あべこべ異世界
秋には紅葉で一面を綺麗に染め上げる木々も、まだ青々としている。桜は既に散ってしまったが、日差しは包み込むような温かさで心地よい。
山側に位置する学校までは、長い坂道の参道を登らなければならないため、多くの生徒が気だるそうに歩いている。
その中の一人に俺もいる。一年通っているとはいえ、毎日坂道を登るのはうんざりする。ちらりと先を眺めると、知っている顔が目に飛び込んできた。
「せんぱーい!」
ぶんぶんと手を振りながら女生徒、如月伊織が駆け寄ってきた。その様子は小動物のワンコみたいで可愛らしい。
「おはようございます。今日も相変わらず大きいですね」
「お前が小さいだけだ」
そんなことないですよ、と如月が背伸びするが、残念ながら俺の肩に届くのがやっとだ。
視線を降ろすとはち切れんばかりに膨らんだ如月の胸が飛び込んでくる。ここまで大きいと足元が見えないぐらいに自己主張が激しい。
こうして話すようになったのも如月の生徒手帳を偶然俺が拾ったのがきっかけである。廊下に落ちていた生徒手帳を職員室に届けようとしていたところ、探していた如月とばったり出会ったのだ。
それ以来なんだかんだ話すようになり、今では登校時間も合わせてきたりする。
「おい」
ぎゅー、と力強く俺の腕に如月が抱きつくように組んだ。押し付けるように力を入れているので、腕がとても柔らかいモノに包まれてしまう。暖かい、柔らかい、素晴らしい。
女子から抱きつかれるなんて状況は普通ではありえないことなのだが、実際に起こってしまっている。
悲しいことだが別に俺がモテるわけではない。平均より少し高い身長で成績は並とスペックは平凡である。
いつからかわからないが、どうやら俺は別の世界に来てしまったようだ。
最初は違和感を感じていただけだった。
街を歩くといつもとは違った視線を感じる。
通り過ぎる女性たちが、チラッとこちらに視線を向けるのである。
朝のテレビには水着姿の男性アイドルが写っていたが、上半身にはニップレスが貼られており隣の女性芸人は胸丸出しで笑いを取っていた。
電車に乗れば臀部を撫でられる。話している女性たちは下ネタで盛り上がっていた。通勤しているのも女性のが多い。
あべこべ世界。
この世界では、男女の貞操観が逆転しているのだ。
気が付くまで違和感ばかりだったが、これはこれで悪くない、むしろ嬉しい世界ではないだろうか。
この世界の常識に慣れないことも多いが、別に生活するのに不都合はないのでなぜこうなったか深く考えないことにする。
如月は元の世界で考えると、巨乳、人懐っこい、可愛らしい、と男にモテるタイプであるはずなのだが、この世界ではデブ、馴れ馴れしい、とあまり男子によく思われていないらしい。不憫な話である。
「なんですか?」
とぼけるように如月が上目に俺に視線を向ける。元の世界で考えると女子をはべらせている嬉しい状態なのだが、この世界ではセクハラされる先輩になる。無理やりならば通報されてもおかしくない。ラブラブのカップルであれば問題ないだろうが、俺は別に如月と付き合っているわけではない。
「腕、離さないと歩きずらいだろ」
「疲れたので先輩に甘えたいです」
絶対離れないとばかりにますます腕の力を強くする。可愛い後輩から好意を示されて悪い気はしないのだが、周りからの視線がとても痛い。
如月の胸に挟まれたままというのは嬉しいのだが、色々危ないし恥ずかしい。
「もういい。いくぞ」
「せんぱいのそーゆーとこ優しくて好きですよ」
「バカなこと言ってないでちゃんと歩け」
まぁ俺が悪いわけではないし、誰かに問題にされるわけでもない。腕に幸せを感じながら俺は学校への道を歩き出した。