ドラゴンの厩務員
王妃領ランパールでドラゴンと出会った時のお話です
雲一つない青空の中、大きな翼が太陽を反射して煌いている。
「ドラゴン様だ、またドラゴン様が来たぞ・・今度は誰のドラゴン様だろう」
ドラゴン様の寝床の藁を整える作業をしながらも、油断なく空を見上げていた厩務員の服を着た獣人の男は嬉しそうに呟いた。
此処、王妃領ランパールのドラゴン保養施設ではこのところドラゴン様の出入りが激しかった。突然見知らぬドラゴン様が飛来する事が増え、驚き慌てて向かい入れているのだが、そんな事は平時では有り得ない事だった。
『何が起こっているのだろうか、悪い事では無いと良いのだが』
お偉方が詰めている管理棟の動きも激しくて、何やら物騒でキナ臭い感じがヒシヒシとしている今日この頃なのだが・・所詮、平厩務員であるラセンには与り知らない事だった。同じく空を見上げていた厩務の組長が面倒臭そうに言う。
「ありゃあ、ランパールやスルトゥには登録されていないドラゴン様だな、俺も初めて見るドラゴン様だ、ハイジャイのいけ好かない貴族のドラゴン様だろうなぁ。これはお世話が大変そうだ、ヘタな事をして貴族に難癖付けられたら堪らないぜ」
ドラゴン様はランケシ王国国内で、大きく分けると二つの派閥に分かれて暮らしている。
ランケシ王国に馴染み古くから暮らしたきた土着派と、かって大陸にあったザンボアンガ王国に暮らしていた、かの国の滅亡と共に難民となった獣人達と一緒にランケシ王国に移り住んで来た移住派とである。
ドラゴン様は真に情が深い質で、獣人達が亡国の民となった今でも彼らを見捨てることなく絆を維持し続けているし、新たに生まれた移住派のドラゴンの子らもザンボアンガの民に肩入れをしてくれている。
元々ザンボアンガの民とドラゴン様の共生の歴史は古く、建国神話の中でも語られているほどだ。初代王が娶ったのはドラゴン様の化身の姫だったし、逆にドラゴン様に嫁いだ人の姫の話も残っていて、なかなかにラブラブな関係なのである。
ザンボアンガの王族は代々その身に流れるドラゴン様の血を誇りにしているし、当然ザンボアンガ出身の<あの王妃様>も龍人の血筋持ちで有る事は公然の話だった。王妃様自身はドラゴン様と絆を結んでいる訳ではないが、長い時を繰り返し生きているドラゴン様は王族の姫に弱い・・溺愛していると言っても過言ではない。王族の血筋に遥か昔に娶った姫の片鱗でも感じているのだろうか?年季の入ったロリコンと言えなくもない。そんな訳で、ドラゴンン様達は王妃様の御願いを渋々ながらウキウキと聞き入れている訳である。王妃領ランパールにドラゴン様の保養施設が有る事は不思議でも何でもない事なのだった。
しかしまぁ、それはランケシの貴族達にとっては面白くない話な訳で、ドラゴン様をハイジャイに引き渡せと再三に渡って要求し続けて来るのだが・・其処はドラゴン様の意向が最優先な世界なので現状が維持され続けている。
ザンボアンガ系のドラゴン様の拠点は獣人の街スルトウに有り、数多くの個体が獣人達と絆を結び商会の仕事を手伝っている。まぁ・・飛行船をけん引する動力代わりなのだが・・神聖なるドラゴン様を牛馬の様に使うとは何事かと、これまたハイジャイの貴族達には評判が良ろしくない。
ハイジャイに住むドラゴン達は汗臭い労働を嫌うので(龍騎士のパトロールとかは好きな様だ、ヒャッハー出来るのが良いらしい)二つの派閥は交り合う事無く疎遠になって暮らしている。
それなのに、ハイジャイ系のドラゴン様がザンボアンガ系の王妃様の領地であるランパールに来るのは大変に珍しい事だった。
「おいラセン、お前のドラゴン様を世話する手腕は大したものだし、同じ鱗を持つ仲間だから通じ合う事もあるだろうよ。あのドラゴン様の世話はお前に任せた、一番いい場所を使って良いから不足なく接待してくれ」
『組長さん、それを丸投げって言うんですよ・・』
面倒な仕事を振られた<鱗持ち>の仲間、ラセンは内心毒づいていたが口元を緩めて愛想良く笑った。
「お前、そのツラは止めろと言っただろう・・怖いんだよ!」
微笑んだつもりが駄目出しされてしまった・・解せぬ・・いや?解せぬ事も無い事も無い。何故なら彼は獣人の中でも珍しいご尊顔を持つ人物だったからだ。
=龍人=
それも先祖返りをしていて、フルフェイスの肉食恐竜・・肉ギャース風のお顔をしている。笑うと牙がズラリと口の中に光り、虫歯が出来ても何回も生え変わる優れものの犬歯をしている。実に羨ましい歯医者要らずな人物なのだ。
