逆ナン?
「朝起こしてくれる人ってのに憧れているんですよ」
昼休み。いつものように如月と昼食を食べているといきなりそんなことを言いだした。
きらきらと目が輝かせながらこちらを見つめているが気が付かないふりをする。
「親にでも起こしてもらったらいいだろう」
「違うんですよ! せんぱいそれは違うんです」
「じゃあ兄弟でもいいじゃないか」
「ちーがーうーんーでーすー」
激しく首を振りながら、否定する如月。言いたいことはわからんでもないが、少しからかってみたくなったのだ。
如月をからかうと、オーバーリアクションで返してくるから、見ていて面白い。焦れたのか、近寄って来た如月の頬っぺたをぷにぷにとつつくと、思い切り頬を膨らました。
「もしかしてからかってます!?」
「お、よくわかったな」
「もー!!」
頬を膨らませて怒る如月は可愛い。おかげで、なんとなくいじめたくなってしまう。
いじられキャラってやつだな。如月も本当に気を悪くしているわけではないだろう。度を過ぎなければ楽しいコミュニケーションになる。
案の定、すぐに如月はなにもなかったかのように話を続けている。
「漫画なんかでよく出てくるのですけど、寝ているところを男子に起こしてもらうんです! そのまま一緒に登校したりとか、女の夢ですね!」
「そうか、それは知らなかった」
その気持ちはよくわかる。前の世界ではあまり女子と縁はなかったし、朝からいちゃいちゃするような恋人がいたこともない。そういうのに憧れるのは男なら誰しも経験したことがあるのではないだろうか。
あまり共感した話をすると、この世界では違和感を覚えられるかもしれないので、とぼけさせてもらうが。
「せんぱい、こんどわたしを起こしに来てくださいよ」
「……は?」
思わず聞き返してしまった。
この世界では性欲が激しいのは女の方だ。それはわかるが、普通恋人でもない異性に朝起こしに来てほしいなど頼むだろうか。
前の世界なら男が女に、俺の家に来いよと誘っているのと同じだろう。完全にアウトだ。
「ねー、お願いしますよぉ。わたし憧れているんです」
猫なで声をあげながら近寄ってくる。
うーむ。前々から感じていたが、如月はいくらなんでも接触過剰過ぎるのではないだろうか。
悪い気はしないので、なぁなぁで無視していたがそろそろ限度を超えている気がする。
もしかしてこれが如月なりの甘え方なのだろうか。前にいつでも甘えていいぞ、と前に言ったことがあるのでそうしているとか。
謎だ。今度誰かに聞いてみるか、この世界の感覚がわからない。
「せんぱい? きいてます?」
「聞いてない聞いてない」
「なんですかそれー! ちゃんときいてください!」
適当に如月の話を聞き逃しながら、昼の時間を過ごした。
放課後。帰宅した俺はテレビを付けると絶望したくなった。
画面に映っていたのはとある映画。ビルドアップされた肉体が、物凄いアップで映し出される。
筋肉の塊の男たちが、事あるごとに筋肉をアピールしている。鍛え上げた肉体をなぞるようにゆっくりゆっくり画面を流れていく。
肉体と肉体がぶつかり合う様子だけが流れる。なにも話が進むことなく、筋肉ばかりが画面を占拠する。
アクション映画じゃなく、お色気映画なんだと気が付くまで頭がフリーズしきっていた。
そうか。この世界ではこれが普通なのか。
筋肉が嫌いなわけではないが、ここまで注視されて映し出されてしまうと目を背けたくなる。
テレビは汚れてしまった。
動画でもみようとネットを探していると、前の世界では汚いと玩具にされていた動画がアダルト枠に。アダルトだった動画が、様々なコメントの飛び交う玩具動画と化していた。ここもだめだ。俺の知っている世界じゃない。
「漫画でも買いに行くか」
この世界にも慣れてきていたが、前の世界の娯楽が恋しくなる。
同じものがあればいいのだが、あまり期待できないだろうな。
結果として本屋でも成果は得られなかった。むしろ落胆したといえるだろう。
偶然、近藤と会い話を聞くことができたが、これまで読んでいた漫画はなくなったと考えて間違いないだろう。
