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B級聖女 小話集  作者: さん☆のりこ
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辺境の男爵令息の話

 僕の名前はジャジ・サンゲル辺境のしがない男爵の息子だ、貴族と言っても下位の男爵だし領地を治めていると言っても領民からの尊敬の念などは薄い。


・・何故ならば、領民の方が魔力の強い男が多いから・・だ。


貴族の証が魔力の強さだとしたら、わがサンゲル家は駄目駄目だ。

曾爺さんの頃までは何とか貴族出身の魔力の強い嫁を得ていたが、爺さんの代に貴族の間に悪い病が広がり、貴族女性の数が激減してしまった。その為、辺境まで嫁に来てくれるような奇特な令嬢は皆無となってしまったのだった。

仕方が無く、爺さんはA級平民から嫁を得る事にしたのだが、残念な事に女の子しか恵まれなかった。そこで爺さんは、嫁の兄の息子が魔力が強めだったので養子に迎えたのだ。

その養子の息子・・それが俺の父親だが、もうコッテコテの平民である。平民のまま貴族としての教育もされず、周りに流されるまま貴族に成ってしまった男だ。むろん貴族など大嫌いで、王都など数回の呼び出しが掛かかるまで頑として行くことは無い。今回もだ・・・。

聖女様が現れたと言う吉兆を祝って、国中の貴族が王都に召集を掛けられていると言うのに、行きたくない・嫌だ嫌だと駄々を捏ねている。可愛い幼児ならともかく、髭面の48歳の男がダウダウ言っていても喜色悪いだけである。

親父曰く、王都は魔力の強い者が多く、下位の貴族には気分の良い所では無いらしい。

自分も魔力の強い方ではないので、遠慮したい親父の気持ちは良く解る。だいたい貧乏貴族は地域のボス的大貴族の館に、王都滞在期間中は居候ホームステイをさせてもらうので肩身が狭いのだ。子分の様な(確かに子分なのだが)パシリの様に扱われる。48歳のオヤジが大貴族の鼻タレ坊ちゃんに、良いように命令されるのは面白くないし、辛いものも有るのだろう。


『だからと言って成人したばかりで、爵位も継いでいないこの俺が、何故名代で行かなければならないのか?理不尽だ!』


魔力なら平民の従兄弟の方がはるかに強い、俺の代わりに爵位を継いで、従兄弟が貴族となり王都に行くべきではなかろうか?

男爵で有る親父は、魔力の強いA級の平民が領地にいなくなると何かと困るから、国には嘘の魔力調査の報告をしているのだ。それだけ魔力の強い人間は貴重であり、その存在が領地の宝と言って良い程なのだ。強い平民は中級の魔獣を平然と狩って来る、素材は高値で売れるし、肉は食べ放題だ!家の領地では羽振りが良いのは平民の猟師の家だったりする。


話をすれば何とやら、猟師の従兄弟ザイが歩いて来た。


「お~ぃザイ~。俺の代わりに貴族に成って、王都に行ってくれよ~。聖女様が見られるかも知れないぜぇ!」

「断る」


従兄弟のザイは昔から口数が極端に少ない男だった。もうちょっとね、せめて3行で断ってくれないかな?・・俺のジト目に気づいたのか、ザイは。

貴族はメンドクサイ

貴族の女は泣き虫で化粧がクドイと聞いている

遺族の飯は少ない・・・3行で答えてくれた、ありがとう。


でもザイさんや、飯が少ないのは貧乏な我が家だけかも知れないよ。

抵抗も虚しく、俺が王都に追い出されたのは数日後の事だった。



   ****



 王都は確かに華やかだったが、金の無い者にとっては魅力が溢れる場所にはなれなかった。大貴族の屋敷に居候しつつ、なんだかんだ言われる前に、早朝に屋敷を抜け出して<冒険者ギルド>に顔を出す。

