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逆転不可思議世界  作者: さいとうももこ
4/24

うたげ

 電車で最寄駅から二駅ほどの距離に、親族の家がある。親族というか祖母の家なのだが、これが中々に広い。

 大きな門と、塀に囲まれた庭が広がり、離れ座敷もある。今では祖父母と離婚して実家に帰ってきた叔母さんとその子供、俺のいとこたちが住んでいる。三世帯家族だが、それでも部屋はまだ余っているし、離れ座敷は使われず物置になっている。

 今日は親族の集まりがあり、祖母の家に家族でお邪魔していたのだが、俺はこの集まりが好きではなかった。



「けーちゃん、まだ飲んでないの? ほーらー飲んで飲んで」

「俺はまだ学生だっての」

「わたしも学生だから大丈夫!」

「姫ねえはもう飲むな」



 絡みついてくる姫ねえを押しのける。リビングは、酔っぱらいたちの宴会場と化している。いつものことだ。半年に一度ぐらい親族の集まりがあって、そこに呼ばれるのだが、寂しがりやの祖母が子供や孫たちの顔を見たがるだけであり、一日中飲んで食べて、騒ぐだけの集まりなのだ。

 机には、大量の種類の酒やつまみが並べられている。奥には叔母さんの趣味で、バーと遜色ない酒類が用意されており、カクテルやらなにやら頼めば出してくれるものだから質が悪い。酔っぱらいたちに拍車がかかり、止める者もいないため、最後は阿鼻叫喚の絵面になってしまう。

 そんな光景をみながらニコニコ喜んでいる祖母はちょっと変わっていると思う。



 大人たちは、気分よく飲んで騒いで楽しいのだろうが、未成年からすれば、酔っぱらいたちに囲まれるだけでうんざりするのだ。

 小学生や中学生のいとこたちは早々別室に避難している。ゲームでもなんでも、親に怒られず好きなことをできるので、それはそれで喜んでいるようだ。

 俺は酒を注いだりツマミを運んだりと接待役。そして限界を超えようとした人を止めたりしている。

 去年までは俺と同じく止める側であった姫ねえだが、今年からは解禁したようで酔っぱらいたちの仲間入りである。美人の大学生なのだが、俺の肩に手をまわすのはともかく、飲ませようとするのは勘弁してほしい。



「なーにーよーいいじゃん少しぐらいさぁ」



 ぶつぶつ呟きながら、姫ねえはコップの中身を一気飲みする。間違いなく少しという量ではない。

 大体もう数えられないほど飲んでいるし、そろそろ引き上げさせた方がいいだろう。



「ほら、ちょっと部屋にいくぞ」

「やだー、けーちゃんったら、わたしと二人っきりになりたいの?」



 姫ねえがしなだれかかってきた。胸元に手を添えられ、艶やかに撫でられる。

 服の中に手を突っ込もうとしてきたところで制止する。なにをするんだ、この酔っぱらいは。



 周りには眠り込んでる叔父さんや、酒を傾けながらケラケラ笑ってる叔母さんたち。母さんは奥でツマミを作ってるし、仕事のため父さんは来ていない。テレビに叫んでたり、支離滅裂なことを話している人など、とても助けを求められそうな人はいなかった。

 俺だけここを離れてもいいのだが、こんな状態の姫ねえを放っておくのも気が引ける。



「けーちゃんもいい身体になってーわたし困っちゃうなぁ」



 困ってるのは俺だ。

 ポテンと姫ねえの頭が膝に乗せられ、手はがっしりと腰に抱きつかれている。これでは動けそうもない。

 頭を撫でてやると、撫でやすいようにかうつ伏せになる姫ねえ。なぜか思いっきり息を吸ったり吐いたりしているが、ズボンが湿るのでやめてほしい。



「なにやってんだよ」

「お、智樹か」



 気が付けば隣に姫ねえの弟の智樹が立っていた。俺より三つ下の中学生だ。

 この家に住んでいるいとこというのが、姫ねえと智樹である。年下組では最年長の智樹が皆を連れて、自分の部屋に避難していたのだが、戻ってきたようだ。



「完全にセクハラじゃん。恥ずかしくねえの」

「待て、これは酔った姫ねえが無理やりだな」

「だからセクハラじゃんか!」



 セクハラと言われて、つい反射的に否定してしまったが、俺が姫ねえにセクハラをしているのではなく、姫ねえが俺にセクハラをしているのである。異性に触れたいのは女子で潔癖の気が強いのが男子である。

 俺は異性に触れたいというのがよくわかるので、触られても嫌な気持ちはしない。むしろ歓迎である。

 そんなことを表立って言えば不審がられてしまうし、ビッチ呼ばわりされるのは勘弁なので口には出さないが。



「むふふー、けーちゃーん」

「きも」



 素知らぬ顔で俺に抱きつく姫ねえを、汚らしいものを見る目で智樹が見下ろしていた。

 姉が酔ってセクハラしてる現場を見てしまったのだから、中学生の男子なら当たり前の反応である。



「こんな女ほっといて一緒に遊ぼうよ」

「だめよ。けーちゃんはわたしと飲むの」

「けい兄は飲まねえよ。飲んだくれと一緒にすんな」

「あんたこそゲームするだけでしょ。お子さまは帰って寝なさい」

「二人とも待て」



 姉妹喧嘩を始めそうになった二人を止める。

 そろそろここを抜け出したかったところだ。せっかく誘ってくれたことだし、智樹に付き合おう。



「姫ねえを部屋で寝かせてくるから、それからお前の部屋に行く。ちょっと待っててくれ」



 だが、姫ねえの介護が先だ。ここまで酔っていてはまともに歩けるかも怪しい。

 少し名残惜しいが、抱きつかれていた手を外す。不満げな顔を浮かべている姫ねえの脇と膝の下に手を入れた。



「え、あれ、おおおおおっ!!」



 力を込めて立ち上がる。俗に言うお姫様抱っこである。興奮した声をあげる姫ねえの手が俺の首に回された。そうしてもらえると抱えるのがすごく楽になるのでありがたい。



「すごい! すごいよけーちゃん!!」

「うわぁ……俺こんないやらしい姉貴の顔なんて見たくなかった」



 お姫様抱っこしているせいで姫ねえの顔が目の前にある。酔っている影響だろう、テンション高く叫んだり力強く抱きついたりしている。

 この状態でも胸の感触がわかる。柔らかいのはいいことだ。



「けい兄ってすごいんだな。僕には真似できないよ」



 感心したような、呆れたような、智樹の言葉が少し印象的だった。

 最後までテンション高い姫ねえをベッドに降ろし、鼻息荒く姫ねえに押し倒しかけられたのを、智樹に助けられたりして、後は年少組たちと夜遅く帰宅するまでの宴を過ごした。翌日我に返ったらしく、姫ねえから謝罪の電話がかかってきたが俺としては謝られることはないので快く許した。

 今度は俺も一緒に飲んでみたいものだ。

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