番外 大学生の物語
エイプリルフールということで、IFの番外ネタです。本編から繋がるかもしれませんが、本編への繋がりはありません。
夜の帳が下りてくる。
青蘭大学の構内にはちらほら人影が揺らめいていた。
退屈そうにスマホを触る者や仲間同士駄弁る者など、斯く斯く理由があるのだろう。一日の講義が終了しても、各人残る理由は千差万別あり、広大なキャンパスには売店や食堂、果てはカフェなど展開されている。
謂わばキャンパスは小さな街であり、サークル活動も幅広く部室に行けば大抵誰かいるし、深夜の部室で気の合う部員同士で騒ぐのはとても楽しい。泊まり込みで実験に勤しむ者も含めれば、大学内に一度も泊まったことのない人間は少ないだろう。月の半分以上大学内で過ごす者もいると聞く。
とはいえ日中と比べれば格段に人は減る。普段ならば遊びに出たりバイトに勤しんだりと予定が詰まっているため、大学に残ったりしないのだが今日は特別だった。
大学の教室ぐらいの広さを持つ第二食堂へ向かう。昼間は常に満席で座る場所を確保するのも難しい混雑ぶりを見せる場所だが、この時間だと疎らにしか人はいない。コスパに優れたおろしカツ定食と、夕方以降限定の特別メニューであるフライドポテト大盛りを頼む。一人では食べきれないボリュームで、ワンコインお釣りなしという食べ盛り貧乏学生に優しい値段と量に設定されていて非常に有難い。
顔馴染みの食堂のおばちゃんに頼み込んで普段の倍ケチャップを確保して、机いっぱいにカードを広げて対戦している者から少し離れた場所に座る。食堂だが広いスペースと人の少なさから、仲間内で集まるスペースとして使われたりするのだ。今回は俺も似たような目的なので文句は言えない。待ち合わせをしているのだ。
「ごめん! 遅くなっちゃった」
定食を食べ終わりポテトをつまんでいる時に、彼女は姿を見せた。ひらひらと服をはためかせながら、小走りでやって来た。
近藤稜子。同じ高校から進学した数少ない友人の一人あり、腐れ縁の続く女の子である。
「へー、それじゃあ夏目さん。相変わらず剣道強いんだ」
近藤が頼んだのはケーキ一皿。可愛らしく口に運んでいるがこれは猫被っているだけで、彼女が本気を出せば一ホールでも軽く完食する甘党なことは学科中に知れ渡っている。新歓で酔いながら存分に化け物ぶりを見せてくれたときは軽く引くぐらいの食べっぷりであった。
「あぁ。全国も近いし、一週間ほど強化合宿で講義欠席してる。警察官にでもなるんじゃないか」
夏目いろはも同じ大学に進学している。学科は違うが、構内で度々顔を合わせるので近況もよく知っている。
「ヒロくんさぁ」
いろはから聞いた(昨夜聞かされた)厳しい稽古の話を続けていると、近藤は不満げな声をあげた。
「夏目さんの話もいいけどさ、せっかくふたりきりなんだから別の話をしようよ。成人を迎えた男女にお似合いの話とか」
「そう言われてもな」
期待した目で見られても困る。本来俺は面白くない男なので、会話を積極的に盛り上げるのは苦手なのだ。最近の話をしようにも講義とバイトばかりで出かける時間もなかったので、なにを話せばいいかわからない。
「たとえば…………あの返事とか」
「すまん。それは何度も断ってるだろ」
高校卒業のときの話だ。伝説の木ではないが、校内で一番大きな桜の前に呼び出されて…………
それからは特に代わり映えのない雑談が続き、閉店の時間に合わせて解散となる。居酒屋に通うほど金銭に余裕がなく、近藤と定期的に開催される食事会は無事に終了した。
明日の講義は二限からなので、朝はのんびりできるため多少夜更かししても問題ない。由愛さんから貰った過去レポもある。軽い遊び人の印象を受ける由愛さんだが、頭よし要領よしの秀才で受講する講義のノートやレポートを渡してくれている。お陰で単位の心配もする必要がない。丸写しはできないが、要点を綺麗に纏めてあるので理解しやすさが違う。
人気のない夜道は静かで虫の鳴き声一つもない。閑静な田舎だが適度な空き地は、誰が使うかもわからない駐車場や新築に変わり、窓から微かに漏れる明かりだけが、人が住んでいることを主張していた。
駅や大学から近い立地を持ち再開発地区に指定された地区だが、結局のところ何もない田舎であり、好き好んで移住する人は少なく昔ながらの風習に馴染めず、自治会と新しく引っ越した家庭と付き合いも悪いという。古臭い風習に縛られるなど面倒で関わりたくないという現代社会家庭に強制することもできず、渋々ながら自治会費を払うだけで役員等免除されることになっているらしい。
