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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第八章 控えの意地
109/181

107th BASE

お読みいただきありがとうございます。


サッカーアジアカップ、残念ながら日本代表は準優勝でした。

次のコパアメリカでのリベンジに期待したいです!

「次の試合はすぐ始まるから、皆急いで片付けて、外に出るわよ」

「はい」


 キャプテンの晴香さんに扇動され、私たちは速やかにベンチを後にする。夏の大会三回戦、私たち亀ヶ崎高校は花月高校を下し、準決勝進出を決めた。


「お、やあ真裕ちゃん。三回戦突破おめでとう」


 外へと抜ける通路を出たところで、次の試合に出場する奥州大付属高校のメンバーと遭遇する。その中にいた私と同じ一年生、小山舞泉ちゃんがすれ違いざまに一声かけてきた。


「ありがとう。そっちも頑張って」

「うん。準決勝で会おうね」


 舞泉ちゃんはそう言ってベンチ裏へと入っていく。その口調からは、負けるかもしれないという不安は微塵も感じられない。

 最初から負ける気持ちを持っていないのは、試合に臨む姿勢としては正しいのかもしれない。ただ彼女の場合、どこかもっと違う次元で物事を考えているような気配がある。これから戦う相手など眼中に無い。勝って当たり前。良く言えば自信、悪く言えば傲慢、そんな心持ちが見え隠れしていた。


「どうしたの真裕? 皆のところに行かないの?」

「え? あ、すみません。行きましょう」


 舞泉ちゃんと入れ替わるように、奥から葛葉さんと優築さんが姿を現す。ダウンのキャッチボールをしていたため、皆よりもベンチを出るのが一足遅くなっていた。私は慌てて二人の横に並び、皆の元へと歩き出す。


「そういえば、腰の方は大丈夫ですか?」

「そうだね。今はちょっと歩くのが辛いけど、この程度なら明日一日安静にしてれば問題ないと思う」

「それは良かったです。安心しました」


 今日の試合の殊勲者は、何と言っても葛葉さんだ。劣勢の五回、ランナー一、二塁の場面から登板し、最初のバッターを併殺に打ち取ってピンチ脱出。途中で腰の痛みに見舞われるも、最終回まで投げ抜く魂のピッチングでチームに逆転を呼び込んだ。


「まあでも準決、決勝と連戦になるし、今日みたいに無理はできないかな。そろそろ真裕に頼る時が来たようだね」

「私ですか?」

「うん。空が決勝で先発することを考えたら、次の試合は真裕が先発するのが最適だよ。それができるようになるために、ここまで準備してきたんでしょ」


 葛葉さんはふと私に視線を向ける。その時、私の胸が仄かな痛みを発する。


「ああ、そっか……」


 もしも先発で投げさせてもらえるのなら、こんなに光栄なことはない。メンバー入りをしているということは、その可能性が十分にあり得るということだ。


「頼むよ後輩。奥州のゴールデンルーキーが騒がれてるけど、こっちのゴールデンルーキーも凄いってところ見せてやれ」

「は、はい。頑張ります」


 葛葉さんが私の背中を叩く。私は二つの意味で心を震わせながら、微かな笑みを浮かべた。

 

 この後私たちは軽いミーティングを済ませ、球場に残って次の試合を観戦する。この試合の勝者が、明後日の対戦相手となる。


「よろしくお願いします!」


 試合が始まった。奥州大付属の相手は、福岡の久留米ノ沢高校。去年の夏の大会でベスト四まで勝ち上がった実力校だ。

 注目の“怪物”、舞泉ちゃんは今日もベンチスタート。おそらく後半に出るのだと思われる。


 試合は序盤から荒れ模様を呈す。一回表、奥州大付属が二点を先制するも、すぐさま久留米ノ沢が三点をとって逆転。この後も点の取り合いが続き、六回を終わって七対七のタイスコアとなる。


 迎えた七回表、奥州大付属は満塁のチャンスから、タイムリーヒットが出て二点を勝ち越した。そしてその裏、あの子の出番はやってくる。


《奥州大付属、ピッチャー小山さん》


 名前をコールされ、ベンチから舞泉ちゃんが駆け出してくる。その瞬間、スタンドからは大きな歓声が沸く。これまでの活躍で、彼女はすっかり人気者になっていた。


 マウンドに立った舞泉ちゃんがロジンバックに触れる。二点のリードを守り、チームの勝利を完成させるための登板。いわゆるクローザーと言われる役割を担うことになる。当然相手も一層気合を入れて攻めてくるし、何よりあと少しで勝利という、独特のプレッシャーがのしかかる。技術的な面はもちろん、精神的にも強靭さが求められる。いくら舞泉ちゃんとはいえ、些細なことで崩れてもおかしくない場面だ。


 しかし、舞泉ちゃんはそんな私の懸念を、軽々と一掃する。


「ストライク、バッターアウト」


「スイング、バッターアウト」


「バッターアウト。ゲームセット」


 何と三者三振で締めくくったのだ。舞泉ちゃんは最後の空振りを見届けると、満面の笑みを浮かべてチームメイトと喜びを共有する。その顔つきは純粋無垢という表現がぴったりで、それ故に私は恐怖を覚える。


 舞泉ちゃんは、心底楽しそうに野球をやっている。それなのに完膚なきまでに相手を圧倒する。楽しい野球と勝つための野球の両立を、いとも簡単に体現している。この恐ろしい“怪物”に勝つ方法など、本当にあるのだろうか。


 今日は夏本番を思わせる気候で、うなじが焼け付くような暑さが際立っている。けれども私の胸の奥では、強烈な悪寒が走っていた。



See you next base……




WORDFILE.43:ロジンバック


 炭酸マグネシウムを主成分とした粉末を布製の袋に詰めたもので、主に投手の指先の滑り止めに使用される。握ったり叩いたりすることで粉末が振り出される仕組みとなっている。ただし素手以外に振りかけることはできない。

 試合では不正防止のため、投手が個別でロジンバックを持参することは認められておらず、審判員が事前に検査をした上で提供する。試合中、ロジンバックは原則マウンド後方に配置されるが、雨の日などは劣化させないように投手の尻ポケットに入れさせる。

 因みに投手は皆、マウンド上でロジンバックを触りながら格好つけることが一度はある(※個人の見解です)。

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