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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第八章 控えの意地
106/181

104th BASE

お読みいただきありがとうございます。


最近はお腹が空いた状態で寝るようにしています。

痩せるらしいので(切実)

 二点を勝ち越し、尚も得点圏にランナーを置いていた亀ヶ崎だったが、追加点を奪うことはできなかった。ただこの後の花月の攻撃を抑えれば勝ちとなる。その七回裏のマウンドに、葛葉がゆったりとした足取りで向かう。


「さあ葛葉さん、この回締めて終わらせましょう」

「おお、そうだな。守備の方も頼むよ」


 ライトのポジションに走っていく洋子を見届け、葛葉は投球練習を開始する。だが彼女の一つ一つの動作は、これまでに比べて重たくなっていた。


「うう……」


 投げる毎に顔を曇らせる葛葉。実は先ほどの走塁で、腰の違和感が再発していたのだ。

 それは投げるボールにも影響を及ぼす。受けていた優築は葛葉の球威が落ちていることを疑問に思い、相手に悟られないようさりげなくマウンドに駆け寄る。


「葛葉さん、調子は大丈夫ですか?」

「え? 何が?」

「あ、いや……」


 とぼける葛葉に対し、優築は強く問いただせない。葛葉は笑っていたが、額には多量の脂汗が浮かんでいる。明らかに様子がおかしい。それは優築もすぐに分かった。ただここで葛葉が降板すれば、残る投手は真裕のみ。本人が投げられるという意思を示している以上、安易に交代させるわけにはいかない。


「心配すんなって。抑えればいいんだよ。気合入れていこうぜ」


 葛葉が右手でサムアップする。優築は少々困惑の色を見せながらもそれに呼応し、葛葉の元を離れる。今は彼女の言葉を信じるしかなかった。


《七回裏、花月高校の攻撃は、一番サード、森田さん》


 花月の攻撃は一番から始まる。ランナーを置いてクリーンナップに繋がっていけば、二点差くらいなら追い付き追い越せる可能性を秘めている。


 森田への初球、葛葉はストレートでストライクを取る。腰の鈍痛を堪え、球威はある程度まで回復。優築も心の中で安堵する。


(これくらいなら何とかなりそう。私のリードで、一イニング持たせてみせる)


 二球目、バッテリーは低めにストレートを続ける。森田はそれをバットの芯で捉え、右方向へライナーを放つ。


「オーライ」


 しかし打球はセカンドの頭を越えず、光毅がノーバウンドで捕球する。まずはワンナウト目を取った。


(よし。ちょっとヒヤッとしたけど、光毅さんの正面に飛んでくれた。丁寧に低めを突いていけばそんなに打球は上がらないし、やりようはある)

(あと二つか。それまで持ってくれよ)


 バッターは二番の内場。今日は送りバントを決めているが、まだヒットは打っていない。


内場(この人)はそんなにパワーは無い。さっきくらいの真っ直ぐでも十分押し込める)


 一球目。葛葉は優築の要求に沿ってストレートを投じようとする。だがリリースの瞬間に痛みが生じ、上手に力を伝えられない。


(く……)


 威力を欠いた球、いわゆる棒球になってしまう。内場はそれを逃さない。果敢にバットを出し、三遊間を破った。


「ナイバッチうっちー!」

「イエーイ。それでは皆さんご一緒に……」

「イイイイー!」


 このヒットで反撃の準備が整い、花月ナインの意気も揚がる。何やらギャグを披露しているが、それについては触れないでおこう。


《三番ライト、辻本さん》


 続いて辻本が打席に入る。マウンドこそ島田に譲ったものの、バッティングを活かすために外野に移っていた。


(ランナー出てクリーンナップか。できれば避けたかったけど、幸いこのランナーが還ってもまだリードはしてる。欲張らず、一人一人アウトにすることを考えろ)


 気を取り直し、葛葉は目の前の打者に集中する。しかしどうやら野球の神様は、彼女にとっておきの試練を用意していたみたいだ。


「ライト!」


 辻本が三球目を右中間に落とす。洋子がツーバウンドで打球を抑えるも、一塁ランナーの内場は三塁まで到達する。


《四番ファースト、小藪さん》


 ワンナウトランナー一、三塁。長打が出れば同点という場面で、四番の小藪に打順が回る。最終回にして、この試合最大の山場を迎えた。亀ヶ崎はタイムを取り、マウンドに輪を作る。


「一点は取られても良い。向こうはチャンスだけど、追い詰められてもいる。リードしてるのはこっちなんだから、どっしり構えて守ろう」

「おう!」


 風の言葉に応答し、心と頭をクールダウンさせる内野陣。そうしてそれぞれの守備位置に散っていったが、光毅だけは葛葉の元に残っていた。


「光毅、何で戻んないの?」

「えい!」

「うおっ!」


 突然、光毅は葛葉の腰を指で突く。葛葉は反射的に腰を引き、顔をゆがめる。痛みの強さは確実に増していた。


「腰、相当きてるみたいだね」


 光毅がやっぱりなという表情をする。彼女は葛葉の体の異変を見破っていたのだ。


「い、いつから気づいてた?」

「怪しいと思ったのは攻守交替の時。いつもなら走ってマウンドに行くのに、この回は歩いてたからね。その後投げてる姿見て確信したよ。三年もやってるんだし、良い時と悪い時の違いは大体分かるさ」


 光毅は重々しく話すことはせず、普段通り陽気に振る舞う。一方の葛葉は、もどかしそうに呟く。


「……代われ、とでも言いたい?」

「まさか。私にそんなこと言う権利は無いよ。あんただって投げられるっていう自信があるからそこに立ってるんだろうし、監督が代えないってことは、一応大丈夫ってことなんでしょ。私がどうこう言うことじゃない。だから単純に、励まそうと思っただけ」

「そっか。ありがと」


 葛葉の口元が緩む。腰の痛みも心なしか和らいだ気がした。


「ほれ」


 光毅が右手でグーを作って差し出す。葛葉も同様に拳を握り、手を合わせる。


「後ろには私たちが守ってるから。安心して投げろ」


 そう言って葛葉に微笑みかけ、光毅が定位置に戻る。葛葉は帽子を取って空を見上げると、一つ大きく息を吐く。


(味方が二点勝ち越した直後に、ピンチを作って打席には相手の主砲。シチュエーションは去年とそっくりだな。あの時はそこから三塁打食らって、最後はワイルドピッチでゲームセットだったっけ)


 葛葉は敗北を喫した一年前と今の状況を重ね合わせる。しかし、そこには一つ、明確に違う点がある。


(去年は誰もマウンドに来なかった。とっても孤独だった。けど今回は光毅が激を飛ばしてくれた。光毅だけじゃない。さっきは皆が集まってくれたし、回の頭には優築も寄ってきてくれた。そういや、洋子も声を掛けてくれたな)


 一年前には無かった、仲間の存在の実感。それが葛葉を奮い立たせる。


(私は精一杯のボールを投げ込む。そうすれば、皆が守ってくれる。私は一人じゃないんだ)


 亀ヶ崎の勝利まであとアウト二つ。そのアウトを、葛葉は取りきることができるのか。



See you next base……


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