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逆転不可思議世界  作者: さいとうももこ
6/24

本屋

「じゃあ稜子、私たちはこっちだから」

「うん、ほんっとごめん。また誘ってね」



 友達と別れて、一度自宅へ向かう。カラオケに誘われたのだけど、バイトのシフトが入っているので、残念ながら断った。高校生なんだから部活でもしたらいいんじゃないか、と誘われたけれど、バイトなら遊ぶ軍資金が増えるし、部活なんかより効率的だし。

 ちょっと学校から離れた繁華街にある小さなファミレスが、わたしのバイト先。ホールでウェイトレス、むさくるしい女よりも男がホールで対応した方が評判いいんじゃないかな。男にモテるには胃袋を掴め、なんて信じて料理を猛勉強した過去があるから、料理の腕は悪くないはずだし、厨房を任せてもらいたい。



「ただいまー」

「あらおかえり。あんた今日はバイトじゃなかった?」

「そー着替えたら行くから」



 バイトに向かうのは私服になる。遅くまで入る日は、ぎりぎりの22時近くまでなので、制服はあまりよろしくないからだ。いちいち自宅で着替えるのは面倒だが、問題になるよりかはいい。



「お兄ちゃんが夜食頼むって言ってたわよ」

「またぁ? いいけど太るよ」



 受験を控えた兄貴は、夜中遅くまで勉強している。小腹が空くらしく、たまにバイト先のテイクアウト弁当を依頼されるのだけど、夜中に食べる物じゃないってのが率直の感想だ。そんなものをわたしが食べると、胸にいらない脂肪がついてしまう。この間もサイズ一つ上がったばかりだし、なんとか減らす努力をしなきゃだめだ。ダイエットしようかな。

 男は胸が膨らまないのが本当にずるいと思う。女だと、デブなのがめっちゃ目立つし、大きくなると可愛い服もなくなってくる。うらやましい限りだ。



「自分が食べる分ぐらい自分が買えばいいのに」

「夜中に男一人で外歩くのは危ないでしょ」

「そりゃごもっとも」



 兄貴はあまり運動しないもやしっ子だ。か弱い男なんて変な女に襲われる絶好のカモなので、夜外出させるのは不安がある。本人は気にしないようだがこちらが気にする。なにかあってからでは遅いんだし、自重してもらわないと。



 部屋のタンスには、溢れんばかりに服がわんさか詰め込まれている。見られたくない本とか小物とか詰め込んだお宝のケースを、こっそり服の下に隠しているのだが、使うとき取り出すのに不便だし、衣替えする時にバレる可能性が高いので、別の隠し場所を考えねばなるまい。

 時計を確認すると、まだバイトの時間には余裕があった。ちょっと寄り道するのも悪くないかな、そろそろ新刊が出ている頃だし。



 着替えに薄い化粧をして出ても、まだ余裕があったので本屋に立ち寄ってみた。



『もっこり男道』

『突然婿が押し掛けてきた件』

『ハーレム家族~たくさんの義兄と義弟に囲まれて』



 並べられている最新刊を眺めていても、琴線に触れるものが見当たらない。

 表紙絵も男のもっこりを強調するばかりで、女が多くの男にチヤホヤされるのばかりで趣味に合わない。それはそれで楽しいのだけど、やっぱり純愛の物語が素敵だよね。まぁ、今やっているソシャゲが、戦闘で男の服が大破して下着だけになるゲームだから、どの口が、って話になるんだけども。

 目的だった本はまだ発売されていなかった。残念だが、代わりになにか探そうと眺めていると声をかけられた。



「もしかして近藤か」

「え、ええっ! ヒ、ヒロくん!?」



 慌てて振り返ると、目の前にはヒロくんがいた。な、なんでこんなとこにヒロくんがいるのだろう。

 この状況はあまりよくない。えっち色の強い表紙が並ぶラノベが並べられている棚の前にいるところを、気になっているクラスの男子に見られてしまった。

 悪い印象を与えてしまったに違いない。どうにかして誤魔化さないと。



「あ、あの、えと、その、違うの! これは違うの!?」

「なにが違うのかわからないがそうなのか」

「そう! そうなの! ここにいたのは偶然でなにもここの本を読んでるわけじゃなくて! その、とにかく違うの!」

「よくわからんがわかった」



 不思議そうな顔でわたしを見つめていたヒロくんだが、なにを話しているか自分でもわからなくなっているわたしの言葉に頷いた。あまりわたしのことに興味がなかったのかもしれない。それはそれで悲しいなぁ。



