潰れました
「あー帰り遅くなると思うから、先に寝とくよう伝えといて」
「へいへい。姉貴あんま飲み過ぎんなよ。酔って恥晒すんじゃねえぞ」
「うっさい! もうやらんわあんなもん!」
叩き付けるようにスマホをタップして弟との通話を切る。
サークルの飲み会に誘われたわたしは会場までの道を急いでいた。バイトの引継ぎが無断欠勤で終わるのが遅れてしまい、遅刻確定である。あまり飲み会は乗り気じゃないのだけど、只でさえ活動が少ないサークルの集まりなので不参加なのは気が引ける。
既に開始して一時間ほど経ってしまっているが、顔出しの意味合いもあるし早く向かわなければ。
少し前に知ったのだが、わたしは飲み過ぎると欲望のままセクハラする酔い方をするらしい。それもはっきり記憶が残るタイプ。この前なんか従弟の男子高校生に、甘えるは触るは抱きつくは押し倒すはでやりたい放題だった。笑って許してくれたが、一歩間違えれば酷い心の傷を与えてしまっただろう。
勿論心を許している相手だからこそエスカレートしたのだが、 タガが外れる酔い方をする以上、泥酔してしまうわけにはいかない。
酒量は嗜む程度にと心に誓った。
やっと会場に着いた。中は盛り上がっているようで、熱気が増していた。
「あ、姫おっそーい!」
「ごめーん、バイト押しちゃって」
「駆けつけ三杯だ!」
「無理無理。って菜摘顔真っ赤! もうできあがってない!?」
ソファーテーブルの一室を占領している友達グループに混ざる。女子だけの寂しいグループだが、レポートの回し合いや課題の攻略などを得て友情に結ばれた者達だ。気も知れている。
男女の人数を合わせたとか聞いていたが、男性グループと女性グループに分かれて飲んでいるところが多く、あまり意味を成していないのが報われない。 合コンみたいに男女混ざって話しているグループもあったが少数だ。カップル同士二人の空間を作っているところもあるし、それぞれ楽しんでいるのだろう。
「よぉ、広瀬。遅かったな」
「お疲れ様です! 吉岡先輩! 遅れてすいませんでした」
度数低めのカクテルをちびちび舐めるように飲んでいると、吉岡先輩が挨拶に回って来た。本来なら先輩にはこちらから挨拶に伺わなくてはならないのだが、このサークルは上下関係が甘く、堅苦しいことはなしで楽しむことをモットーに掲げている。
とあるサークルだと飲み会で失礼があれば、粗相とコールが始まり一杯飲まされたりするらしい。酷い話だ。
「いやいや、来てくれただけで嬉しいさ。乾杯しようか」
「はい! 乾杯です!」
グラスを合わせ乾杯する。先輩は強い酒を好んで飲むが寄った姿を見たことないほど酒に強い。
鍛えられた筋肉に巨漢が合わさり、男性を強く体現しているため女性の人気が非常に高い。
周りの気配りも上手で、先輩がいるとはぐれて馴染めない人も、いつの間にか馴染んでしまうほど場に溶け込ませるのがうまい。
頭も良く性格も良く身体も素晴らしい完璧超人である。一緒に飲んでいた菜摘も先輩が来た途端に目を輝かせている。
「あ、あの! 吉岡先輩。ここで一緒に飲みませんか?」
「誘いはありがたいんだが、ちょっと次の活動の話もあってな。悪いが長居はできんのだ」
「あっ……そうですよね……すいません……」
やんわり断られて目に見えて落ち込む菜摘の姿は笑えてしまう。酔っているからか感情がわかりやすくて楽しいな。
大体、六人で座っていてソファー席は満席だ。ガタイのいい先輩が座る余裕なんてどこにもないじゃないか。
次の機会には一緒に飲もうとフォローされて、菜摘は飛び上がるようにして喜んでいる。感極まって先輩の手を握っているが、女が男の手を急に握るなんてセクハラだ。
先輩は笑いながらなんともない表情をしているが、内心良い気分ではないだろうに。あ、さり気なくほどかれている。友よ、大人の対応に救われたな。
早く嫌がられていることに気付いてくれ。
「そういえば広瀬。カウンタにいる一年の男だが、お前と同じ広瀬だそうだ。由愛が独占して誰も近寄らせてないが、声をかけてやってくれ」
「わ、わかりました」
「すまんな。シャイだが、いい子だぞ」
他のテーブルから呼ばれて先輩は去っていった。菜摘は余韻に浸っているし、触らない方が吉か。他の皆も結構酔いが回っている。泣き上古や抱きつき魔、こいつらも放っておこう。わたしがいなくても大丈夫か。
「ちょっと様子見てくるね」
まだ入部したばかりの新人だしあまり関わりもないのだが、由愛は独占欲強いタイプで確実にその男を狙っているのだろう。人の恋路を邪魔したくはないが、頼まれたからには様子ぐらい確認しなければ。
しかし、同じ苗字のサークル生なんていないはずだ。青蘭でもサークル名簿を確認しているので間違いない。もしかしてまだ名簿登録できてない他大学の新入生かな。それなら吉岡先輩が気に留めるのもわかるのだけど。
腕を組んで悩みながらカウンターに近寄ると、その男とはよく知った男の子だった。
「もしかして、けーちゃん!?」
慌てて駆け寄る。なんでけーちゃんがこんなところに!?
呼びかけると呻くように返事はするが、意味のある言語が返ってこない。完全に酔い潰れて意識があるかわからない状態だが、呼吸はしっかりしている。ただ眠っているだけか。
「ちょっ!? なんで割り込んでくるのさ! 広瀬せん……あっ!」
わたしとけーちゃんの名前が同じことに気が付いたのか、激昂しかけていた由愛の表情が青ざめる。
由愛め、最初から潰す気だったな。怒るのは後、ともかくけーちゃんを連れて帰らなければ。
「ウチはただ……その……」
「連れて帰る。話は今度聞くから」
けーちゃんを背負おうとしたが無理だ。幼い頃はわたしの後ろを付いてくる弟分だったが、今では立派に成長した男である。騒ぎに気が付いた吉岡先輩が、けーちゃんを抱えて呼んだタクシーに乗せてくれた。
苦もなくけーちゃんを抱える吉岡先輩はやっぱりすごいと思う。抱き抱えた瞬間、歓声が上がったほど絵になっていたが、わたしにはけーちゃんを方が大切だった。
酔い潰れたけーちゃんを叔母さん達に見せるわけにはいかない。けーちゃんの事情は分からないが、知られることを望まない可能性がある。
危ない目にあったのだから自覚してほしいが、それは起きた後にけーちゃんが考えることで、わたしの役目ではないだろう。
同じくわたしの家もマズい。どんな拍子に話が飛ぶかわからない。いや、確実に伝わるだろう。
と、なれば行き場は一か所しかない。
「すいません。こちらまでお願いします」
わたしはラブホまでの道のりを告げ、タクシーは夜の街へと消えていった。




