電話
「ごちそうさまでした」
誰もいない校舎の屋上の片隅で、一人手を合わせて呟いた。
久しぶりに一人で済ませる昼食である。いつもなら如月と約束するのだが、先日襲われそうになったので今日はパスだ。
付き合ってもないのに関係を持つというのはどうにも気が進まないので、クールタイムを取って反省してもらおうという趣向である。いや、もう流されてもいいかな、なんて思考に半分以上囚われていたのだけど、丁度いいタイミングで母親が帰ってきたため強制中断である。
如月は御預け食らって悶々としていたようだけど、結局は誤解の産物で同意したわけではないことを刻々説明すると、渋々ながら引き下がってくれた。
如月は思春期の欲求が暴走しただけで、俺の事が好きなわけじゃない。告白もなく恋人でもない相手とやってしまうなんて、一時の気の迷いだ。先輩として後輩の馬鹿な行動を止める義務がある。
割り切ったセフレを持つのに憧れがないわけではないのだが、私欲的な三大欲求を満たすためだけに大切な後輩を犠牲にしてしまうわけにはいかない。この世界だと不憫な扱いをされているようだが、根はいい奴なんだから、将来きっと素敵な相手を見つけるはずだ。もし関係を持ったとすると、その事に生涯後悔を残してしまうだろう。そんなことさせるわけにはいかない。
そんなことを考えていると、スマホが震えた。
「お、いろはから連絡か」
平日の昼休み。いろはも校内だろうに電話とは珍しい。
学校内でのスマホ使用は厳禁である。先生に見付かれば没収は免れない。逆に言えば見付からなければ問題ないのだが、れっきとした校則違反である。
無視して放課後にかけ直せばいいと放置していたのだが、何度もかかってくる。緊急の用事なのだろうか。
幸か不幸か周囲に人影はない。まだ昼休みも時間が残っているので、出てやることにしよう。
「はい」
「も、もしもし! 圭太か。私だ。いろはだ」
「おう。こんな時間にどうした?」
いろはの慌てた声がスマホ越しに届く。何を話しているかは聞き取れないが、ガヤガヤと喧騒が後ろから聞こえてくる。いろはの近くで誰かが喋っているようだ。
「すまない。この前のを友達に見られていたみたいで、それをああっ!?」
いろはの声が遠くなり、賑やかな女子の声がわいわいと耳朶を打つ。暫くしていろはではない声が聞こえてきた。
「もしもし! いろはの彼氏ですか!?」
「え……違いますけど」
「ですよね! おかしいと思ったんですよ。この処女臭漂わせてるいろはにカッコいい彼氏なんて! それで問い詰めてたんですけど、彼氏だなんていうから、じゃあ確認してやろうって」
「なるほど」
友達間でモテないと思われていたいろはが、俺と一緒にいたところを見られて詰問されていたってことか。説明する際につい彼氏と盛って話したところを疑われて電話してきたと。
「……彼氏ではないですけど、将来の約束をした仲ですよ」
「え!?!?」
驚いた声を聞いて心の中で会心の笑みが浮かぶ。もっと混乱するがいい。
「いろはと仲の良いお友達さんですよね? 不器用なところもあるやつですが、いろはの事をよろしくお願いします」
「え、あ、は……はい……」
「ありがとうございます。では昼休みも終わりますので、失礼しますね」
返事も聞かずに通話を切る。心には悪戯を成功させた満足感でいっぱいだった。
彼氏の話でアレだけ盛り上がるということは、誰も彼氏がいないグループなのだろう。そんな中で一人だけ抜け駆けして彼氏ができたら、どんな目で見られるか想像に難くない。
ちなみに将来の約束とは、小学校の時に一度だけ結婚してあげるといろはに言われたことがあるから出た言葉である。とても嬉しかった思い出なので、恩返しみたいなものである。逆転世界になる前の話なので、この世界だといろはの中でどうなっているかわからないし、そもそもずっと昔の話なので覚えてない可能性の方が高い。
まるっきりの嘘じゃないんだし、いろはに小さな優越感に浸らせてあげても罰は当たるまい。