そのような軋轢があるからか、昔は行われていた地元住民による防犯パトロールも現在では止められている。拍子木の音が煩い(カンカンと鳴らす木の棒)と警察に苦情が入ってからは、全面的に禁止までされていた。
再開発が行われ人が増えることを予想して展開し始めたある会社の社宅なのだが、潰れた今となっては家賃の安い穴場のアパートとなっており、そこを一室借りて生活していた。距離としては自宅からさほど離れていないのだが、線の乗り換えが不便で、田舎路線らしく本数も少ないので一人暮らしの方が何かと楽なのだ。
本来なら女性が男性を家まで送るのが一般的なのだが、女に送られるのはどうしても違和感を覚えてしまう俺はいつも一人で帰宅する。腕力で負ける道理もないし、襲われることがあってもなんとかなると踏んでの事だった。
実際に過去襲われたことがある。アレは非常に怖かったが大事なく済んでいる。不意の事だったので加減できず相手に怪我をさせてしまったのは申し訳ないと思うが、もっとしてください! と飛び掛かって来たので全力で逃げて通報した。交番で見た加害者の顔は若い美人で驚いたが、世の中には度し難い変態がいるものだ。
オートロックもエレベーターもない三階の自宅のドアを開く。
実家ではいつも誰かがいて、暖かい部屋が待っていたが一人暮らしなのでそんなわけもない。
少し寂しさを噛みしめながらドアを開いて、見知った女性が玄関に正座しているのが目に飛び込んできた。
「おかえりなさいませ! ご飯にします? お風呂にします? それとも」
「……………………」
「わ・た・し?♡」
高校時代の後輩、如月伊織がそこにいた。なんでお前ここにいるの?
無人のはずの部屋に後輩がいる。次に取る行動は……
「もしもし、警察ですか?」
「やめてください! 洒落になってませんから!?」
通報しようとした俺から早業でスマホを奪い取った。目で追えないほどの速度でちょっと驚いた。
制服姿だが高校から直接来たのだろうか。背後をみれば大きなボストンバッグが置かれている。
それには見覚えがあった。高校時代旅行へ行ったとき、如月が持っていたバッグだ。つまり如月の持ち物である。
「お前さ、鍵かかってたと思うんだけどどうしたんだ?」
「これぐらいの鍵ならちょちょいと開けられますよ? 電子錠にしないとか防犯甘々です」
「おい、俺のスマホ返せ。犯罪者を見つけたから」
「ごめんなさい。通報は勘弁してください」
涙目で土下座する如月。ため息が出るが、深く気にしたら負けだ。後先考えない行動力は抜群なのである。何回迷惑かけられたか数え切れないが、それ以上に俺の人生に彩りを与えてくれた。一人なら経験しなかったであろうこともたくさんある。楽しかった思い出は黄金以上の価値がある。
「あの……ご飯も準備してあります。お湯も張ってありますし、せんぱいどうですか?」
「え、ほんとに?」
確認すると湯船にはいっぱいの湯が張られており、机には色とりどりで暖かみのある料理が並べられていた。冷蔵庫にはまともな食材がなかったはずだが完璧だった。
これを用意するのにどれほどの手間と時間をかけているのか。それほど長い時間俺の部屋にいたんですねあなた……
食事は済ませたばかりだが、折角の料理を無駄にするわけにもいかず如月と一緒に頂いた。
先にお湯を頂き、贅沢気分を堪能する。一人暮らしだとお湯を張るのも面倒なのでシャワーで済ませていたが、やはり張ってあるお湯は格別である。入浴剤も入れてあるようで心地よさに眠ってしまいそうなぐらいだ。本来感じるはずの違和感も感じないぐらいに気持ちが安らいでいた。
風呂を出ると綺麗に布団が敷かれており、交代で風呂に入った如月を後目に布団でゴロゴロ安らぎの時間を味わう。一日の疲れが溶けていくようだった。
食器の片付けも終わっており、代わりに温かいお茶が淹れてあった。至り尽くせりで天国のようだ。如月、家事スキル高すぎる。
お茶を啜りながら学内掲示板の連絡を確認していると、如月がお風呂から出てきた。
バスタオルを巻いただけの姿で。
「ちょっと!? なんて恰好で出てきてるの!?」
「せんぱいに大事なこと伝えるの忘れてまして」
「いいから先に服を着ろ! 話はそれからだ!」
如月は巨乳である。おっぱいすごくおおきい。湯上りで身体は火照っているし、バスタオルからいまにもはみ出そうで放送事故になってもおかしくない。ノクターン行き待ったなしである。
目を逸らそうにもダイ〇ンの吸引力を超える力で、視線はおっぱいに吸い込まれていく。
「どうしました? 顔が赤いですよ?」
やめろ! かがむんじゃない! 本気で見えそうになっているじゃないか!