非常に残念だ。似たような漫画はあったが、登場人物の性別が違うと性格も違うので、二次創作を読んでいる気分になった。原作は死んだも同然である。
続きが気になっている漫画もあったのに……惜しいことをした。
帰りは少し遅くなったが、まだ明るさが残っている。夏に向けて少しずつ夕暮れが長くなっているのは、四季折々を感じられる日本の良いところだ。
散った桜の花びらが、風に靡いて空を舞う。こんなところは変わらないのに、男女の感覚が違うだけで世界は変になってしまっている。
スマホで娯楽作品を調べてみるが、男キャラは肌色が目立ち、逆に女キャラは露出度が少ない。広告には男がモデルとして使われていることが多く、どうにも違和感が拭えない。ラインで如月から『お昼の話覚えてますか!』とメッセージが届いたが無視する。今は構ってやる気分ではない。
ニュース一覧を眺めていると、女性議員浮気疑惑や、未成年男性淫行事件など記載されていた。
これも前の世界なら逆であろう。インタビューは女性議員ばかり注目し、相手男性は小さく書かれているだけであった。
男子高校生とお散歩ができるDKビジネスなんて単語もある。記事を読む感じ、男子高校生と性行為はできないが、2時間街を一緒に歩くことができるといったビジネスなのだそうだ。違法で摘発されているが、数多くの女性から需要が多く、高額の報酬に釣られた供給者も増えて、中々根絶には至らないのだそうだ。
男の価値が上がり、女の価値が下がっている。考えたことはなかったが、童貞処女の考えも変わっているのだろう。深く調べれば頭が痛くなる気がしたので、止めておく。恥ずかしながら俺は童貞で、早く捨てたいと思っていたが、この世界では考えを変えねばならないのかもしれない。
「きみー、歩きスマホはダメでしょ」
横をすれ違おうとしていた女性から声をかけられる。顔を上げると、派手なメイクをしたギャル系の女性が笑顔を浮かべていた。
「危ないよ。それにせっかくカッコいい顔が台無し」
「お、俺のことですか?」
「うんそう。カッコいい顔が、スマホみてたら隠れちゃう」
つん。と軽くおでこを突かれた。見知らぬ女性に声をかけられたことに加え、カッコいいと言われてしまった。内心動揺してパニック状態である。混乱している俺と肩を並べるように隣に来た。
「きみいくつ? どこ住んでるの」
「粟生高校の二年です」
「あ、粟生なんだ。ウチ、青蘭大学一回生で由愛っていうの。そういえば大学にも粟生卒業の子いたなぁ」
立ち去ろうとしたのだが、止まって話しかけてくるので連られて止まってしまう。
由愛さんは笑顔のまま、カバンからスマホを取り出した。
「ウチ実家から出て一人暮らし始めたんだけど、まだ友達少なくてさ。ライン交換しようよ。遊びたいとき連絡するからさ」
慣れた操作で画面を開けて由愛さんが迫ってくる。いい香りがふわっと鼻孔をくすぐった。
如月が毎日のように抱きついてくるので免疫がついているとはいえ、胸の鼓動が激しくなるのは俺が小心者だからだろう。こうも無防備に女性に近寄られると緊張してしまうのだ。
「やった、こんなカッコいい子と交換できるなんて嬉しい。広瀬君だね。ウチからも連絡するけど、広瀬君からも連絡してよ」
指が震えないよう注意しながら連絡先を交換すると、由愛さんはテンション高く、徐々に声が大きくなっていた。
「さっそくだけど、今からカラオケにでもいかない? そのままご飯も食べちゃおうよ」
「それは……ちょっと」
「ノリ悪いなぁ。ま、仕方ないか。また今度連絡するからブロックとかしないでよ」
冗談まじりに笑って、由愛さんはポンと肩を叩いて去っていった。
嵐のような出来事に、ぽかーんと口を開けていたかもしれない。スマホにはしっかり由愛さんのラインが登録されており、夢でないことを教えてくれる。
「なんだったんだろう……」
俺の呟きに答えてくれる人は誰もいなかった。
翌日の早朝、如月に、朝だぞ起きろとラインを送っておいた。
ラインで起こすんじゃないんです! と怒る如月を想像しながら、日課になりつつあるランニングを開始するのであった。