「ヒ、ヒロくんはなにか探している本でもあるの?」

「俺か? 俺はこの世界でも同じものがあるかどうかの調査だな」

「そうなんだ。なにか目的の本があるとか」

「特にないが良さそうなのがあれば買おうとは思っている」



 意味はよくわからないけど、欲しいものがあるか見に来たってことだろう。



「性別の価値観が変化しただけで漫画やテレビがここまでおかしくなるとはな」

「え、ごめん。よく聞こえないんだけど」

「筋肉モリモリマッチョマンがお色気枠だったり、筋肉で全てを解決するのがセクシーだったりするのは受け入れがたいんだ……」



 小声だったが寂しさが混ざっているように聞こえた。

 たまにヒロくんは変なことを言う。そこが可愛かったりもするのだけど、トモダチには共感してもらえないのが残念だ。ライバルは少ない方がいいからありがたいのかもしれないけど。



「そうだ。近藤に少し聞きたいことがあるのだがいいか?」

「な、なにかな?」 

「少女漫画ってのはどんな話があるんだ?」

「少女漫画?」



 頭に疑問符が浮かぶ。少女漫画となんて作品はいっぱいあるし、どんな話と聞かれても困る。王道なのはバトル漫画だろうか、少女が冒険に出かけたり修行したりして、悪とバトルを繰り広げるとかそんな話が多い。他にはスポーツ漫画だったり、ギャグ漫画だったりが多いだろう。

 そんなことを話していくと、徐々にヒロくんの顔が曇り始めた。少女漫画の棚に連れて説明すると、そうか……と呟いたきり考え込んでしまった。

 おかしなことでもあったのだろうか。なんだかヒロくんの中の常識と違って、困惑しているかのようだ。少女漫画はニチアサとか夕方にアニメもやっているし、よく見かけると思うのだけど、ヒロくんは男子だしあまり見ないのかもしれない。



「それとだな。朝から女の家に行くってのはどうおもう?」

「……それってヒロくんがいくの?」

「いや、俺じゃなくて一般的にだな」

「そうなんだ。それなら恋人ぐらいじゃないかな」



 女の家に男がお邪魔なんて、わざわざ蜘蛛の巣に飛び込んでいくようなものだ。捕食されてしまう可能性高い。

 ヒロくんが来てくれるなら、わたしは大喜びでお迎えするだろう。そして性欲に任せて布団に引きずり込んでしまうに違いない。

 こんなことヒロくんにいったら変態扱いされてしまうし、嫌われてしまう。あくまで妄想でとどめておかなければ。



「恋愛漫画とかはないのか?」

「それなら少年漫画の方が多いんじゃないかな。こっちだよ」



 そのまま少年漫画も探しに行ったのだが、ヒロくんの御眼鏡にかなうものがなかったようで、項垂れていた。わたしは少年漫画はよく知らないのだが、恋愛ものが多い印象がある。お姫様と一般男子のラブロマンスとか、そんな感じ。ロマンス界の王子とかいかにも男の子が好きそうなのが並べられているが、わたしには興味がわかない。

 思春期の女子なんて肉欲の塊だ。一度出してしまえば治まる男子と違い、女子には限界がないのだし、男子が憧れるような綺麗な恋愛よりも、欲求不満を募らせた肉体を満足させる恋愛に親しみを感じてしまうのは、男女の差なのかもしれない。

 青年漫画にはそういう恋愛ハーレムの話が多いけど、ヒロくんが求めているのはそんな漫画じゃないだろう。



 ヒロくんと肩を並べながら店内を回っていたのだけれど、ふと時計の針がかなり進んだ時刻を指しているのが目に入った。やばい、もうバイトの時間だ。



「じゃ、ヒロくん。わたしバイトの時間だから行くね」

「おう……またな」



 落ち込んでいるヒロくんに別れを告げて慌ててわたしは本屋を飛び出した。

 ここから走っても間に合うかはぎりぎりといったところだ。ちょっと寄るだけの予定だったのにヒロくんと話していたら時間を忘れてしまった。大失敗だ。



 ヒロくんの知らない一面が見れたことに満足しながらも、わたしは全力でバイトに向かったのであった。

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