そう、王都の近くにも何故かダンジョンが有り、冒険者たちが存在しているのだ。彼らは王都生まれの王都育ちで、A級持ちで魔力は強いが・・素行に問題があり、王宮・王都勤めには向いていないと判断された者達だ。悪たれの脳筋どもと呼ばれている、騎士団が出る程でも無い中級以下の魔獣を狩って生計を立てているらしい。あとは、御馴染みの護衛仕事か。

勿論俺は危険な仕事など受けずに、専ら薬草取りとか茸等を採集して小銭を稼いでいるだけだが。


それでもギルドに顔を出す内に、何となく解ってくる事が有る。

王都のA級って・・何か弱くね?妙にお上品だし。辺境の猟師たちの様な、猛々しい荒ぶるパッションが足りない気がする。

やっぱり王都は、お上品で特別な馴染めない所だな・・ジャジはそう結論付けた。適当に稼いで、珍しいお土産を買って故郷に帰ろう・・貴族の社交がつまらないジャジは、断り切れない大貴族主催の催しだけ出席し、会場では影のように壁に張り付き時間が過ぎるのをひたすら待っていた。


そんな時に、またまたお茶会である・・公爵家の主催で、断り切れないボス貴族が無理やり誘って来たのだ。何でも賑やかしの動員が掛かっているらしく、少ない人数で行くと「チッ!こいつ使えない」みたいに思われるとの事だ。流石のボス貴族も公爵家様の御意向には逆らえないらしい。居候の身である事だし、浮世の義理で嫌々ながら出席する事になったのだった。



    ****



 出席したジャジは驚いた、噂の聖女様の美しさとオマケの子の不可思議さに。


聖女様は良い、存在そのものが尊い方なのだろう、周りを十重二十重と一流の人物に囲まれて、悠然と微笑んでおれば良いのだから。

でも、あの小さなオマケの子は・・公爵令嬢とその取り巻き達に囲まれて、随分と失礼な言葉を浴びせかけられていた。女って怖い、近くに居た弱小貴族の小倅達は皆そう思ったに違いない。容姿の事から始まって、教養がどうたら常識がどうのこうのと・・この世界に来たばかりの女の子に、随分と酷な言葉ばかり投げかけている。

しかし、当のオマケの子は薄く微笑んで、目を下に向けたまま微動だにしない。傷ついているのを隠していると言うよりは・・ガン無視?って感じではなかろうか。令嬢達の話を右の耳から左の耳に受け流して、頭の中は今夜の夕食のメニューでも考えている様だった。

何故そう思うのか?いつもジャジが親父のお小言を聞いている時の様に、何も映していない虚ろな死んだ魚の目をしているからだ。多分ボケッ~としていて<早く終わんないかな~、今日は長いなぁ~>とか、考えていそうだ。


