さよなら トデリ
さよならだけが・・・人生か?
子爵様が冬の終わりを宣言して、春の女神様のお祭りが始まった。
人々からワッと歓声が上がり、賑やかに音楽が鳴り響く。
子爵様の料理人ボフ小父さんがギターの様な楽器を弾いている、体が大きいからウクレレみたいに見えちゃう。グローブみたいな、おっきな手で器用に何でもこなすんだなぁ~凄いや。笛や太鼓も鳴らされて歌も始まった、皆燥ぎながら踊る為に手を繋ぎ輪になって行く。
『今年こそ、完璧に踊ってみせる!元バレリーナ(嘘)の意地を見よ』
詩乃も踊りの輪に加わろうと足を踏み出そうとした時だった、肩に手が乗り引き留められたのは。
「なに?」
見上げた先に居たのは。
「奥様?」
奥様が悲しそうに微笑みながら詩乃の顔を見つめ、黙って子爵家の門の方を振り向いた。詩乃は不思議に思いながらも奥様の視線を追ったのだが。
・・・そこに見た者は。
『大魔神か・・何時から居たんだろう?全然気がつかなかった。あんなに五月蠅かったノイズが無い?あいつぅ、修行でもしてレベルアップでもしたんかいな?』
「はぁあぁ~~」
詩乃は深い溜息をつき脱力した、今更何の用なんだ・・。
肩に置かれた奥様の手が微かに震えている、まぁ怖いんだろうな大魔神は。生きている危険物みたいな魔力持ちだもの、平民の街で暴れられたらたまったモンじゃない。
『・・・仕方ないか・・・』
詩乃は覚悟を決めて大魔神の方に向かって歩き始めた、此処で騒動を起こしたら駄目だ。皆がせっかく楽しみにしている1年に1度のお祭りが、台無しのパーになっちゃうもの。
『大魔神!あんたに従ってるんじゃぁ無いからねっ、チビッ子達や街の皆がパイを楽しみにしていてくれるから!我慢してあげるんだ!』
大魔神を睨み付けながら歩いて行く、俯いたりなんかしない!
約束を破って詩乃をトデリから連れて行くつもりなら、頭のひとつも下げてお願いしてみろってんでぃ!
そんな門に向かう詩乃の腕を、後ろから掴む誰かがいた。
って・・
「オイィィィ・・・って、ブファッ!!」
思わず吹き出しちゃった、だってだって!!オイのホッペがクマ〇ン。
「何笑ってんだよ!」
シーシー静かに、詩乃は慌ててオイの口を押えた。
「静カニ!お祭りの邪魔シたら、春の女神様に怒らレチゃうよぅ!」
泣き笑いしながらだから声が震えて腹筋が痛い、それほどオイのホッペの鬱血は鮮やかでク〇モンそっくりだった。詩乃とオイは皆から離れて暗がりに移動した、勿論話をする為である。それを街の皆は横目で見ながら、何やらニヤニヤしているようだ・・何なんだよ、そんなんじゃないんだけどな。
「シ~ノン何処に行くつもりなんだよ!あいつ貴族だろ?貴族がシ~ノンに今更何の用なんだ」
「だから、シーってば!大きい声出さないで。あいつ上手く隠しているけど魔力が本当に強いから、怒らせたりしたら魔力が漏れ出して大変な事になるからね。皆倒れてチビッ子は死んじゃうかもしれない」
オイは盛大に眉間に皺を寄せ、大魔神を睨み付ける。君、結構命知らずだね?
「オイもこの冬、王都に行って来たから解るでしょ?貴族の連中は平民の命なんか<ヘッ>とも思ってないんだから。危ないから、アイツを早くトデリから離さないと・・」
「何で!なんでシ~ノンを迎えに来るんだよ、王都から追放したのはあいつ等貴族なんだろう。今頃ノコノコ来て勝手すぎるだろ!」
あぁ~、やっぱり王都で色々聞き込んで来たね。
まぁ、怒ってくれるのは嬉しいけどさ。でも、やっぱりシリアスになり切れないのは、ホッペのクマ〇ンのせいなのか?
