9th BASE
お読みいただきありがとうございます。
先日所用で京都に行ってまいりました。
京都タワーに初めて登ったのですが、平日にも関わらず多くの人で賑わっていましたね。
展望室から見えた抹茶色?の電車が鮮やかで、とても印象に残っています。
グラウンドに集合した私たちは手早く準備をし、フリーバッティングを行っている。チームによって様々なフリーバッティングの形があるが、亀高では二か所でバッティングピッチャーが交互に投げ、それを打ち返す形を採っている。本当はマシンを使った方がコントロールミスの無い分、遥かに効率が良いのだが、繰越金も少ない創部五年目の予算で買うことはかなり厳しいらしい。
それでも部員同士の協力である程度順調に進み、今は六巡目に入ろうとしているところだ。
「真裕、行くよ」
「はい、玲雄さん」
次の番が始まるまでの間、ライトで守っている私は軽くキャッチボールを行う。相手は宮河玲雄さん。カントリースタイルのツインテールをした三年生の先輩だ。
「ナイボッ。真裕のボールって、ピッチャーの投げるボールって感じがするよ」
「そうですか?」
「うん。受けてて球の回転とか重みが他の人と違うもん。長い間ピッチャーやってきたんだなってのが分かる」
玲雄さんが私にボールを投げ返す。しっかりとコントロールされたボールが、私の胸へと届く。
「ありがとうございます。玲雄さんもナイスボールです」
「ははは。お世辞は良いよ。私はそんなに肩強くないから」
玲雄さんは謙遜する。朗らかに笑う人で、接しやすい。
「真裕、ちょっと良い?」
そこへ、一人の先輩が私の元へと走ってきた。
「はい。どうしました?」
声を掛けてきたのは天寺空さんだ。三年生でサウスポーの空さんは、私と同じくピッチャーを務めており、このチームのエースである。
「監督が呼んでる。ブルペンに来て」
空さんの言葉を聞いた瞬間、私の心が燥ぎ出す。このタイミングでブルペンに呼ばれる意味は、一つしかない。
「は、はい!」
私は気持ちを表情に出さないようにしながら、空さんの後に付いてブルペンへと走っていく。ブルペンはレフトのファールゾーンにあり、そこには折りたたみ式の椅子に腕を組んで座る木場監督もいる。
「監督、連れてきました」
「お、来たか。真裕、中学ではピッチャーをやってたそうだな」
待望の言葉。私は待ってましたと言わんばかりに気合の入った返事をする。
「はい、そうです!」
「よし。じゃあ投げてみろ」
私の返事で大体察してくれたのか、監督は一つ頷いてそう言った。
「はい!」
私は嬉々としてブルペンのマウンドに立つ。キャッチャーに入っていた優築さんと三球ほどキャッチボールをして感覚を確かめ、本格的な投球に入る。
「まずは立ち投げで良い」
「分かりました」
向こう側に見えるホームベースと私の体が正対する。左足を引き、私はゆっくりと頭上で振りかぶる。加速していく心音。腕を胸元まで下ろしながら、素早く左足を上げる。臀部から下ろすイメージで左足を地面に着地させ、なるべく小さなテイクバックで右手を耳の近くに持っていく。そうして優築さんのミット目掛け、私は思い切り腕を振った。
「ナイスボール」
白球がミットに吸い込まれ、革と衝突する音が響く。私は左足一本で立ったまま、その瞬間を見送る。
「おお。私より速いかも」
後ろにいた空さんが感嘆の声を漏らす。高揚感が増し、私の口角が僅かに上がった。
「ふむ……。そのまま続けて。もう少しやったら優築を座らせて投げてみろ」
「はい」
私は監督に言われた通り、優築さんを立たせたまま何球か投げた後、マスクを被って座ってもらう。
「さあ来い!」
「はい、行きます」
優築さんの構えたミットはど真ん中。私は立ち投げと同じフォームで、ボールを投げる。
「オッケー。ナイスボール!」
白球は弓矢のように真っ直ぐと放たれ、構えられた位置でミットを貫く。迸る汗の爽快な感触。
やっぱり、気持ちが良い。
スイッチの入った私は、その後も淡々と投げ続けていく。周りにいた人たちは黙って私を見つめていたが、暫くして監督から止めの合図が入った。
「よし、十分だ。ありがとう」
椅子から腰を上げた監督は、何かを考え込むように口に手を当てながら私の前に立つ。
「ふむ……。良いフォームしているな」
「ありがとうございます」
「誰かから指導を受けたことはあるのか?」
「はい。野球をやっていた兄がいて、色々と教えてもらいました。私元々投げ方が良くなくて、始めた頃にあれこれ弄られたんです」
「ほう、兄から弄られた……だと⁉」
照れ臭そうに言う私の一言に、監督は突然目を剝く。
「兄に弄られる妹か。ふふっ、これはこれで悪く……あでっ!」
不意に飛んできたボールが、監督の鳩尾に命中する。監督は当たった箇所を手で押さえ、低い呻き声と共にその場に蹲る。
「はいはい、新人へのセクハラはそれくらいにしてくださいね」
ボールを投げたのは優築さんだった。優築さんはこちらへ寄ってくると、監督を引きずるようにして私から遠ざける。
「えっと……」
「あはは……。ごめんね真裕。ウチの監督、偶に意味不明な発言するから気を付けて」
「は、はあ……」
空さんは引き攣った笑いを浮かべる。何が起こったのかよく分からず混乱している私は、首を傾げて気の抜けた声を出す。
木場監督は、私のイメージしている人とは少々違うのかもしれない。
「……まったくお前は。手加減を知らねえんだから」
「監督が悪いんでしょ。いい加減訴えられますよ」
監督と優築さんの二人がこちらへ戻ってくる。監督は苦悶の表情をしており、まだ痛みは残っているようだ。だが咳払いを一つして真剣な顔つきになり、私にあることを告げる。
「真裕、とりあえずお前はこれから、ピッチャーとしてやっていってもらう。当然、次の夏の大会も視野に入れてな」
「は、はい!」
私は満面の笑顔になる。高校でも投手としてやっていける。それに加えて、いきなり試合に出られるかもしれない。今の私にとって、これ以上の喜びは無かった。
「空、葛葉と一緒に真裕をサポートしてやってくれ。ロードに出る時とかも遠慮なく付き合わせて良い」
「分かりました」
「よろしくお願いします、空さん」
「うん。任せてよ」
軽くお辞儀をする私に、空さんは親指を立ててみせる。
「真裕、今日のところは好きにして良いぞ。投げ続けても良いし、ここで切り上げても良い。自分で決めてくれ」
「ならもう少し投げたいです」
「分かった。優築、受けてやれ」
「はい」
優築さんが小走りでキャッチャーの位置へと戻っていく。この後私は、胸を刺激する緊張感を噛みしめつつ、フリーバッティングが終わるまで投げ続けた。
See you next base……
PLAYERFILE.9:天寺空
学年:高校三年生
誕生日:1/22
投/打:左/左
守備位置:投手
身長/体重:159/53
好きな食べ物:カツオのたたき




