101th BASE
お読みいただきありがとうございます。
先週は各地で成人式が行われました。
新成人の皆さま、おめでとうございます。
私のいとこも今年参加しているのですが、小さい頃から知っており、時の流れの速さを感じさせられてしまいますね。
「アウト。チェンジ」
珠音の後の杏玖はセカンドゴロに倒れ、三対三で六回表が終了する。
「流石四番、ナイスバッティング」
六回裏の守備に就く際、葛葉はランナーから戻ってくる玲雄とタッチを交わす。
「イエーイ。ピッチングの方も頼んだよ」
「もちコース」
玲雄ら攻撃陣の活躍も素晴らしかったが、それも葛葉のナイスリリーフもあってこそ。投打が上手く噛み合っての同点劇となり、試合の流れは亀ヶ崎に傾きつつある。
(チームの雰囲気は良い。私がこの回を抑え込めれば、次の攻撃も大いに期待できる。よっしゃ、頑張るぞい)
マウンドに登り、二度三度ジャンプをする葛葉。腰は軽く感じ、それほど力を入れなくても飛び跳ねられる。体の調子が良い証拠だ。そのことが嬉しく、葛葉はほんのりと笑みを浮かべた。
《六回裏、花月高校の攻撃は、七番キャッチャー、川端さん》
花月の打順は下位。ランナーを出した状態で上位に回すのを避けるため、三人で片付けたいところだ。
川端への一球目、葛葉はアウトコース高めにストレートを投じる。川端は打ちにいったが、振り遅れてバットに当てることができない。
二球目、葛葉は球速を抑えたフォークでカウントを稼ぐ。優築が捕った位置は真ん中だったが、速球に合わせていた川端はバットを出すタイミングを計れず見送る。
あっという間にツーストライク。葛葉は完全に川端を翻弄している。
三球目。バッテリーは即断でスプリットを選択する。葛葉の投げた先はボールからボールになるコースだったが、今の川端に見極める余裕はなかった。
「スイング、ストライクスリー」
「おし」
快調なピッチングで葛葉は一死目を奪う。そんな彼女を、ライトにいる空は頼もしそうに見守る。
(やっぱ葛葉って良いピッチャーだよな。何の障害も無くエースの座を争ってたらどうなったんだろうって、いつも思うよ)
空は昔、葛葉に一つの質問をしたことがある。これはまだ真裕たちが入る前、ある日の練習後に二人でブルペンの整備を行っている時のことだ――。
「葛葉ってさ、もしも怪我が無かったらって考えたことないの?」
「え? あるよ。そりゃもう何度も。ていうか今でも思うことはある」
葛葉は即答する。何気無く聞いてみただけだったが、空は少し申し訳なさを覚える。
「そうなんだ……」
「まあでも、その度に同じ答えに辿り着くんだ。怪我があるからこそ、私は今のポジションで投げられるだって。そう思うと嬉しくなるんだよね」
「どういうこと?」
「私って、本能的にリリーフをやりたがってるんだよ。仲間がピンチの時に登板して、ハンデをもろともせずに強敵をバッタバッタとなぎ倒していく。そういうのにめっちゃ憧れてるの。スーパーヒーローみたいにかっこよくてさ。これは先発だったらできないことでしょ。だから私は、今自分がリリーフで投げられていることが本当に嬉しいんだよ。えへへ」
葛葉はそう語り、少年のように無邪気な笑顔を見せる。その表情は、空の脳裏にくっきりと焼き付いたのだった――。
(怪我をしたのは本人も残念だったと思う。けど葛葉は、その逆境を前向きに捉えて投げ続けてる。そうして今日も私を救ってくれた。あいつはマジもんのスーパーヒーローだよ)
スポーツ選手にとって、怪我以上の悪夢は無いと言える。長いリハビリ生活を強要されたり、治っても葛葉のように活動を制限されたりすることもある。実際、それに耐えられず競技を辞めてしまう者も少なくない。けれども葛葉は苦しみを乗り越え、しかも力に変えている。これは易々とできることではない。どんな苦境でも挫けない強い精神力が必要である。もしかしたら葛葉の真価は、この心の強靭さなのかもしれない。
「ライト!」
八番の酒井が四球目を右中間に打ち上げる。空は軽快な足運びで落下点に入り、打球をグラブに収める。
「ツーアウト! ナイスピッチ」
ボールを内野に返し、空が人差し指と小指を立てて二死のポーズを見せると、葛葉も笑って同じ指の動きをする。心なしか、あの日の笑顔に似ている気がした。
(あと一人だ。頑張れ葛葉)
《九番ライト、池野さん》
打席には池野が入る。五回裏の走塁を見ても分かるように、ランナーに出してしまえばそれだけでピンチになるバッターだ。ツーアウトではあるが、葛葉も気を引き締めて臨む。
(ベンチから見てても思ったけど、かなり背が低いな。そりゃ何球も粘れたらフォアボール出しちゃうよ。そしてこういう時にありがちなのが……)
ホームベースに正対した状態からゆったりと左足を引き、葛葉が投球モーションを起こす。優築のサインは外角へのストレート。それに従い、彼女は池野への初球を投じる。
池野はセーフティバントを仕掛けてきた。ボールの勢いを巧みに殺し、三塁線をなぞるように転がす。
「ほら、やってきた」
葛葉は素早くマウンドを降りる。池野のバントをしっかりと想定していた。
「オーライ!」
葛葉は正面に入ってボールを捕る。あとは投げるだけ。池野の足も速いが、これはアウトにできそうだ。葛葉は右足で踏ん張って送球動作に移る。
「う……」
しかしその瞬間、葛葉の腰に針を刺したような痛みが走る。葛葉はそれを堪え、懸命に腕を振る。
「アウト」
ハーフバウンドとなったが、ファーストの珠音が上手く掬い上げてカバー。一塁塁審が右の拳を突き上げる。
「ふう……」
一塁のプレーを見届けた葛葉は一つ息を吐き、痛みの生じた部位を摩る。
(ちょっと張り切りすぎたかな。毎度のことだけど、あまり長くは投げられないか……)
幸い、一瞬で消えたみたいだ。ただし怪我を抱える彼女にとって、決して軽視できるものではなかった。
「ナイスフィールディングでした。最終回、絶対勝ち越しましょう」
「え? ああ、そうだね」
杏玖の言葉に軽く笑みを浮かべて頷き、葛葉はベンチへ戻っていく。七回表の亀ヶ崎は、彼女からの攻撃だ。
See you next base……
PLAYERFILE.40:池野こまち
学年:高校二年生
誕生日:7/3
投/打:右/左
守備位置:右翼手
身長/体重:145/41
好きな食べ物:ちりめんじゃこ




