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B級聖女 小話集  作者: さん☆のりこ
19/29

獅子(王妃)はオッサンを千尋の谷に突き落とす

旅の不仲間が結成される前、王都でのお話です。

 「これではとても採用できません、再考して出直してきてください」


 聖女様から直々に魔術具を頼まれ、意気揚々と基となる魔術陣を持って来た魔術師長は思いがけない叱責を受けて固まってしまった。もうカチンコにである。

もともと天才肌で、やれ神童とか稀代の魔術師とか持ち上げられて来た男である、叱責された経験は育ての親の前魔術師長くらいしかなかった。その魔術師長との力関係も少年期には己の実力の方が上回り、余計な口出しなどさせないだけの魔力と実務量を誇って来たのだ。

それなのに憧れの聖女様からの盛大な駄目だし、経験値の乏しい魔術師長ぎんろんは完全にフローズンされてしまった。

 


 それは2週間前の事だった、魔術師長が引きこもっている象牙の塔に聖女様付きの文官が依頼状と発注書を持ってやって来たのだ。

魔術師長は密かに(周囲にはバレバレなのだが)憧れている聖女様から、頼りにされ仕事を任された事に有頂天になり俄然張り切り出した、どんな依頼・難問にも見事応えてみせようと。

しかし、その依頼書を見ると魔術師長ぎんろんの眉間には盛大に皺が寄った。


「平民の輸送を楽にする為の魔術具の開発だと?何のためにその様なモノが必要なのだ、魔術陣を使って転移させればよかろう」


魔術関係以外にはとんと興味を示さず、人嫌いで世慣れていない魔術師が頓珍漢な事を言うのは想定内だったので、派遣されて来た文官は薄っすらと微笑みながら、王都外の深刻な魔石不足の状況や使用するであろう平民の魔力と魔石への耐性の無さなど訥々と説明を試みたのだった。

その文官の説明を聞いていたのかいなかったのか、今現在聖女様の前で彼は驚き固まっているのだから、件の文官の努力は全くの無駄だったのだと言わざるを得ないのだろう。

・・・「聞けよ」と、派遣された文官は思った事だろう。


 魔術師長は暫く息をするのも忘れた様に立ちすくんでいたが、己の魔術陣には絶対の自信が有るのだろう、納得がいかないのか聖女様のリジェクトに盾突いた。


「何が不味いのでしょう、私としては納得のいく出来なのですが」


魔術師長の言葉にも聖女様は頭も上げず書類を書き続けている、サラサラとペンを滑らす音だけが執務室に響いて、周囲に居る文官や女官達は大変に居心地が悪く胃が痛む思いをする。

文官や女官達は『アレ(危険物)が暴発する前に、誰かどうにかしてくれー』と、心の中で悲鳴を上げていたに違いない。何故だかドンドン室温が下がって来て息が白く見えて来た、魔術師長のなせる業なのだろう人間ブリザードだ。


『果たして怒りの炎に焼かれるのと、氷漬けにされるのと・・どちらがマシであろうか?』聖女様の筆頭女官はそう考えていたと後に語っていたそうだが・・お仕事お疲れ様です。

一通り書き終えたのか、ようやっと聖女様が顔を上げた時には、部屋のあちらこちらから安堵の溜息がもれた。


「師長、貴方は私の出した発注書を読んで理解したのですか、私は何と書きました?平民の商業活動が活発なる様に、輸送が楽になる様な魔術陣・魔術具を考えて下さいと願ったのですよ」


聖女様のオブシディアンの様な、深淵の闇の様な瞳に見つめられて魔術師長は声も出ない、声は出ないが何故だか耳は赤くなっている。


「確かに貴方の構築した魔術陣は完璧で素晴らしい出来でしょう、魔術概論を学び始めて日の浅い私でさえも、その陣の凄さは理解できます。複雑でありながら簡潔で、何処にも無駄がなく論理的・・何よりあなたの魔術陣は素晴らしく美しい」


聖女様の御褒めの言葉に、魔術師長の日に焼けていない無駄に真っ白な頬にポウッと赤みがさした。彼の顔色が良くなるにつれて室温も上昇して来た様だ、春近しな感じなのか?


