ヨイの話
若き彫刻家のヨイ君・・・海の女神像を造った人の話です。
僕はトデリの木工部で、主に彫刻等を担当しておりますヨイと申します。
昔から荒事が苦手でして、他の腕白な子供のように山に入ってウサギや鳥を採ったり、魚を釣ったりするのは・・もう大の苦手なんです。
ですから山には茸や山菜取り、海には貝や(ウネッてされると鳥肌が立ちますが)海藻を取りに行ったものです。家族からは食べられる物を(蛋白質的な)期待されていましたので、街から外れた鳥小屋の掃除の手伝いや、牧場でモモウの世話などで報酬を貰って家族に渡していました。鳥小屋の掃除は人気の無い仕事でしたが、掃除を怠ると病気が出ますからね、重要な仕事なんですよ?それに毎日通うと、ひよこ達が懐いて来て可愛いんです、鶏冠が出ると突っついて来るようになりますが。掃除をすると卵を貰えるんです、それは主に父親が食べていましたね。僕の口に入る事は無かったですが、家族が喜んでくれるので、まぁいいかと思っていました。
牧場ですか?ミルクを頂けます、朝が早くて大変ですが乳搾りは得意なんです。手先が器用なんですかね?モモウも僕が搾ると、痛く無いようで蹴とばされる事も有りませんでした。モモウに蹴られると大変なんですよ、酷い怪我をしますからね。
そんな子供時代でしたが、見習いの歳を迎えて困ってしまいました。
漁師も猟師もやりたくありません、血とか見たら怖いし、生き物を〆る事が出来そうに有りませんでしたから。いえ、お肉は頂きますよ・・美味しいですから。滅多に口に出来る事は有りませんが。
ですから父親や兄弟は漁師でしたが、僕は木工部に進みました。
木工部は大きい物でしたら、船を造る船大工や家を造る大工が有りますが、家は昔からの建物を大事にリホームして使いますので新築はほとんどありませんね。
小さいものでしたら家具とかでしょうかね、家具も大事に使いますので修理が多いです。新しく造るのは街の外に売る場合ですかね?先代の子爵様は商売が下手と言うか、乗り気では無かったようで僕達が造るトデリの家具は余り有名では有りませんでした。新しい子爵様には是非上手に商売を、家具を売り込んで頂きたいものです。
小さい物と言えば木で造られたボタンでしょうか、ボタンは僕の専業の仕事でした、重い木とか担いだり滑車を動かすのは大の苦手でしたから。作業場の隅で、一人静かに作業が出来るボタン造りは結構好きでした。
ところがです、皆さんもご存じのようにシ~ノンさんが素敵なボタンを王都から持ち込んだ為に、僕の造る木のボタンの需要が全く無くなってしまいました。
あの時は絶望しましたね、仕事が無くなってしまったんですから。
それに、たまにしか注文は有りませんでしたが<海の女神像>の彫刻も僕の仕事でした、それもシ~ノンさんに造って貰おうと偉い船頭の方達が話し合っていましたから。
これはもう、トデリから出て何処か別の街で彫刻の仕事を探すしかないと覚悟を半分決めていました。
それがですよ、シ~ノンさんは女神像が持つ石を造るだけで彫刻はしないと組合長に話をされたそうなんです。前と同じ様に、木工部で彫像を造れと。
それを聞いた時には、もう有難くて涙が出そうでした、だってトデリを出て行かなくて済むのですから。トデリの様な小さな街でも一杯一杯の僕ですから、よその知らない街で生きていける気がしなかったのが本音です。
組合長には「死ぬ気でやれ」と、カツを入れられました。
勿論、全力を尽くして頑張るつもりでした!女神像を造る為に母にモデルになって貰いました。父は良い顔をしませんでしたが、他に頼めるような親しい女性がいませんでいたので仕方が有りません。
1週間・・寝ないで(少しは寝ましたが)頑張りました。
女神様の指先、髪のひと房まで丁寧に、心を込めて造りました。
出来上がった像は、自分でも呆れる程に・・母に似ていましたが・・上出来だと自負しています。
出来上がった女神像を先ずはシ~ノンさんにお見せしようと、雪の降る中彼女のお店へと向かいました。僕は街の中を余り歩かない人ですので、新しくシ~ノンさんのお店が出来ていたのは知りませんでした。少し迷ってしまったせいで体に雪が積もっていたようで、そのまま入店しようとしてお店の女の人に、貴方ブラシを掛けなさい!と追い回されてしまいました。あの時は・・ちょっと怖かったです。
その時初めてシ~ノンさんにお目に掛かりました、この辺ではあまり見かけない・・何ですか?小さな子供の様な顔?とでも言うのかな?その・・彫りの浅い顔?をしていて、黒い髪と目が印象的な人でした。ホントに小さな人で、子供なのに遠い王都からトデリに一人でやって来ただなんて、ビックリするような事をして来た人なんだそうです。
女神像は気に入って貰えたようで、出来栄えに感心して盛んに褒めてくれるので素直に嬉しかったです。シ~ノンさんに褒めて貰えたので、安心して組合長にも見せる事が出来ました。