その龍人のラセンは元々スルトゥの生まれで、ドラゴンの世話を生業にしている家庭に育った、両親とも代々龍人の家系である。
龍人と言っても普通は人間と同様の身体を持ち、柔らかい皮膚に光の加減によっては薄っすらと鱗が見える・・そんな程度の獣化なのでラセンのフルフェイスはスルトゥでさえ大変に珍しかった。
彼の両親もそんな程度と言われるくらいの獣化なので、突然先祖帰りで生まれて来たベィビィを見た時にはかなり驚いた事だろう。
でもまぁ、其処は獣人の多い街・スルトゥだったので、わ~ぁ珍しいね~位でスルーされて今日に至っていた。成長したラセンも当然の様にドラゴン様の世話係の仕事に付いて、それなりに充実した毎日を過ごし、幸せに暮らしてはいたのだが・・心の奥底に物足りない思いを抱いていたのは確かな事だった。
何故ならば、スルトゥのドラゴン様達は皆絆持ちで、フリーのドラゴン様がいなかったからだ・・これではラセンの熱い思いの出る幕がない。
ドラゴン様の傍に居て、毎日ドラゴン様の姿を見ていたら叶わぬ夢も見たくなるもので・・そう、ラセンはドラゴンの騎乗者になりたくて仕方がなくなってしまったのだ。
『僕もドラゴン様の背に乗って大空を駆けてみたい、絆を結んで騎乗者になりたい』
そんな気持ちを密かに抱え一人モンモンとしていた時に、商会の偉いさん、会長のパガイ氏に突然声を掛けられたのだ。
「ラセンお前もそろそろ親元を離れ、一人立ちして他所の飯を食ってはみないか。違う厩舎のやり方を知るのも、違う街で見分を広げるのも良い勉強なるだろう」
そんな建前は兎も角、今王妃領ランパールのドラゴン様保養所では人手不足が深刻で大変に困っているそうなのだ。そこでドラゴン様に慣れていて、尚且つドラゴン様に好かやすく、臍を曲げられて排除されない者を緊急募集しているのだと言う。
ランパールの方にはまだ絆を結んでいない幼いドラゴン様もいるらしく、それはラセンにとっても騎乗者になれるかもしれないまたとないチャンスだった。
「ぜひ行かせてください!今すぐでも行きます」
そうして二つ返事で了承し、家族の心配も右から左に聞き流し単身ランパールまでやって来たのだが世間の目は厳しかった。
彼は保養所に着いて初めて自分がレアものの獣人で有った事を思い出し、何故家族があれ程過剰に心配をしたのかを・・やっと実体験により理解したのだった。
しかし赤の他人のどうでも良い目より、ドラゴン様の目の方が余程気になるドラゴン馬鹿の男だったので・・些細な風当たりが有っても特に気にする事も無く働いている。彼のメンタルはその鱗程には強かった。
そんな保養所の広いクローバーの畑の上にドラゴン様が舞い降りて来た、凄く大きな個体で黒光りする漆黒の鱗で覆われているお姿だ。
『うぉお~~すげぇ~~カッコいい~~~』
ラセンの目はキラキラと光り輝き、嬉しさがオ~ラとなって迸っていた尻尾もブンブン振られている。ちなみにこの尻尾、斬れたら元には戻らない、蜥蜴獣人では無いからな再生には高価なポーションが必要なのである。
此処まで露骨に喜ばれると、ツンなドラゴン様としても悪い気はしないようだ。
その黒いドラゴン様はプマタシアンタルと友好関係を持っている<黒>さんだった、黒さんはプマタシアンタルの言う事など更々聞く気は無いのだが、王妃様~白さん経由でお願いをされてしまったので渋々ランパールまでやって来たのだ。
今現在機嫌は非常~に悪い、最悪と言って良いだろう、ヘタに係わろうものならドラゴンブレスで黒焦げにされそうな感じだ。
しかしラセンさんは躊躇しない、ドラゴン馬鹿でLOVEな男だからだ。
「お疲れ様に御座います、長くお飛びになられたのなら、お体がお熱くなっておられませんか?冷やさせて頂いてもよろしいでしょうか」
ラセンさんは執事もかくやの物腰で慇懃に黒さんにお伺いを立てると、B級の魔術でミストを造り出し黒さんの周囲の空気を冷やし出した。
黒さんは目だけギョロリと動かしてラセンさんをチラッと見たが【苦しゅうない、好きにいたせ】とばかりに翼をグーーンと伸ばした。
翼の付け根には大きな血管が通っていて、身体を効率よく冷やすのには最適な場所で有る事は、人の脇の下もドラゴンの脇の下?も変わりは無いようだ。気持ち良さげにラセンさんのお世話を受ける黒さん、身体を冷やして粗熱を取った後は魅惑のマッサージだ、ゴールドフィンガー・ラセンお客様に失望はさせません!
1時間後、すべての施術が終わった黒さんは満足げに【ゲッフゥ~】と鳴いていた。どうやらラセンさんは黒さんに気に入られた様だ。
ミッションコンプリート!
