獅子(王妃)はオッサン達を纏めて千尋の谷に突き落とす
腹黒王妃様、本領発揮・・\(゜ロ\)(/ロ゜)/
王宮の行政区の端に王妃様個人の執務室が有る、そこには王妃様の立ちあげた部署が入っており、城の文官とはまた違った商会関係の仕事をしているのだった。
その王妃様の執務室は明かりが消える事が無い、24時間体制の3交代で仕事を捌いているからだ。国内は元より、時差がある遠い国々とも交易をしている為だ。商会にとって情報は生命線なのだ、事に当たっては先手を取り、事前に対策を打ち出し、常にイニシアティブを握る・・それが商売成功の方程式なのだから。
その執務室の奥で王妃様は届けられた書類に目を通していた、顔面の皺を気にして努めて表情筋を動かさない王妃様にしては眉間の縦線が酷い。何か面白くない情報が寄せられてきたのだろう、書類から顔を上げることも無く指先だけが神経質そうに机を叩いている。
トン・トン・・トトン・・・トントン・・トトン・・
王妃様付きの者なら誰でも知っている苛立ちのサインだ、何が起きたのだろうか、執務室の中には嫌な緊張感が漂っていた。
その時だ、間が良いのか悪いのか・・王太子がやって来た。
以前から王妃様に呼び出しを受けていたにも関わらず、逃げ回っていた挙句に一番最悪なタイミングでノコノコとやって来た様だ。
「王妃様、多くなって申し訳ない。ご存知の様に私も色々と抱えておりまして」
王太子は不機嫌な顔を隠すことも無く、断りも容れずにソファにどっかりと座り込んだ、疲れているのは確かな様だ。不機嫌の理由など聞かずも解っている、このところ忙しくてゆっくりと聖女様と過ごす時間が取れ無いからだ。そんな王太子の様子を何も言わずただ眺めている王妃様、指は相変わらずトントン・・トトン・・と机を叩いている。
『相も変わらずだ、後ろに控えているプマタシアンタルと言い。
この坊やは聖女を得て子持ちになっても何ら変わり映えが無い・・王になるには、もう少し苦労を味あわせて鍛えてやった方が良いだろうよ』
なかなか話し出さない王妃に焦れたのか、王太子は用事が無いならもう退室したいのだがと言い出した、王妃様に対して不敬な事だ。そんなに早く後宮に戻って聖女に会いたいのか、生憎だが聖女は王子達を寝かしつけた後、仕事をする為に執務室に戻って行ったと報告が来ている。
「王太子、例の件はどうなりましたか」
王妃様の声音でこれはヤバそうな話になりそうだと察知したのか、室内にいた部下達が仕事の手を止めて退室して行く、逃げ足が素早い・・王太子の前にはお茶も出されなかった。
「例の件と言いますと人身売買の組織の事でしょうか、現在人員を割いて追わせていますが、なかなか尻尾を出さない相手で・・正直手詰まりな感じです」
「何を悠長な事を言っているのです、其方自分の民が海外に流失して行くのをどう思っているのですか。ただでさえ人口が減って大勢を維持するのが難しいのに、他国に労働力を奪われてどうするのだ」
「他国にですか?国内では無く」
「国内で禁止され売買出来なく成れば、他国にでも売るしかないでしょう、其方対策は取っていたのか」
「大きな港には騎士団が常駐しています、不審な人間の出入りはチェックされていますよ」
「ではこの報告をどう見ます」
王妃様は投げる様に報告書を王太子に寄越した、流石の王太子もその態度には驚いた様だ。王妃様が先程読んでいた報告書には、沖合で拿捕した国籍不明の船から助け出されたランケシ王国の平民達の事が書かれてあった。どうやら密売人達は小さな船で沖合まで荷を運び、船の中で違法な取引を行っているらしい。ランケシは島国だから他国からの攻撃には強いのだが、島を巡る全ての海岸線に目を光らる余裕は無い、密輸は昔から王国を悩ます棘の様なものだった。
「荷を運ぶ小型船は貴族領の港を使っている、人身売買組織に貴族達が一枚噛んでいるのだよ。人身売買を禁じた・・反聖女派の者達がね。どうする其方、彼らがこれ以上力を付けると愛しの聖女様の危機となるのだが、それでもノンビリとただ指を咥えて眺めていますか?」
