春の女神のお祭り
B級聖女の日常の最終話・・・近くの話です。
重苦しい冬が去ってトデリにようやっと春がやって来た、シャアクーラの花も咲いたし今日は春の女神のお祭りだ。
詩乃は水瓶巡りの旅を早々に終えると早朝から台所に籠り、祭りに提供するパイの制作に余念がなかった。トデリにはパイは存在しなかった、バターとか大量に使うし生地を作るのにも手間がかかるから、忙しいトデリのお母さん達には酷な料理だと言えるだろう。
漁師のお母さんの料理は煮るか焼くかの2択が多い、油で揚げるのは超贅沢品だ子爵家ではフィッシュ&チップスが出て来たが平民の食卓に上がる事はまず無い。だから・・たま~に詩乃が作って提供するパイやピザは、もう大人気で取り合いになっちゃうのだ。
「食べられない子が出ちゃうと可哀想だからね、量を沢山作らないと・・大人味のピリ辛チリコンカン風ミートパイと、子供向けのクリーミーグラタン風パイを作ろう。パガイさんから香辛料を貰ったからカレー風のパイも作っちゃうぞ!女の子にはデザートのべリーのパイも良いよね」
もう、パイ屋さんの勢いで作って行く。
聖女様の離宮で調理人さん達に教えて貰った時短魔術が大活躍する、焼きたても美味しいけど冷めてもパイなら大丈夫だしね、トデリの人達は煩くないので文句も出ないだろう。
「昼にはピザも焼かなくちゃならないし、ピザピザ五月蠅いのが居るから」
五月蠅いのは・・オイである。
昨年の秋に16歳になったオイは、見習いから船員に昇格して張り切っていた。
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4年前の<夏の嵐>の事件で、執事や悪徳商人との関係を断ち切った子爵様は自ら商船を造船し商売に乗り出したのだった。商人に仲介させれば楽だが、手数料をガッチリ取られる、子爵は少しでもトデリに資産を増やしたかったのだ。
売り物はトデリの名産<飴色の家具>達だ、家具は王宮で女官までしていた奥様の目に叶う素晴らしい一品なので、領都や王都に持って行きさえすれば高値で売れると子爵は考えていた。
「商人の手など借りるまでも無い!!儲けはトデリの丸取りだっ!」
子爵夫婦の鼻息は荒かった!それはもうトデリの人々が大丈夫かなぁ~と心配になるくらいの勢いだったのだ。
木工部は公爵領の各地に一通り売り尽くし、落ち着きを見せ始めた海の女神像の代わりに飴色家具を量産していった。ヨイも細かい彫刻部分を制作していた、ヨイの仕事こそが付加価値の部分だ。飴色に輝く細かい細工の家具、冷たい石や金属で造った家具に囲まれていた貴族には温かみのある木目や艶はカルチャーショックを起こすに違いないのだ。
いけるぞ!・・・いけるだろう!・・・多分な。
そうして事件から2年過ぎた秋の終わりに、子爵夫婦は沢山の家具と共に船に乗り込み王都に旅立って行ったのである・・営業しに(冬の社交界とも言うが)。
【多分にコネも使ったのだろうが、トデリの家具は今や高級家具として領都や王都に名を知られている。有難いことに生産待ちのお客様までいて、仕事は4年先まで詰まっている。木工部は嬉しい悲鳴を上げていた】
家具を乗せた商船は港が雪と氷に閉じ込められる前の、晩秋のうちにトデリを出港するのだった。今年は成人したオイもクルーに入れられている、初めての長い航海で(今まで一番遠くて隣の王領だった)商船の船長はオイの父ちゃんである、何の心配もいらないとオイも家族達も笑い合っていた。
詩乃はあえて海の魔獣の話はしなかった・・まぁ、いつかは出くわすだろうが・・頑張れよ・・な、気持ちだ。
オイの妹ちゃんも11歳になり随分と体も丈夫になった、今は家事を一手に引き受けて頑張っている。お婆さんも詩乃の水が体に合ったのか、腰も良くなり若返ったと評判で、しっかりと子供達を支えて父ちゃんやオイの留守を守っている。あの赤ちゃんももう4歳だ、他人の子は成長が早いと言うがシミジミするなぁ、お姉さんは・・。
あの生意気で、雀斑だらけのオイが・・立派になって・・ヨヨヨ。
そう、オイは見かけは大層立派になった、16歳ながら身長も180センチオーバーとなり全然可愛くない。もとから可愛くは無いが身長がドンドン引き離されて、なにやら偉そうに大人ぶって来るので詩乃は面白くない、鼻がツンッと上を向いているのも面白くない・・。何だか相変わらず、当然のように詩乃の店に出入りしていて、ご飯も食べて行くし、食べたい物のリクエストまでしてくる。
・・・面白くない・・・。
裏庭が草ボウボウなので
「こんなに草生やしておくなら、ピザの焼ける石窯でも置きたいなぁ」
と独り言を言ったら、なんだそれ美味いのか!?と食い付いてきて、周りの大人を巻き込んで石窯を作る羽目になった、実行犯はオイなのである。
それ以来、事あるごとにピザピザと五月蠅い、特にサラミを乗せたスパイシーピザが大好物だ。
だから船が出港する前に、差し入れにピザを焼いて持って行ってやったのだ。
別に特に思う所は無い只のご近所の親切心だ、それなのに何だか妙な噂をされているのが不愉快だ。
=シ~ノンは、オイに気が有るし、オイはシ~ノンに岡惚れだよ。=
狭い町だからね、その手の噂は御馳走だ、ほかに話す事が無いからね。
でも・・・面白くない。
オイは噂を否定する事もなくニコニコ笑っている・・それも面白くない。
「春になってトデリに戻ったら、またピザ焼いてくれよな!」
そう言ってオイは意気揚々と船に乗り込んで行ったが、肩幅が広くなり大きくなった背中が・・何だか非常に面白くない。チッ!ほんとは4歳も年下のくせに生意気なんだよ!
