だよね。監督のことだから誰かにさせてみるとは思うけど、真裕ちゃんから見て誰かいる?」

「そうですねえ……。祥ちゃんなんかどうですか? 初心者ですけど、左利きですし」


 私は祥ちゃんの方に目をやる。彼女は縦長のチキンスティックを真っ直ぐに(くわ)えていた。


「へ? 私がどうかしました?」


 祥ちゃんは私たちの目線に気がつくと、チキンスティックを一気に食べ進める。


「なるほど。サウスポーってのは大きいかもね。もしかしたら監督も考えてるかも」

「えっと……。何の話ですか?」


 頭にはてなマークを浮かべる祥ちゃん。私は()(つま)んで説明する。


「祥ちゃんがピッチャーやるかもって話だよ。そういえば祥ちゃん、光毅さんにも何か言われてなかったっけ?」

「あー。けどあれって、私が左利きだからなだけでしょ。それに私、初心者だし……」


 祥ちゃんは不安気な面持ちで残り一本のチキンスティックを口にする。ただそこに関しては、あまり気にしなくて良いと思う。杏玖さんも同意見だった。


「そこは関係無いさ。最初は誰でも初心者だからね。時間は掛かるだろうけど、やってみる価値はあるよ」

「そ、そうですかね」

「そうだよ。けどやっぱり新入生が入ると、楽しみが広がるよ。私たちも頑張らないと。ね、珠音」

「え? 何か言った?」


 意気込む杏玖さんを他所に、珠音さんは骨なしフライドチキンを食べるのに夢中のようだ。あれ? さっきと形が違う気が……。


「あー、あんたに聞くべきじゃなかったわ」


 杏玖さんはある程度予想していたのか、やっぱりなという感じで目を細める。私は思わず苦笑する。


「真裕、そろそろ行かないと電車間に合わなくなるよ」

「え、嘘?」


 京子ちゃんに言われ、私はスマホの時間をチェックする。次の電車が来るまで残り十五分弱だった。


「ほんとだ。行かなきゃ」


 この電車を逃すと、その次が来るのは三〇分後。流石に駅でそんなに待つのは嫌だ。


「すみません。お先に失礼します。あと、ごちそうさまでした」

「はーい。じゃあまた明日ね」


 私たち三人は杏玖さんと珠音さんに挨拶をし、やや早足で駅へと向かう。その途中、私はふとあることを思い出す。


「ねえねえ、朝部って何時からだっけ?」


 これまでは仮入部だったため放課後の練習しか参加できなかった私たちだが、明日からは朝部も出ることができるようになる。


「確か七時半からだね」

「そっか。了解」


 答えてくれたのは祥ちゃんだった。一方の京子ちゃんは、見るからに不満げな顔をする。


「朝部かー。早起き苦手なんだよね」

「京子ちゃんは夜更かししているからでしょ。今日からは早く寝なよ」

「でもなー。今日は弦ちゃん攻略する予定だし、いつ終わるか分かんないよ」


 頬を膨らませる京子ちゃん。祥ちゃんは話に着いてこられていない模様で、困惑しながら私たちに尋ねる。


「攻略? 何の話?」

「京子ちゃんのやってるゲームの話。ゲームの中で男の人と恋愛するんだって」

「ああ、いわゆる乙女ゲームってやつね。どんな感じに面白いの? 私、『ウルプロ』みたいなゲームしかやらないから分かんないんだよね」

「あ、祥ちゃん……」

「え?」


 軽い気持ちで放たれたであろう祥ちゃんの疑問。しかしそれが、京子ちゃんの乙女スイッチ?を起動させる引き金となる。


「よくぞ聞いてくれました!」


 気怠そうだった京子ちゃんの口調が一気に饒舌になる。そういえば、まだ祥ちゃんは見たことなかったっけ。


「乙女ゲームの面白いところは色々あるけど、一番の魅力はやっぱりそのストーリーね。多くの試練や(しがらみ)を乗り越えて、好きな人と報われる……。一言で言えば単純に聞こえるかもしれないけど、攻略する男の子それぞれに物語があって、その全てがウチの心を揺さぶってくる。もうそれがまじで堪らないの!」

「へ、へえ……」


 怒涛の口撃(こうげき)に後ずさる祥ちゃん。こうなった京子ちゃんは、誰にも止められない。

「でも全部が全部グッドエンドに繋がっているわけじゃなくて、時にはあんまり報われないこともあるの。でもそれもまた魅力の一つで、ちゃんと練られてるストーリーだったら涙が止まらなくなっちゃう。昔のももちろん良かったけど、今の乙女ゲームはすっごく綿密に作られてる作品が多いんだよ!」

「う、うっす」


 京子ちゃんの目の輝きは眩しくなるばかりだ。祥ちゃんは完全にやられてしまったようで、少しずつ顔から生気が抜けていく。


「それで今私がやってるのは……」


 昔やっていたアニメのネタで、「ずっと俺のターン!」というのがあった。今の京子ちゃんの相手に主導権を握らせない姿には、まさにその言葉がぴったりと当てはまりそうだ。私たちは何一つ抵抗することができず、結局電車を一本逃してしまったのだった。




See you next base……




WORDFILE.1:『解説! ウルトラプロ野球!』


 二〇年以上前から親しまれている野球ゲーム。通称『ウルプロ』。マスコット型のキャラクターたちが登場するのが特徴で、試合だけでなく選手育成もできる。最近ではオンライン対戦が可能になったり、実際のプロ野球選手が遊んでいる動画が配信されたりするなど、日々進化を遂げている。


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