「でもこのような燃費の悪い・・魔力を多く使う魔術具は平民には扱えないのですよ。魔石が不足している昨今、値段が高騰し有力貴族しか手に入らないと言うのに、平民がこのように魔石をふんだんに使える事などあり得ないのです。何より強い魔力・魔石は平民の健康を害すると言う事は周知の事実でしょう、貴方の作る製品は平民には扱う事が出来ない危険物なのです。これは貴族の、しかも魔力の強い高位の貴族しか扱えない代物になってます。どこかに平民の仕事を肩代わりするような気骨のある貴族でもいれば話は変わりますが、その様な者がいますか?いないでしょう」


聖女様に指摘され、師長はマジマジと己の作を見直した。

『確かに私は使う側の平民の事などこれっぽっちも考えてはいなかった、重要なのは術の構築と陣の完成度だからな。それにしてもこの程度の魔力の制御も出来ないとは、平民とはなんと無様な者達なのだろうか、この美しい魔術陣の恩恵も受けられないとは惨めな事だ。うむ・・こうして改めて眺めてみると陣の美しさが際立っている、流石天才と呼ばれる私の作だ。それにこの陣の美しさが理解できるとは、やはり聖女様は才媛の名に不足の無いお方だ。その頭脳の明晰さと言い、お姿の美しさと言い、内に秘める魔力の強さと言い本当に素晴らしい女性だ。まさにこの天才魔術師の私の為に、この世界に招かれた女性と言って良いだろう。なのに何故あんな何の取り得も無い愚昧な王子と結ばれたのか、政略とはいえ御気の毒な事だ。聖女様が望むならこの師長、たとえ命に代えてもこの陰謀溢れる魔窟の様な王城からお救いするものを・・いや、今からでも遅くはない・・一言言ってさえ下されば・・』


「師長・・魔術師長・・聞いていますか?」

・・・聞けよ・・・ボソッ。


ハッとして沈思黙考から戻ってくれば、書類が山積みの机の向こうに冷え冷えとした視線を向ける聖女様がいた。流石に拙い事をしてしまったと思い、目だけで辺りを伺えば周囲の文官達は視線を合わせようとはせず、ワザとらしく書類を睨みつけていたり、あらぬ方向を眺めていたりしている。これは、聖女様をスルーしてだいぶ考え込んでいた様だ。


「・・・・・・・・・・・はい・・聞こえております」


「魔術師長、私は魔術の為の魔術を望んでいる訳では有りません。

ものづくりに係る者は、第一に顧客のニーズを知り、その要望に応える為に考え、絶えず改善して完成度の高い製品を造って行かなければならないのです。その事をよく考えてみてください、私の期待を裏切らない事を望みます」


ものづくり?顧客?ニーズ??改善???製品????

解らない言葉ばかり並べ立てられ、ネッキに摘ままれた様な気分だが、聖女様に期待されている身なのだと・・それだけが頭に残った魔術師長だった。



     ******



 聖女様の執務室をお暇して、彼女の余韻に浸りつつフラフラと歩いていたら王妃様と遭遇した。偶然なのか、はたまた地蜘蛛の様に待ち受けていたのか定かではないが。王妃様はニコヤカに声を掛けて来た。


「ラチャターニー久しいの、どうしました赤い顔などして風邪でも引きましたか」

「これは王妃様・・ご機嫌麗しゅう」

「機嫌が取分け麗しい事も無いが、悪い訳でも無いのぉ・・騒動もだいぶ落ち着いて来た事だしね」


王宮の回廊を話しながら進む、忙しい2人には悠長にお茶など飲んで歓談する暇も気も無いのだ。


「王妃様、聖女様から伺った言葉なのですが。

ものづくり・顧客・改善・ニーズとはどう言う意味なのでしょう、異世界特有の言葉なのでしょうか。聖女様からは平民向けの魔道具を創るようにと期待されているのですが、どうにも勝手が解らず困惑するばかりです」