報告書を読んだ王太子は苦虫を噛み潰した様な顔をしていた、自分の部下が送って来る報告書の情報量とは雲泥の差が有ったからだ。まぁ無理は無い、王妃様の情報網は国の物流を押さえているザンボアンガ系の商会が担っているのだ。やる気の無い役人の目は誤魔化せても、生き馬の目を抜く様な商人の目は誤魔化されないと言うものだ。
「どうする、これ以上の手を打つ気は無いのか、れそれとも打つ手が無いのか?ハッキリと御言いなさい」
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『相変わらずだ、この坊やは拙い事が起きると、ただ膨れて黙り込んでやり過ごそうとするのだ。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。いい加減大人になって貰わねば困ると言うのに』
執務室は重苦しい沈黙に支配され、ただトン・トン・・と王妃様が机をたたく音だけが響いている、何気にカウントダウンの様で居心地が悪い。タイムアップなのか、突然タンッとひと際強く机を叩いた王妃様は驚く様な事を言い出した。
「ラチャターニーを旅に出す」
「はぁ?」
「彼は聖女様から平民の為の魔術具を創るようにオーダーを受けている、平民を見た事も無ければ、そんな魔術具を造る事など出来まい?だから王都から出すのだ」
「はぁ・・そうですが、しかし良くあの魔術師長が了承しましたね」
王太子の他人ごとの様な表情に意地悪い気持ちが湧き出てしまう、どうもこの坊やには為政者の覚悟や気概が足りず、話の裏を読むだけの知恵も無い。
「ラチャターニーだけでは不安なので、旅のお供を付ける事にしようと思う、例のあの子を呼び戻す」
「あの子とは・・まさかオマケのチンチクリンですか?何故です、何故あのように何の役にも立ちそうも無い者をワザワザ・・」
『・・解らないのか・・』
王太子の顔を見て薄ら笑う王妃様に、後ろに控えていたプマタシアンタルが呟いた。
「・・・あの者を囮に使う御積りですか・・」
「はぁ?・・囮だと?」
「そうよ黒目・黒髪はこの世界では珍しい異形、聖女の色と同じなのだから嘸かし目立つ事でしょうよ。そんな者が無防備に白骨街道を歩いていたら、其方ならどうする?聖女と同郷の異世界人の女で、しかも第1王子の事件に深く係わり、その失脚の切っ掛けを作った一人でもある憎い女だ。聖女にはおいそれとは手を出せないが、代わりの玩具には最適であろう?必ず食いついてくると私は確信している」
淡々と囮の話をする王妃に、王太子は戸惑ったように言う。
「王妃様は、アレを気に入っているのだとばかり思っていましたが」
「何を言う、其方視野が狭いのか?一人の犠牲で多くの者が救われるとしたら其方ならどう動く、此方から反聖女派を一気に叩く好機を作ろうと言っているのだ。
唯々諾々と王座にいれば敵がいなくなるとでも思っているのか、王弟の娘が帝国の側室に入っているが、その息子はすでに16歳の成人年齢となり大層出来が良いらしい。次の王に擁立しようと反聖女派が画策している事に其方は気が付いているのか?いないとしたら随分と悠長な事だな。国が疲弊している今、内戦などしている余裕など無いのだよ、獅子身中の虫は小さな内に叩き潰さねばならぬだろうに」
思わぬ事を言われて王太子の顔色が悪くなった、反聖女派が居るのは解ってはいたが、その様な策まで考えているとは思っていなかったのだ。
「君臨する者が手を汚す事を恐れて、どうして民を守る事が出来る。王とは死して地獄に落ちる覚悟が有る者だけが就く地位なのだ、奇麗ごとで済むなら苦労はない。民や聖女を守りたかったら精進する事だ。
これから冬の社交界が始まろう?そこであの子に関する餌を密かに撒きなさい。秘密裏にな、迂闊に撒けば気取られてしまう・・聖女にな」
「はぁ?!」