なかなか肝の座った子ではないか、ジャジは少し好感を持った。


その後オマケの子は、パシリの令嬢に無理矢理ピパノの前に連れ出されてしまったのだが。この世界ではピパノを弾ける様な人は、大貴族の人間か相当な金持ちだけだろう。


『ピパノの前に連れ出す』


その言葉は、相手に自分の立場を弁えさせ屈服させる時に脅しに使う言葉だ。

公爵令嬢もひどい事をする、ジャジの様な貧乏下位貴族達は勿論、穏健派の貴族は皆、公爵令嬢のやり方に憤りを感じていた。何故わざわざ恥をかかせる必要が有るのかと。


ところがだ、オマケの子は初めは指1本でたどたどしくピパノを弾いていたが、ゆっくりと驚きの曲が流れ出して来た。聞いたことも無い楽曲だ。


オマケ・・なんだよな・・この子は。


誰しもそう思ったに違いない、それほど見事なピパノの演奏だった。

それよりも何よりも、ジャジのハートをギュッと鷲掴みにしたのは、演奏を終えたオマケの子が見せた表情だった。


【どやっ!】


この世界にあの<ドヤ顔>を表す単語は無かったが。

あの自慢げで、得意げで、やってやったぜ!馬鹿野郎・・みたいな顔は見覚えが有りまくりだった。そう、地元の猟師の親父達が大きな魔獣を狩って来た時の顔そのものだ。

ジャジは詩乃に大いに親近感を持った、辺境の地では<ドヤ顔>が出来るド根性が必須なのだから。それからず~っと、お茶会がお開きになるまでジャジは詩乃を見つめていた。


『よくよく見れば、可愛いと・・言えぬ事も無い?お嬢さんだ・・』

何故疑問形なのだ、詩乃が聞いたらそう言うだろう。オマケの子呼ばわりがお嬢さんに格上げされているし、なかなかに正直でふざけた男の様だジャジ君は。



   ****



 お茶会の数日後、ジャジは正式な体裁を整えて詩乃に釣り書を送った。

プレゼントのひとつも付けたい所だったが、金が無いので仕方がない、ダンジョンで拾った珍しくも無い光石を添えてみた。


『あんなお嬢さんが俺の領地に来てくれたなら、きっと毎日が楽しいに違いない』

ジャジはかなり期待して返事を待っていたが・・色よい返事が来ないまま、聖女様の就任式でも会う事が出来ず例の事件が起こってしまった。


あの聖女様拉致・強制魅了事件の時、ジャジは例によって王宮のホールの隅の壁際に控えていたのだが。何故か平民の男の子供の恰好をしたオマケのお嬢さんが、ホールの聖女様の傍に堂々と近づいて行ったのにはすぐに気が付いた。


『何故あんな恰好を?だが、其処が良い!金が掛らなそうなお嬢さんではないか!』

王宮をひっくり返す様な大事件だったのだが、ジャジにはオマケのお嬢さんの笑顔の方がインパクトが強かった様だ。

『かわいいい~~~~』

これだから・・恋する男は・・目が曇る。





 だがそれから、オマケのお嬢さんは王妃様の預かりとなり姿を見せなくなってしまった。オマケのお嬢さんには、高位の貴族から続々と釣り書が届けられる様になったと言う。いつの間にかお嬢さんは、自分の様な貧乏で辺境の男爵には完全に手が届かない高嶺の花になってしまった。

『あの、ドヤァの顔が、もう一度見たかった・・』


 しょぼくれたジャジが王都から去る為に王宮を暇乞いで訪れたのは、事件が終結してすぐの頃だった、王宮内はまだザワザワしていて落ち着きが無い感じだった。


『これは、早くオサラバした方が良さそうだ』


ジャジが足早にオサラバ回廊を歩いていると、優し気な女性に声を掛けられた。


「もう領地にお戻りか?ジャジとやら、オマケの女の子の事はもう諦めたのかえ?」


声を掛けて来た熟女が王妃様と知って、ジャジは内心かなり焦った、森で青熊に出合い頭にぶつかった様な気分だ。この熟女からは猛獣の気配がする、ブルブル・・・。


『何故名前を知られている?しがない辺境男爵家の小倅なのに?それに、お見合いの申し込みの件の事もバレているのか?あの女官長には、心付けを奮発したのに!あんまりだ!!』


挙動不審のジャジを面白げに見ていた王妃様だったが、勿体ぶりながら・・

「ほほほ、あのオマケちゃんは高位の貴族の男になど興味が無いそうよ?」


驚いて固まってしまったジャルジに、微笑みながらゆっくりと近づくと王妃様は扇子で隠しながら耳元でそっと呟いた。

「あの子には平民の暮らしを身を持って知ってもらう為に、4~5年は王都の外に出します。きっと良い人物になって戻って来てくれるでしょう」


そう言うと王妃は、扇をシャッと畳むとジャジの肩をポンッと叩きこう言った。


「それまでに、あの子に釣り合えるような人物に御成りなさい。諦めたらそこで終了ですよ?」

それだけ言うと王妃様は機嫌よく去って行ったが・・ジャジは二度と王都には来ないだろうと思っていた。


王妃様が一番の腹黒さんですかね?


ジャジの釣り書は、女官長によって廃棄されていました。心付けが少なかったので・・・ひどい!

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