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逆転不可思議世界  作者: さいとうももこ
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後輩

 私には、仲の良い男の先輩がいる。広瀬圭太先輩だ。

 先輩は優しい。そして女に甘い。女を知らないのだろう、無防備な姿もよく見せる。

 基本的に男というものは女の下心に晒されている。女にはない筋肉、力強い胸板。そして股間に付いている素敵な……やめよう、朝から下ネタはよろしくない。ともかく女にはない魅力があり、触れたいし抱かれたいし男を感じたいと女ならば誰でも思っているはずだ。



 先輩と出会うまでの私は、朝は遅刻ギリギリまで惰眠を貪っていたし、寝坊して遅刻したことも、一度や二度ではない。

 身だしなみも適当だったし、あまり意識したことはなかった。それなのに先輩と出会ってからは、規則正しく起床し、始業の三十分前には登校して、身だしなみもバッチリだ。化粧は校則で禁止されているのでしていないが、好印象を持ってもらえるよう、薄い香水や話す話題などいろいろ考えている。



 私は、先輩のことを好きになってしまっていた。

 最初は気さくな人なんだな、という印象だった。どこかに落としてしまった生徒手帳を探していると、生徒手帳を手にした先輩が歩いていたのだ。



「あの……」

「お、この生徒手帳君のだな。向こうに落ちてたんだ。よかった」



 先輩が手渡す生徒手帳を受け取ろうとして、少し先輩の手に触れた。

 暖かい手が触れただけで、私は全身緊張してしまった。すべての意識が、手に触れる感触に向かってしまっていた。



 私は男子に触れた経験がない。昔から胸という邪魔な脂肪が大きくデブとからかわれるだけで、接点が全くできなかったのだ。別に男子に関わらなくても生活できるし、男子と遊んだりなんか恥ずかしいと、子供心に感じており避けていたこともある。

 惜しいことをしたと思っているのだが、昔をやり直すことなんてできるわけもないし、友達は女だけで恋人なんかできるわけもなく、寂しい生活を送っていたのだ。

 処女を拗らせるとでもいうのだろうか、男慣れしておらず、免疫もなかった私は、男と触れているだけで幸せになってしまっていたのだ。



 それから私は、先輩とどんなことを離したのか覚えていない。緊張しすぎて、相槌を打つロボットみたいになっていたのかもしれない。ただ先輩の事だけを考えていて、先輩の事しか覚えていなかった。



 先輩は私を自分のクラスまで送ってくれて、もう落とすなよ。とギュッと手を包まれてしまった時には、心臓が止まるかと思った。この人、私が好きなんじゃないだろうか、と頭がパニックになる。なにせ、私に触りたがる男子なんていなかったのだ。もう胸がドキドキで、張り切れんばかりに鼓動が激しくなっていた。



 先輩が帰っていくのを私は密かに尾行し、先輩のクラスと名前を知った。先輩と同じ部活に入ろうと考えたが、先輩は部活に所属していないらしいので、それは叶わなかった。

 下駄箱でずっと張り込み、帰宅する先輩に偶然を装い、話しかけた。その日は何も拒否されることなく、先輩と一緒に下校することができた。男子と二人きりの下校、なんて幸せなんだろう。

 とても残念なことに、家は離れていたので先輩との下校時間はあまり長く続かない。先輩の家の近くに引っ越すことはできないだろうか、とお母さんに頼んでみたが拳骨が飛んできた。お母さんはもっと娘を大切にするべきだと思う。



 次の日は、下校中にさり気なく聞き出した先輩の登校時間に合わせて、先輩を待ってみた。

 先輩に声をかけるとき、緊張で声が裏返っていたのが自分でもわかる。もしかすると、うざいなんて思われるかもしれないと不安だったこともある。だが、先輩は笑って挨拶を返してくれた。あぁ、もう夢のようだ。

 お昼を一緒に食べましょう、と言っても快諾してくれた。もう私の願望がすべて叶っている状態である。先輩のクラスにお邪魔しても良かったのだけれど、先輩ほど素敵な人ならば狙っている女子もいるだろう。あまり目立つのは好きでないので、前々から目をつけていた空き教室に誘うことにする。別棟のため教室からは距離があるが、それ故に通りかかる生徒も少ない。静かな教室に男女二人っきり。なんて理想的なシチュエーションなのだろう。



 普通の男子なら警戒もするだろう。だけど先輩はなにも気にしていないようで、私が傍に寄っても怒ったりしない。なんというか、女子の理想を体現したような存在である。



 何日か先輩と登下校を共にし、お昼を一緒に過ごしていたが、とある拍子にお尻に触れてしまった。

 怒られると謝ろうとしたのだが、先輩は気にする様子もなく、普段通りだった。まさか触ってもいいのだろうか。そして、先輩が女子に対して接触も無防備だということが分かったのだ。

 腕、肩、背中、胸、お腹、股間……は流石に試していないけど、どこを触っても先輩は嫌がったりしなかった。無防備過ぎて襲いたくなってしまうのを我慢した私は偉いと思う。今すぐにでも飛び掛かりたい。そんな衝動が沸き起こっているのを、抑えるのに必死なのだ。



 思い切って、腕に抱きついてみた。あぁ温かい。がっちり付いているのではなく、程よく柔らかく、そして男を感じさせる逞しさもある。男の人の匂いも感じ、頭がフラフラする。安心、安らぎに満たされ、意識が飛んでしまいそうだ。女はすべからく変態なのだ。私も例外ではなかった。願わくば、その腕に包まれたいのだが、恋人でもないのにあり得ないだろう。

 いきなり抱きつく下心丸出しの私を、先輩は驚いた顔で見ていた。少し頬が赤いような気がする。大丈夫か、どうしたんだ。と聞いてきてくれる。なんて優しいのだろう、ただ私は先輩にセクハラをしているだけなのに心配してくれているのか。

 私は甘えたいんです。と今思えば、本当に馬鹿みたいな返答をしていた。赤の他人の男相手に女が甘えたいんです、なんて変態発言もいい所だ。その場で警察を呼ばれても文句は言えない。

 なのに先輩は受け入れてくれた。そんなときもあるのか、俺でよければいつでも甘えていいぞ。と。

 もう私は、喜びと嬉しさのあまり、泣き出していた。夢みたいな現実に、心がおかしくなっていたのかもしれない。急に泣き出した私に、先輩は驚きながらも頭を撫でて、慰めてくれていた。もうまた優しさのあまり涙が止まらなくなり、その日は授業をサボることになった。それも先輩が一緒に、である。



 こんな優しい人、この世に二人もいないだろう。先輩は私にとって、神様仏様天使様である。そんな先輩にセクハラするのは申し訳なく思うのだが、嫌がる様子がなく甘えさせてくれるのでもう止まらなくなっている。

 今では人目もはばからず、抱きついて先輩は私のものアピールをするし、他の誰にも絶対に先輩を渡したくない。

 あぁ、せんぱい大好きです。

 先輩は私に好意をもってくれているかもしれないが、それはまだ恋愛感情ではないことはわかる。いつになるかわからないが、先輩は絶対に私のものにしてみせる。

 先輩は目立つ人ではないが親しい人はもちろんいる。女子の中で先輩の無防備さに気付き寄ってくるのもいるかもしれない。だが、誰よりも先に私が先輩を守るのだ。



 絶対に惚れさせてあげますので、それまで待っててくださいね、せんぱい。

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