「当然聖女は此の策に反対するだろう、そうなれば反対分子の粛清は更に延期され、更に困難な事態になる事だろう。
其方、いつも仕事は投げっぱなし、命令すれば事は済んだと思ってはいないか?それでは大局は見極められないし、部下はついて来ない。主の目を気にして絶えず緊張して働くからこそ成果が出るのだ、この報告書と其方の所に上がって来る報告書の差は何だと思う、主の資質と能力差が表れているのだ」
もうケチョンケチョンである、王太子の顔面は血の気が無くなって白くなってきた。
「冬の間に反聖女派を特定し餌を巻くに当たっては、其方が新たに人材を集め、責任者として策を統括し実践するようになさい。其方の周囲には使える人材がいない、プマタシアンタル以外にも信頼できる部下を作る必要が急務だ。其方には人望が無いが仮にも聖女の伴侶だ、聖女に心酔している者の中から使えそうな文官を引き抜き早急に育てなさい」
信頼できる子飼いの部下が、プマタシアンタル以外に居ない事に今更ながら気が付いた王太子の顔色は、青を通り越して紫色になっていた・・チアノーゼか。
残念ながらプマタシアンタルは信頼たる人物だが、陰謀面では全くもって有能ではない、筋肉特化の用心棒の様なものなのだ。
「プマタシアンタル、其方もいい加減王太子の背中に貼りついていないで、一軍を率いるくらいな事をしなさい。命令を聞いているだけではなく、自分の頭で考え動くのです、その頭は帽子置き場ではないと証明してごらんなさい。まずは其方が軍部を掌握し、事が起きればすぐに敵を急襲出来る様に、信頼できる騎士の人選から始めなさい。騎士団の中にも反聖女派はいる事を忘れずに・・出来るか?」
「・・・・・・・・・・・はい、下位の貴族や平民の中から見込みのある物を選び、冬の間に特訓いたします。魔獣の前線に送る騎士団の結成と告知すれば怪しまれる事は無いかと・・」
自信が無いのか、この男にしては珍しくオドオドと答えた、デカい図体にしては気弱な事だ。
「・・よろしいでしょう、励みなさい」
正しい答えだった様で、プマタシアンタルは内心ホッとしているようだ。
まだ王妃様はトントンと机を叩くのを止めない、何やら時限式の魔弾が時を刻んでいる様で胃が痛くなってくる・・まだ何か有るのだろうか。
「しかし、私とて鬼では無い」
『いや、鬼だろ・・どう見ても』
「あの子が傷つく事など望んではいないのだ、無事に・・何も知らぬ間に・・囮の役を果たしてくれる事を期待している。
春になりラチャターニーがあの子と旅立つ時には、プマタシアンタル其方も同行するが良かろう。密かに騎士と連絡を取り合い、事がうまく運ぶように其方が導いていくように。王国の盾と剣をお供に付けるのだ、安全は保障されあの子の気も少しは晴れよう」
いや・・この2人、めちゃくちゃ相性悪かった様に思うが・・王太子がチラッとプマタシアンタルを伺うと、安定の大魔神顔だが・・やはり気が乗らない様で不機嫌そうな顔をしている。プウの表情の僅かな変化は、長年付き合っている王太子にしか解らない事だった。
「其方、軍の改革では随分と平民の兵士と染んだそうではないか、今度は穢れの地に赴き国の礎である平民とも交流するが良い。其方にも<新しい扉>が開かれるかもしれぬ・・楽しみな事だ」
『新しい扉って何だよ!』
2人は質問したかったが、答えを聞くのも怖い様な気がして、早々に王妃様の執務室から逃げる様にお暇したのだった。
冬の社交の期間は約3カ月・・その短い時間で、策を纏め人材を探し、尚且つ信頼関係まで築かなければならないのだ。そうしなければ囮作戦の事が聖女の耳に漏れ入り、嬉しくも楽しい夫婦関係に亀裂が入って、完全かつ不可逆的に破局を迎えてしまうだろう。
この時、初めて王太子は真剣に、精魂込めて仕事に向かい合おうと決心したのだった。
セリフばかりですいません、王国漫遊の旅には裏事情が有ったようです。
王太子は新婚ボケで仕事に身が入って無かった様ですね、王妃様から喝!が盛大に入れられました。