冬にする仕事ができ、家族も喜んでくれましたし・・あの時は幸せでした。
そう、王都から来た商人と言う方に合うまでは・・。
商人には良い感情が持てません、<夏の嵐の事件>の事も有りますしね。
あの悪い商人は執事と結託して、トデリの人達をだまし随分と悪辣な事をしてきたのですから。僕のそんな心配を余所に、商人・・パガイとか言う名の人ですが、何故か一晩で組合長と意気投合して上手い事丸め込み、随分と親しくなっていました。
そうして僕に、驚くような事を要求して来たのです。
<この一冬で、造れるだけ女神像を造れと!>
この冬に造船所で造る予定の船は全部で6艘、だから僕は6体の女神像を造るつもりでいました。それが突然の大量注文です訳が分かりません。
パガイと名乗る商人によると縁起の良いシ~ノンさんのボタンの話が、トデリの外の領都にまで広がりを見せているそうなのです。しかしボタンでは付加価値が低い・・大勢の人を巻き込み、仕事を生み出し儲けるのが大事なんだそうです。
【お前の女神像はイケている!売れるぞこれは!トデリから名産品を造るのだ!】
・・・と、叱咤激励を受けました。
確かにトデリの森で取れる樹液は、家具に使うと飴色に変化して大変に美しく、水にも強い特殊な樹脂になるのです。船に乗る女神像には相応しい素材と言えるでしょう、確かに名産となれるかもしれません。
でも、でも、出来るだけ沢山って何ですか?どうすればいいのです??いつも一人で作業をしていた僕は途方に暮れてしまいました。
そんな僕にパガイさんと組合長が、お前のアシスタント件マネージャーだと言って女性を連れて来ました。山の手で大きなパン屋を営んでいる家の娘さんで、名前をシリィさんと言って大変にお美しい方です、計算に強く人を動かすのが得意なのだそうです。
シリィさんの作って来た計画書を見て驚きました、彫刻の分業など今までした事が無かったものですから。職人の一人としてはとても納得の出来る事ではありません、作品造りを他の人とシェアするなんて。言いたい事も上手く言えず、ただ俯くだけの僕にシリィさんは言いました。
「今年トデリでは海難事故や、魔獣の襲撃で被害が出てしまいました。大黒柱を失った家族は、もう食べる事さえ困っています。今は近所の人達で助け合っていますが、冬を如何にか越しても・・その先には春の飢えが待っています」
そうなんです、どうにか冬を越せても春に撒いた種が成長し、食べられるようになるまでの時間、春先が一番苦しい季節になる事は周知の事実なんです。
「その前に女神像を売る事が出来れば、現金収入もしくは現物の支給が受けられれば、どんなにトデリは救われる事でしょうか」
そこまで言われてしまったら、僕の小さな職人としての矜持はとても保てなくなりました。でも、シリィさんは約束してくれました。最終的に、僕がチェックして納得した像だけを商人さんに売ると・・。
『女神像のモデルは母さんなんです、不細工な像なんて許せませんから!』
その日から、僕は工房に籠りひたすら女神像を造りました。
部屋には粗削りした木像が沢山立っています、見習いの子や引退したご老人が作った物です。この粗い削り出しの中から、美しい女神像を造り出していくのが僕の仕事です。僕の仕事が終わると今度はヤスリかけと樹液を塗る作業の為に、寡婦組合や老婦人会の皆さんの手に渡ります。確かに流れ作業の分業ですが、皆さん真剣に心を込めて作業なさっています。こんな方法を考え出したシリィさんは本当に凄いなぁと思いました。
疲れて机に突っ伏していると、いつの間にか暖かい毛布が体に掛けられた居ます。?っと、思って部屋を見渡すと、机の端の方に籠に入れられたバケットが有りました。シリィさんの心使いでしょう有難い事です、シリィさんのご実家はパン屋さんで白い美味しいパンが売りのお店なんです。
いつも一人で作業していましたが、今も工房に一人でおりますが・・それでも一人じゃ無い様な、トデリの皆さんと一緒に頑張っているような・・そんな気持ちがしたものです。
春の海明けまでに・・1体でも多く造ろう、僕はそう思いました。
「どうだ?作業は捗っているか?」
樹液を塗った完成品は木工部の倉庫に並べて乾燥させてある、組合長は心配性なので吹雪いていない時にはよく顔を覗かせては確認している。
「それなんですが・・何というか~~~」
「なんだ?問題でも発生したのか?」
いえ、そう言う訳ではないのですが、倉庫番の若い衆はそう言うと。
「此方が初期に造られた女神像、此方が最近の物です」
若い衆は二柱の女神像を持って来て並べて見せた。
・・・ううぅぅむぅ。
・・・・ねぇ?
2人は顔を見合わせる。
初期の女神像はヨイの母親によく似た面立ちをしていたが、最近のはシリィの顔にそっくりだった。
「まぁ、問題はあるまいよ」組合長はそう言って苦笑いした。
ヨイ君にも、春~~~よ、こい!