そうして天気が良く、空が高い気持ちの良い秋の日に・・。
オイはトデリの名産を沢山積んだ商船に乗り込み、ひと冬トデリの外で商売する人達と一緒に外の世界に漕ぎ出して行ったのだ。
*****
別段ピザの一件は死亡フラグになる事も無く、ひと冬商売に励んだ子爵様夫婦と坊ちゃん(2歳)と、オイ達クルーは無事にトデリに戻って来た。
・・・6日前の事である。
でもオイはすぐに詩乃の店に顔を出さなかった。
『王都で聖女様由来の、黒目黒髪の話でも聞いて来たかな?』
トデリも今までのように田舎では無くなってくるだろうし、詩乃を見る目が変わって来るのも仕方が無いかも知れないな。
・・ピザはどうしよう?
もうすぐ<春の女神のお祭り>だから、その時でいいか・・。
『まさかトデリが栄えて、自分の境遇がバレるとは思わなかったな~』
そんな事をウダウダ考えていた時、お店にオイの妹ちゃんがやって来た。
「あのね、オイ兄ちゃんだけど・・笑わないでね。内緒だって約束したんだけど、シ~ノンちゃんには知らせておいた方が良いと思って」
妹ちゃんが言うにはトデリに向かう最後の航海で、なんと海の魔獣に襲われたと言うのだ。
「何だか、ひし形に平たい体に細い手足がワサワサ生えていてね、その足に吸いついてくる小さな丸い皿みたいのが沢山あって」
『間違いない、奴だ!あのエイタコまだ生きていたのか!』
「それが船に這い上がって来るんで、ワサワサを斧でガンガン切っていくんだって。すぐに魔獣は離れて行ったそうなんだけど・・その切り取った足がね、オイ兄ちゃんの顔に引っ付いちゃったらしくて」
なんと!今、オイの顔は赤い点々のドット模様で、恥ずかしくて詩乃の店に行かれないらしい。
「ちょうど両方の頬っぺたの上に、まんまるの赤いアザがあってね・・笑っちゃいけないんだけど・・と凄くおかしくてね」
お祭りの頃には薄くなるだろうから、ピザを焼いてあげてくれたら嬉しいと、妹ちゃんは困った様に笑いながら言った。
・・・そんなわけで、お祭り当日である。
朝早くから良い匂いをさせている詩乃の店は、チビッ子ホイホイになっている。
「シ~ノンちゃん、で~き~た~?」「き~た~あ~?」
おい、チビッ子達よ・・・あんたら3分前にも来なかったか?
「うん、広場まで運んでくれるかな?沢山あるから重いかもよ?」
「大丈夫~~運べる~~。二人で運ぶ~~」「こ~ぶぅ~」
籠にナプキンを敷いてパイを乗せていく、チビッ子達の目はもう釘づけだ。
「これは辛いパイ、大人のパイ。こっちはクリームのパイ、子供のパイ」
「おれぇ、辛いのぉ食べれるよぉ~~」そうかい?ではトライしたまえ。
ドンドン運んでもらって、石窯の温度を確認して、今度はピザを焼き始める。
ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・ピザ・・・・何故か湧き上がるピザコール。
チビ達の目がギラつく。
お祭りの時だけね・・あんまりやると、リーのパン屋さんの営業妨害になっちゃうからさ。苦笑いしながらピザを焼いていく、汗が出てくる顔が熱い。
焼きあがったピザはどんどん広場の焼き物専用の場所に運んでもらう、石が焼いて有って保温ができるのだ。隣では豪快にモモウの半身が焼かれているだろう、ブラジルだかアルゼンチンのバーべキュウみたいだね。あらかた焼き終わって、窯に残る分だけになった頃おばさん達がやって来た。
「さぁさぁ、シ~ノンちゃんも着替えて、綺麗にしなくっちゃ。後はおばさん達が運ぶから、支度をしておいで」「支度を手伝おうか?一人で着られるかい?」
「もう!子ども扱いして!!」詩乃が口を尖らすと皆大きな声で笑った。
「さぁさぁ、急ぎな!お祭りが始まるよ!」
詩乃は急いで階段を駆けあがり、前日に用意しておいた<トデリの民族衣装>を手に取った。皆が手分けして作ってくれた、シャアクーラの花が刺繍された可愛い衣装。
詩乃はパイ作りの作業着をパッパと脱ぐと、洗浄の魔術を全身にかけ清潔にし衣装を纏った。
『髪はどうしようかな・・』
悩んだが1本にしていたおさげを梳いて、横だけ編み込んで後頭部に集め残りは後ろに流した。ショートカットだった髪も今では背中辺りまで伸びた、この世界仕様である。髪に布で作ったバララの花を飾る、黒髪に映える様に黄色いバララだ。ピンクは聖女様の色だからね、花も小さめだから不敬にはならないだろう。
鏡に映してクルッと回る、うん!可愛い!!・・・衣装はね。
自画自賛していたら、窓の外からリーの声が聞こえた。
「今行くよ!」
詩乃は元気よく階段を駆けおりた。
次回、小話集の最終回・・・お別れENDです。
オイ君のイメージは、カナダのフィギュアスケーターのケ〇ン・レイノルズ君です。鼻が可愛いよね。




