①王子の憂鬱
王子様も辛いのです・・・。
①王子は悩んでいた、聖女をモノにする作戦がものの見事に失敗に終わり、現在は自分の宮に謹慎して王からの沙汰を待っている毎日だ。周りを囲んでいたおべっか使いの側近達も、寵を乞って縋りついて来た令嬢達も、とばっちりを恐れてか寄り付きもしない・・➀の宮は今閑古鳥が鳴いていた。クエッーッ。
『暇だ・・だからと言って、仕事などやりたくも無いし・・それに、自慢じゃないがやり方など解らん』
とんだ顔だけ王子なのである・・メイド達の目は確かだった。
王子はつらつらと考える・・・。
『禁忌の魔術を使ったのも拙かったが、第1王子派の魔術師達(下っ端の食いつめ者達だったが、魔術師が貴重な人材で有ることには変わりない)8人の命を、無碍に散らさせたのも拙かったな。あの酷い有様は魔術師長の手によって、王宮の壁に大写しに映されてしまったし、もはや言い逃れも出来ない状態だ。忌々しい』
家族を人質に取って犯行を強要した行為は下位の貴族の反感を買い、彼らは良い機会だとばかりに雪崩を打って➀王子から離反していったが・・・何故だか聖女・王妃組の元に集結していったようだ。
『ふん、弟王子もまだまだ信用が無いらしい。ざまあみやがれ・・・』
アイツの推進する軍の改革は進んではいる様だが、何をやっても<聖女様の御蔭>と思われているらしい。ふん、当然だ、アイツに人望など有るものか。他人を皆、馬鹿者呼ばわりして見下している、嫌な奴を実体化したような奴ではないか!
聖女はまだアイツの手に落ちた訳ではない様だ、魔術師長も聖女を気に入っているそうだし、あの堅物師長にも娶る資格は有る。次期王妃が聖女と確定している訳では無い、むしろ誰の手にも落ちる事無く神殿に籠って祈りでも何でも唸っていれば良いのだ。
『王座は・・まだ、どっちの王子に転がり落ちるか解らないはずだ』
①が未練たらしく、そんな事を考えていた時だった。
王妃様から、今後の有り方を決断する様に・・と封書が届いたのは。
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①と②は、異母兄弟である。
父親は王と言う事になってはいるが、当の本人たちもそこらへんの事は聞けていないし、うやむやにされて良く解っていないのが本当の所だ。
王は・・大変な女嫌いの人で有ったから。
今は無き先代の王妃・・王の母親だが、非常に強烈な性格をしていて、王たち兄弟に常に完璧を求め出来が悪いと酷くつらく当たっていたそうだ。
王宮の教育に鞭を持ち込んだのも、先代の王妃なのである。
王は長男と言う事も有り、傍から見ると虐待まがいの教育を受けていた・・それが心に傷を負わせたのか、大変な女嫌いの(特にヒステリックな声の高い、細い体形の金髪女が駄目)ハンサム君に育った。
やがて年頃となり、さあ王太子妃殿下を・・と言う運びになったのだが。どんな美女を連れて来ても、隣国の王女に合わせても、無表情で最低限の礼儀はこなすが・・人形の様に突っ立っているだけ。微笑みもせず目も合わせず、くぐもった声でボソボソと面白くも無さそうに返事をするだけだ。王宮の生き人形と陰で呼ばれていたらしい。
これには先代の王妃も音をあげた。
「私は人形を生んだ覚えは無い」
と詰め寄ったが、フリーズしたままで王子は再起動しない。
先代の王妃にはどうする事も出来なかった、『こうなったのも、元はと言えばアンタのせいですがな』侍従達などは、皆そう思っていたが口に出せる事では無い。
先代の王妃は、日々ヒステリックに過ごしておられたが・・冬のある日、悪い風邪を引いたのを機会に寝込む日々が多くなり、体調不良の為と言う事で後宮の奥の奥・・誰も通わない様な所で絶対安静と言う名目の監禁となったのだった。
・・そこには何やら王子の陰謀らしきものを仄かに感じるが・・先代の王妃が消えた事で、王宮中が我慢して止めていた息を吐きだした様な、爽やかな開放感に包まれたのは事実である。
王子はその後、同盟国の王女の中から現王妃様を選び政略結婚したのだが・・子供には恵まれず、側近の勧めもあって側妃を2人娶った。
2人となったのは、対立する貴族の派閥から一人ずつ娶った為で、其処にはもちろん愛など無かった。程なく2人の側妃は子を授かり、目出度くも出産したが・・その当時から、本当の父親は誰か?との噂は絶えなかった。王弟様であるとか、王族の伯父上で有るとか・・・真偽の程は解らない。
生まれた子供達は王子として遇され今日に至る。
王妃様は退位を望んだが、王がそれを許さず、王子2人の後見人は王妃となっている。
①と②は、べつに仲が悪い兄弟では無かった。
母親の側妃達は常に火花を散らしてはいたが、子供には関係の無い事だった。
王妃様は公平に2人の王子に接していたし、評価する時も感情的ではなく王子の良い所を伸ばしていくような教育を心掛けていた。王子達も王妃様に懐いていた様に見えた。
それが・・いつからだろう、2人の間に隙間が出来て来たのは。
取り巻きが付きまとう様になってからか、貴族社会に馴染んできたせいなのか。
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『王になれなければ、家臣に落ちてあの弟に膝を折らなければならない・・。其の事が、それほどまでに屈辱的な事なのだろうか?・・母上が言うように』
私は、別に死ぬほど王になりたい訳でもなかったが・・聖女を手に入れたい・・とは思っていた様だ。
①は一人、宮の書斎の机で頬ずえを付きながら考える。
『女性に魅せられて、アプローチするも相手にもされずイライラしたのも初めての事だった。欲しいものは今まで何でも手に入っていたが、それが本当に欲しかった物なのか・・今ではもうよく解らない。もしかしたら・・欲しいものなど、この世には無かったのかも知れないな』
気障ったらしくも厭世的になった①は・・こんな私も美しい・・等と思っていた。
兄弟の仲が離れて行ったのは・・お互いの性格が正反対で、合わなかったのが原因ではなかろうか?王妃様はそう考えていた。
手元に①からの返事の封書がある、突きつけられて来た2つの条件から自分の去就を決めた様だ。王妃様からは、自分一人で考えて今後の事を決める様にと伝えてあった。
「さて、あの子はどのような決断を下したかしら?」
王妃は内心楽しみに封書を開けた、斜め上の展開はあるかしら?
①からの返事は<公爵に下り王領を拝領します>と、つまらない返事が書かれていた。魔獣との前線に立って戦い、王子の地位を自ら守るガッツも無かった様だ。
『楽な道を選んだようだけど・・それじゃぁ、つまらないでしょう?』
①はまだ知らない・・拝領される旧王領が僻地も僻地で、治める代官も居ない事を。税が欲しいのなら自分で取りに来いと叫び、大剣を振り回す地元住民の皆さんが居る事を。可愛い子には旅をさせないとね?王妃は鷹揚に微笑んだ。
さあ、①は旅に出るか?
それとも、王族の血を武器に・・種馬の様に貴族の華たちの中を泳ぎまわる様になるのか?
王妃にはどちらでも良い、些細な事だったが。
王妃様はリアリストです。