詩乃は背伸びをしてオイの頬に両手を当てた、オイは驚いたのか僅かにのけ反り、目を見開き体を固くした。
「ねぇ、オイ?トデリの外の世界はどうだった?楽しい事も嫌な事も沢山あったでしょ?良い人も、そうで無い人にも一杯出会ってどう思った?」
こんな時に何を言い出すのかと、若干イラつきながらも詩乃の質問に律儀にオイは答える。
「いろいろあったけど、全部が良い勉強だった・・。
それから、やっぱりトデリは俺の故郷は良い所だと・・凄く思った」
「そうだよね、故郷は良いよね。
私もね、この世界の故郷は此処トデリだと思っているんだぁ。友達も沢山できたし、街のみんなは親戚の小父さん小母さんみたいだしね、此処に住めてホントに良かった。楽しかったんだよ?オイがいつも周りでギャイギャイ騒いでいてくれたから、寂しさを感じる暇も無かったしね」
だから・・故郷は守らなくっちゃね、小さな声でシ~ノンが呟いた。
「何で、何でいつもシ~ノンばかり我慢しなくちゃいけないんだっ!トデリに居たいんだろ?オレだって街の皆だって、ずっとずっと居て欲しいのに!」
オイは半泣きになって、頭が下に下とがって来る、今は詩乃の顔の前だ。
「船長を目指す男が泣いちゃいけないよ!」
手の<空の魔石>に願いを込めてオイのホッペに当てる、その途端にパァアッと両手が光った。光が消えた後には、オイの頬っぺたの丸い赤いアザは綺麗に消えていた。
「顔治ったからね、皆の所へ行ってピザ食べてね美味しく焼いておいたから。でも私が居なくなった事は内緒だよ?皆がお祭りが楽しめなくなっちゃったら、そんなの悲しいから駄目だからね。出来るね?船長を目指す男はそのくらいの腹芸が出来なきゃ務まらないよ。いいね約束だよ!」
それからこれ、そう言うと詩乃は鞄の中から、さっきまで握りしめていたパワーストーンを取り出した。
「この子はファントムクリスタル、逆境を乗り越え更なる飛躍を導く石なの、心身共に成長させてくれる石だからオイに持っていて欲しい。石の力がオイを守り導きます様に。実行!」
最後は笑顔で別れよう、元気でね、有難うね・・皆によろしくね。
そう言うと、詩乃はオイや祭りの喧騒に背を向けて大魔神の方に歩き出した。
瞬きで涙を散らし、奥歯を噛みしめて重い足を引きずるように。
大魔神は詩乃が近づくと、先導するように前を歩き館の中へと進み始めた。
「シ~ノン!これっ」
オイが何か投げてよこした。
咄嗟に詩乃の前に出てキャッチする大魔神、投げてよこした物を確認すると黙って詩乃に手渡してきた。
貝殻のペンダント・・オイの手作りなのだろう。
航海中に綺麗な貝を拾い集めて、詩乃の為に作ってくれたペンダントだった。
目の奥が熱くなり、何かが溢れそうになった詩乃が思わず振り向くと其処にはもうオイの姿は無かった。
約束通りに皆の所でピザを食べているのだろう・・美味しく作ったからね。覚えておいてね詩乃の味を。ありがとう・・ありがとう。
大魔神と2人で館の中に入る、詩乃は厭味ったらしく大魔神に触られたペンダントを洗浄の魔術で洗ってやった。ピンク色の桜貝の様な可憐な貝に、白い巻貝、オパール色した不思議な貝。頑張って集めてくれたんだろうな、冬の海岸で・・寒かっただろうに。
詩乃はペンダントを身に着けると、髪を後ろにサッと払った。
館の奥には3人の魔術師がいた。
『ふ~ん、随分と特別待遇だね。魔術陣でヒトッ飛びか。行きはよいよい帰りは怖いか・・ホントだよ』
この日を最後に、詩乃の姿はトデリの街から消え去った。
トデリの人々が、詩乃の失踪を知ったのは翌日のお昼過ぎだった。
一晩酒を酌み交わし、歌い踊り大騒ぎして、明け方にようやっと家へと戻り、一眠りして・・寝覚めの水をと思い、水瓶を覗き込んで水が無いのに気が付いたのだ。
「やれやれシ~ノンも朝寝坊か。オイの奴、少し意見してやらねば」
謎の?説教を思いながら、底に残った水を汲み取り飲み干した。
・・・しかし、働き者のシ~ノンが夕方近くなっても来なかったのだ。
人々は具合でも悪いのか?と心配になり、シ~ノンの店に集まりだした。
店は静まり返っていて呼びかけても返事も無い、ますます皆は不思議に思い不安になって騒ぎ出した。
そこにオイの妹が、困惑しきった顔でやって来た。
「お兄ちゃんが布団を引っ被って出てこないんだけど・・。その、シ~ノンちゃんが、貴族に無理やり連れられてトデリから出て行っちゃった・・って言うの」
貴族が?・・・何だって貴族なんかがトデリに?