動くたびにぽよんぽよんと弾んでいるようにもみえる。ええぃ! 如月のおっぱいは化け物か!
「あのですね。お願いなんですけど」
「わかった。なんでもお願い聞くから、服を着てくれっていう俺のお願いも聞いてくれ!」
「本当ですか!? 後でやっぱりなしとかダメですよ?」
「ああ、わかったから早く!」
「じゃあ、家出して来ましたので今夜から泊めてくださいね♡ 着替えてきます♡」
ん? …………んん??????
認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを。
如月がちゃんと服を着て……薄着のパジャマだがバスタオルに比べると全然マシだ……詳しい話を聞くと、家出して泊まるところを求めて俺の家に来たらしい。友達は皆実家だからダメ。なら一人暮らしの俺に白羽の矢が立ったわけだ。
ぎっしり詰まったボストンバッグは宿泊準備だったわけだ。準備万全だなぁ。
騙されたようなものとはいえ、約束は約束。時計の針も深夜を指そうかとしていることもあり、如月を泊めることにした。
そこで問題が一つ発生する。部屋には布団が一つしかないのだ。ならどうなるのだろうか。
「せんぱいの腕の感触、久しぶりです」
「いいから黙って寝ろ」
如月と同じ布団で寝ることになる。少し目を開けば吐息がかかるほどの距離に可愛らしい顔がある。背中を向けたいのだが、如月は俺の腕を抱きしめて離さないため、必然として向かい合う形になってしまっていた。
電灯を消すと、暗く静かな部屋にお互いの呼吸音だけが耳朶を打つ。激しく心臓が鼓動して煩い。如月にも聞こえてしまいそうだ。
初めてあった頃からますます成長して女性らしさを感じさせる色気を放っている。さらに
「せんぱい。とっても温かいです。それに逞しい……」
なんて耳元で囁かれるのである。理性が決壊してしまいそうだ。
「おやすみなさい……」
力ない声が聞こえ、安心したかのように小さな寝息が立てられる。
如月にしては寝つきがいい……過去何度か同じ布団に入ったことがあるのだが、その度、興奮と欲望で寝る気配がなかったのである。別の意味で寝る気満々だったために。初めてじゃないのに動揺してるんじゃないって? まだ童貞なんだから仕方ないだろ、童貞も守れない奴に何を守れるっていうんだ。童貞が童貞らしくてなにが悪いっていうんでしょうねぇ(泣)
よほど疲れていたのだろう。家出の事情は聞いていないが、家を出て不安だったことだろうし、この世界では男の家に女が泊まるなんてよほど親しくないと有り得ないことである。追い出されてもなんの不思議もない。
不安に襲われながらも、必死でご飯とお風呂の準備をして……健気なことじゃないか。
俺も先輩の端くれ。後輩の面倒も見れずに放っておく人間にはなりたくない。
大したことはできないけれど。
一晩ぐらい安心して眠らせてやることぐらいはできるはずだ。
ぽんと頭を撫でてやるとむずがゆそうに身じろぎした如月を横に、俺も微睡みの中に落ちていった。
翌朝、寝ぼけながら俺を襲おうとした如月を小一時間説教することになるのだが、それはまた別の話になる。
少し先の有り得るかもしれない未来です。評判が良ければ続くかもしれませんが、一発ネタのつもりです。