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その翌朝、朝のお世話を終えたラセンは組長に指示された。
3頭のドラゴン様に騎乗者を乗せるよう、鞍を付ける準備をしろと言うのである、しかもその一つはタンデムの鞍でお客様を乗せたいらしい。
『ドラゴン様は余程気に入った者しかその背に乗せては下さらないが、どんな人がお乗りになるのだろうか、暴れられないと良いのだが』
その3頭とも此処に籍を置かないお初のドラゴン様だった、性格を把握していないので余計に緊張する。厩務員はドラゴン様の真名を知ることは無いので、騎乗者の名前、もしくはその者の役職で呼ぶことになっている。
「え~と、昨日いらした黒様は・・プマタシアンタル将軍のドラゴン様だったのか、通りでお強そうな訳だ」
ドラゴンと騎乗者は似ていると言われている、気が合う二人なのだからそうなるのだろう。黒さんは否定しそうだが。
「魔術師長の薄緑様・・姫ドラゴンとは珍しいな、ボコール様は薄茶色と・・」
どれも堂々とした大人の個体で、この手の皆様は大変に気難しい・・コホン・・繊細で有られるから扱いには細心の注意が必要に成る。
しかし・・その細心の注意をブチ破る気の抜けた声が響いた。
「ほげぇ~ドラゴンだ、ほンマもんのドラゴン!凄いこれぞ異世界ファンタジー」
見ると小さな人の女の子がイッチョ前に騎乗服を着てトテトテと歩いて来る、その姿にドラゴン様を前にした緊張感や畏怖は微塵も感じられない。
それどころか動物好きなのか嬉しそうに指をワキワキさせていて、今にもドラゴン様に触れそうな勢いだ。ドラゴン様は無礼者を好きにはならないし、触れる事をお許しにはならない。危ない!そう思ってラセンは思わず「あ」と声を漏らした。
その声に気が付いたのか、女の子は手を止めラセンの方を振り向いた。
『しまった!』
ラセンの姿は人間には忌避される事が多いので、帽子を目深にかぶり極力姿を見せない様にと言われていたのだが。此処で甲高い悲鳴など上げられると繊細なドラゴン様は機嫌を損ねてしまう、焦ったラセンだったのだが・・。
「うわぁ~ツルピカでぁ、蜥蜴さんの獣人さんかなぁ?」
じっと見つめて来た女の子が発したのは意外な言葉だった、いえいえお嬢様、私は蜥蜴獣人では無くて龍人ですから。恐がられなかったのは僥倖だが、間違いは正したい、龍人です!龍人ですからねっ!
ラセンの内心の抗議はどうでも良いという様に、女の子は直ぐに興味をドラゴン様に移して話しかけていた、ドラゴン様を凄く綺麗だとかピカピカだとか、強そうだとか褒めちぎっている。
『そうでしょう、そうでしょう!この私がお世話したドラゴン様ですからね、小さな鱗の一つ一つだって丹念に磨き上げているんですよ』
ラセンはこの見知らぬ黒髪の女の子に好感を持った、ドラゴン様好きな人に悪い人はいないと・・すべての基準がドラゴン様なのである、ドラゴン馬鹿も此処に究めれり。
その後、彼女はボコール様のドラゴン様と心を通わす事に成功し、見事に騎乗する栄誉を勝ち取っていた、絆を持たない者を乗せるなど極めて珍しい事である。
タンデムの鞍に乗るのを手間取りモタモタとしていると、ボコール様が浮遊の魔術を使い鞍に乗せてやっていた、お優しい事だ・・貴族が他人に魔術を使う事も珍しい事だ、この2人恋人でもなさそうだが。
『あの子は何者なのだろう、随分と大事にされている様だが』
あんな小さな人間の、か弱そうな女の子がドラゴン様に乗って空を行くなど怖がらないだろうか。周囲にいた者達は皆内心心配していたが、彼女は浮き上がる時に「ひょえ~~」と素っ頓狂な声を出してはいたが、空に舞い上がると嬉しそうに「わぁーすごーい」と燥いでいる声を残して飛び去った行った。
「流石に黒髪を持つ女だな、ドラゴン様にも認められているのか」
組長の呟きに、聖女様の話など何も知らなかったラセンは何の事だかとキョトンとしたが、ドラゴン様に認められている人物に普通の人はいないと確信していた。
その後、皆様夕方には無事に帰還されて来たのだが、騎乗者の方々は戦闘でもしたのか、ボロボロになって薄汚れたお姿をしているし・・何よりドラゴン様達があの女の子にビビッている様子なのが不思議な事だった。
『・・何が有ったのだろう?』
その後、ラチャ先生の糞塵爆発実験によりランパールの街に不穏な爆発音が長いこと響き渡ったのは・・たぶん詩乃のせいでは無いだろう。
ラセンは詩乃に龍人だと無事に自己紹介も出来、「龍人?すごーい」と褒められて、満更でもない思いをしていた。
『やはりドラゴン様が御認めになった人は素晴らしい』
黒さんが聞いたら、【いや、別に認めていないし・・】と思った事だろう。
何回も歯が生え変わると良いですよね、歯医者怖~い(。-`ω-)
婆はまだ入れ歯では有りませんよ、皆様歯は大切に!歯磨けよ~(≧▽≦)
ドリフも(古い!)言ってました。