「それは難しい宿題を出されたこと。其方、魔術師塔に籠るばかりで王都の外に出た事など無いだろうに」


眉間に盛大に皺を寄せ難しい顔をしているこの人物、稀代の魔術師であるラチャターニー師。王妃様はそっとその横顔を伺い見た、気難しい青年の殻を被ってはいるが、その内側は世の理を知らず、外の世界に怯えるような幼さが垣間見える。

幼い頃に魔力を暴発させ親から引き離されて以来、危険物同様に魔術師塔に隔離され当時の魔術師長に養育されて来たと言う。この青年の生活範囲は恐ろしく狭く、魔術のみに偏っている極めて歪な世界に生きているのだ・・。


「定期訓練にハイジャイに赴く事はありますから、王都の外を丸っきり知らない訳では有りませんが」

「遥か空の高みから下界を見下ろすだけで、地にはりつき生きる平民の何が解る。平民を見た事も、直接言葉を交わした事も無いのでしょう。それは知らぬも同然と言う事では?」


図星なのか言葉に詰まってしまった、小器用に嘘も付けないタイプなのだ。

『困った坊やだこと・・』


「師長、エスコートを願いましょう。王城の尖塔まで連れて行っておくれ、師長ならワザワザ階段を登らないでも瞬時に移動できるのでしょう?」

「王城内での魔術は禁止されているのですが・・・」

「いいからいいから」




次の瞬間、二人は尖塔の天辺の小さな空間に居た。

王城は丘の上に建っている、その王城の尖塔なのだから高度感があり遥か遠くまで見渡せるのだ。


「良い景色ね~遠くまで見渡せること、まぁ誰かさんが施した結界で爽やかな景色とは言い難いけど」


王妃様の言葉を聞いて、改めて景色を眺めてみた。

『確かに厚手のガラスを通して眺める様で透け感が無い。ふむ、王都に張り巡らされている結界の更なる透明化でも考えてみるか』





「ラチャターニー、ラチャターニー戻ってらっしゃい・・」

腕をペシペシ叩かれて沈思黙考から再び浮かび上がる、目の前には王妃様がいた。本日2度目の失態である。

『聖女様の方が良かったが・・』


「ほら港が見えるでしょ、あそこからあの子は出港していったのよ、この世界にただ一人無役の異世界人として。勇気が有ると思わない?知り合いも居ない、言葉も満足に通じない、顔だちも違うから疎まれて辛い思いをするかも知れないのに・・。貴族は嫌だ、平民として生きたいと言ってね、自分の意思を貫いて旅立って行ったわ」


あの子と言われて、すぐに思い出せなかった。

『そう言えば居たな、オマケのチンチクリンが。同じ黒髪・黒目なのに、聖女様とこうも違うのかと呆れ果てた覚えが有る』


「ねぇラチャターニー、其方もここから旅出ってお行きなさい。

ずっと魔術師塔に籠っていたら、新しい発見や発想は閃かない、小さく面白みも無い人物になってしまうわ。聖女様の要望に応える為にも、平民の暮らしを体験し観察する事は有意義だと思うし。大丈夫、貴方は魔術があるから強いし、こう見えて細マッチョだから殺される様な心配はいらないでしょう。独りで不安ならチームを組んで行けば良いし、そうね・・そうしなさい。人選は任せて、其方と似て<新しい扉>を開いた方が良い人物が丁度いるのよ~」


王妃様は楽し気にウインクして来るが、その<新しい扉>とやらに、嫌な予感しかしない銀ロンだった。




『旅か、王都付近の大型魔術具のメンテナンスに出かけた事は有るが、あれは魔法陣で瞬間移動だったし旅とは言えんだろう。・・正直面倒なのだが』


      ・・・私の期待を裏切らない事を望みます・・・


この時、銀ロンの頭の中は聖女様の声がリフレインしていて、王妃様の話など半分も聞いていなかった。大変指向性の強い脳ミソをしていて、関心の向いた事しか考えられない仕様なのである。


『・・期待を裏切らなかったら、何かご褒美が貰えるだろうか・・』



 大変残念な人でもある魔術師長・ラチャターニー師。

王妃様の陰謀に気付く事も無く、宿題を抱える小学生の様な思いに耽っていたのだった。


箱詰め魔術師ラタチャーニー師、始めてのお使いに出かけます。

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