ざわざわざわ・・街の皆に不安が伝わっていく。
誰かが呟いた・・・水は、どうなるんだ・・と。
「何言ってるんだい!シ~ノンちゃんの安否の方が心配だろ、貴族なんぞに目を付けられたら・・命が有るかどうか、解ったもんじゃぁないよ!」
それでも、みんな内心困惑していた。
あの美味しい水に慣れてしまった今、元の水を飲めるのか・・と。
どうする、子爵様の所へ聞きに行ってみようか?みんな騒いでいるだけで話がまとまらない。
「シ~ノンちゃん、どうしたの?いないの?もう会えないの?」
チビッ子達は主にピザとパイの心配だろうが、一人泣き出すとドンドン感染して騒ぎが大きくなって行く。わーんわーんわーんわーん。
そこにのっそりとパン屋の若旦那、リーのダーリンがやって来てこう言いだした。
「あの~。何かが起こって、シ~ノンがトデリを出なくちゃならなくなった場合に、皆で読んでくれと手紙を預かっています。その・・俺が、貴族に縁が有るものだから、預かる意味は解るだろうと言われまして」
【そう、詩乃はもしもの時の備えをしていた。
物心ついた時から、地震が来るだの富士山が噴火するだの言われ続けて、毎年のように災害のニュースを見続けて来た日本人の詩乃である。<備えよ常に>と言ったのは誰だったっけ?詩乃の家には玄関に家族分のヘルメットが準備され、備蓄食料もバッチリだったのだ。水と食料!大事、これ基本!】
下町の世話役が代表して手紙を受け取った、封筒を開けて読み始める。
しかし・・だんだん顔が険しくなって眉間に皺が寄って行く、恐ろしげな顔に皆の不安が増していった。
「そんなに悪い事が、書かれてあるのかい?」
「・・・いや、字が下手過ぎて読みにくいだけだ・・・」
う~ん、どれどれ?これは酷いな、皆で頭をひっ付けて解読していく。
どうやら前半はお礼を書いているようだ、トデリに住めて良かった、有難う的な文のようだ・・多分。後半は・・・
【3階北側部屋にヨゥ、水出ス石を造ッて有ルノでぃ、水瓶に入れルと水が出ルノで使えよいぞぅ。女神しゃま像の石と、ボたンはパガイに注文さすればお、造ってパガイに持たセるぜぃ。OK?庭の石窯と、パイとピザのレシピはねいリーに渡すんカでらし、パン屋のミンデ使うてくれダサい。お店は下町の皆で使うと良いおむね、子供ども勉強するがよいい、手仕事すんルイいがよ。うちにある、いろいろ皆分けるよ、好き仕えよぅ。あデは、さラば。ありごとう、まんな大好き。元気すムガうおい。ばイバいそナウなら。=ねがい、モモウ柄のこーとぅ、パガイ持たせ寄越すいいねよ、たのうぞぃ=】
はぁ~~~~、読み終わってドッと疲れが出た。
心配は心配だが、何処に行ってもシ~ノンはシ~ノンだ。
大丈夫だろうさ・・・・きっと。
3階の部屋に行ってみると大きな木箱が置いて有り、下手糞な字で<水石>と書いて有った。いつもシーノンが持ち歩いていたのと同じような、水色の石がたくさん入っていた。世話役はトデリの街のみんなを集め、ひと家庭に一つづつ配っていった。シ~ノンの服はサイズが合う者がもらい受けていき、売り物のアクセサリーは、老若男女問わず下町の人達が一つづつ受け取り身に付けた。
「シ~ノンが造った物だ、きっとお守りになるだろうよ」
「王都には聖女様がおるようだが、トデリにはシ~ノンがいたんだな。シ~ノンはトデリの聖女だった様な気がする」
「そうだな・・・なんか、今さら気が付いた」
「聖女様には、とても見えないものなぁ?」
クスクス・・・。でも、可愛い性根の良い子だったよ。
トデリの家の水瓶には、アクアマリン・・水の様な色をした綺麗な石が入れてある。汲んでも汲んでも尽きない不思議な水瓶で、夏には冷たい水が冬には温かい水が湧き出ている。美味しい水を飲むたびに、トデリの人々は<ちょっと変わった、トンチキな女の子>を思い出すのだ。
「有難うシ~ノン、トデリのちっちゃな聖女様」と。
これで小話集はお終いです、拙い話をお読みいただき有難うございました。
懲りずに明日から[B級聖女漫遊記]始めます、今度こそシリーズ最後です。
ハイファンタジーのカテゴリーながら、派手なドンパチが有りませんでしたので・・・。
そっちを目指して(R15で)頑張ります。すいませんが・・今しばらく<なろう>にお邪魔します。




