表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第八章 控えの意地
108/181

106th BASE

お読みいただきありがとうございます。


2019年に入って早1ヵ月が経ちましたね。

ということは平成も残り3か月。

「平成最後の○○!」にも更に拍車がかかっていきそうです。

 須知の放った鋭い当たりはレフトへ抜けていく。一塁ランナーまで還れば、亀ヶ崎の逆転サヨナラ負けだ。


「ファール、ファール」


 しかし三塁塁審は両手を大きく広げ、ファールの判定を下す。ほんの数十センチだが、ボールの弾んだ位置は白線より外側だった。


「危ね……」


 打球の行方を見届けた葛葉の口から、思わず言葉が漏れる。ホームで見ていた優築も心の中で溜息をつく。一球で勝敗が決まる状況。今のような投げミスは命取りになる。


(ほんの紙一重だった。勝利の神様はまだこちらに味方しているということか。でも次の球はどうする? この際ストライクが取れれば何でも良いけど、続けてフォークは怖い)


 三球目、優築は低めのスライダーを要求する。だがまたもや葛葉は投げ切ることができず、大きく高めに外れる。


(これも駄目か……。もしや葛葉さん、去年のこと気にしてるのか?)


 優築は一年前の敗戦の瞬間、ベンチの中にいた。そのため葛葉の暴投も目の当たりにしている。生還したランナーを迎えて喜び合う花月ナインの横で、呆然と立ち尽くす葛葉の姿は、今でも目に焼き付いている。


(あの時、私がマスクを被っていたら逸らさなかった、なんて失礼なことは言えない。けど今なら、同じ結末にならないように導くことはできる)

「葛葉さん!」


 優築が葛葉に呼びかける。いつになく熱のこもった声に、葛葉の身体は若干びくつく。


「私は絶対に後ろにやりません! どんな球でも止めてやります! だから葛葉さんは何も怖がらず、全力で腕を振ってください!」

「優築……」


 絶対に後ろにらさない。そんな優築の力強い叫びが、葛葉の胸に突き刺さる。そしてそこに棲みついた恐怖の塊を、一気に砕いた。


(何生意気なこと言ってんだよ、全く。じゃあほんとに暴投しても、全部のお前の責任にするからな)


 葛葉は微かに口角を持ち上げ、優築のサインを確認する。球種はスプリット。葛葉は迷わず頷く。


(低めに投げ切ればきっと振ってくれる。あとは優築を信じるのみだ)


 四球目、葛葉の投じたスプリットは、綺麗に真ん中から沈んでいく。打ち気にはやっていた須知は咄嗟に手を出し、空振りを喫する。ボールは優築の手前でワンバウンド。少々不規則な跳ね方となったが、優築は懸命に前へと弾く。


「ストップストップ」


 これでは三塁ランナーは突っ込めない。優築は辻本を目で牽制しながらボールを拾い、葛葉に返す。


「ナイキャッチ」

「そっちもナイスボールです。これで追い込みましたよ。次も頼みます」

「おけ」


 カウントはツーボールツーストライク。次が勝負の一球となる。優築の出したサインは、スプリットだった。


(もちろんそうなるよね。分かりました)


 葛葉はゆっくりと首を縦に動かす。腰の具合を考えると、もうそんなに球数は投げられない。ここで終止符を打てるか。


(大丈夫。抑えられる。一年前の屈辱を、今ここで晴らすんだ!)


 葛葉が投球モーションに入る。腰の痛みを振り切り、彼女は全身全霊を傾けて五球目を投げた。

 先ほどとほぼ同じコースから、切れ味鋭くボールは落ちていく。スプリットが来ることは予測していた須知だが、それでも反射的にスイングを始めてしまう。


(くそっ、終わってたまるか……)


 須知は必死に食らいつき、何とかバットに当てた。三塁とホームベースを結ぶ中間点辺りに、弱々しい飛球が上がる。


「サード!」


 サードの杏玖が咄嗟に前に出る。ただ彼女ではノーバウンドで捕れそうにない。仮にワンバウンドになれば、一塁は際どいタイミングとなる。最後の最後で、非常に憎たらしい打球が飛んだ。


「オーライ!」


 しかし杏玖より前に葛葉が反応良く動き出していた。痛む腰を持ち上げ、浮遊する白球に向かって飛びつく。


(今日は皆に支えられてここまで来た。それをこんなしょうもない当たりで無駄になんてさせない。入れ!)


 葛葉の体はお腹から落下。彼女の腰に今日一番の痛みが走る。グラウンド、ベンチ、球場内にいた者全員が、息を殺して葛葉に視線を注ぐ。


「はあ……はあ……、これでどうよ?」


 葛葉は丁寧に左腕をかざす。その手に付けた紺碧のグラブの中では、白球が確かに姿を覗かせていた。


「アウト。ゲームセット」

「おお!」


 決着が付いた。五対四。一点差で、辛くも亀ヶ崎は逃げ切った。


「うう……」

「く、葛葉さん⁉」


 アウトのコールを聞いた後も、葛葉は中々起き上がってこない。優築を筆頭に、葛葉の元に亀ヶ崎ナインが血相を変えて集まる。


「大丈夫ですか?」

「ノープロブレム。へへへ」


 心配そうに尋ねる優築に、葛葉はにっこりと笑いかける。おまけに右手で勝利のピースサインを作った。駆けつけた仲間たちが皆、胸を撫で下ろす。


「あ、けどこの体勢楽だし、もうちょっとこうしていたいかも」

「何馬鹿なこと言ってるんですか。整列しますよ」

「えー。ケチだなあ」


 優築に手を引かれ、葛葉がゆっくりと起き上がる。そうして、仲間と一緒にホーム前に並んだ。


「ありがとうございました!」


 天色あまひろの空に、少女たちの煌びやかな声が響く。


 好リリーフを完遂した葛葉。代打で値千金の勝ち越し打を放った洋子。控え選手たちの躍動が勝利を呼び込んだ。亀ヶ崎高校は見事に一年前のリベンジを果たし、チームの最高成績を更新するベスト四に進んだのだった。


See you next base……



WORDFILE.42:完全捕球


 野手がフライを完全に捕球、つまりアウトになるかどうかの基準は二つある。

・審判が捕球を確認し、アウトを宣告する。

・フライを捕球した選手が次の送球動作に移る。


 例えば一度はフライを捕球したが、地面への着地や他の選手との接触の衝撃でボールを落とした場合、完全捕球は認められない。

 一方、フライを捕球後に送球しようと、投げる腕にボールを持ち替えた時に溢した場合は、完全捕球として認められる。ただし素早い動きの中ではボールを捕ったかどうかが分かりにくいこともあるため、その時は審判の判断によって完全捕球が認められない場合もある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=825156320&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