夏の嵐
B級聖女の日常・・・アクアマリンの後編、遭難しかけた舟側のお話です。
オイ達の父親であるベテラン船員のシイ父ちゃんは、マストの見張り台の上で雲行きを見張っていた。
この地方では夏の終わりの頃に厄介な嵐が突然来る事が有るのだ、船乗り達はそれを恐れて<魔王のくしゃみ>と呼んでいた。くしゃみの様に突然始まり唐突に終わる厄介な暴風雨、自然現象とはいえ余りの酷さに、魔王のせいにしたくなるのも無理からぬような気象なのだ。
『トデリまであと少し、このまま無事に港に入りたいものだが』
顔に疲れを滲ませて父ちゃんは呟いた、父ちゃんにとって今回の王領での仕事は本当に大変だったのだ。
いつも沢山の良質な毛皮を納入してくれる猟師の男が、突然ギックリ腰になったとかで港に来ていなかったのだ。他の毛皮業者達は自分の荷物だけで精一杯で、とても彼を助ける事は出来ないでいた。商人はせっかく王領まで来たと言うのに無駄足になってしまったし、猟師のギックリ腰男にしたって1年間の労働の対価をこの機会に得られなければ、冬を無事に過ごせる保証は無かったのだ・・双方とも大変困った事態となってしまった。そこで商人はトナカイにソリを引かせ、物々交換する品物を満載して、猟師が住む青い森の奥まで人員を派遣する事にしたのだ。
「おいシイ、お前行ってくれるよな?もし無事に返ってこれたら、借金をチャラにしてやってもいいぞ?」
この申し出に、シイ父ちゃんは難しい顔で考えた。
『青い森の奥は毛皮の本来の持ち主・・大きな動物の他、肉食獣や魔獣が沢山生息していると聞く、素人が踏み込んで生きて帰れる保証は少ないだろう。それにガメツイ商人の事だ、もし失敗して俺が返って来なかったら、その負債を子供達に負わせるつもりだろうさ』
生意気だが可愛いオイ、身体の弱い娘、まだまだ小さな息子・・それに女房が命がけで産んだ赤ん坊を奴隷になんかに出来るものかよ!
だからシイ父ちゃんは王領の代官にも立ち会ってもらい、子供に負債を負わせない事を誓約させて、証人も揃えて誓いのメダルを割って商人と1欠片づつ持つ事にした。誓いのメダルは、平民でも使える魔術具だ。
今回の場合は<シイが荷物を持ち逃げする事なく商売を完遂する事、魔獣など凶暴な動物に襲われて、荷物と命を失った場合は負債を子供に負わせない事>を誓い合って半分ずつ持ったのである。どちらかが裏切った場合は、メダルが発火して命を失う羽目になる・・結構怖いメダル(魔術具)なのだ。
まぁ、商人本人はメダルを持つ事も無く、奴隷の男が代わりに持たされていたが。
それでも、同郷の男達がその場達に立ち会って見ていたし、万が一の場合は子供たちを守る為に証言すると約束をしてくれていた。
シイ父ちゃん自身は平民で魔力も少なかったが、特殊スキル持ちであった。
何故だか解らんが無闇矢鱈に動物に好かれるのだ、今回だって初対面のトナカイ達が熱烈歓迎してくれた。御蔭で嫌がらずにシイの指示に従順に従い、快調に青い森を飛ばして走ってくれている。そんなに便利なスキルがあるのなら、陸の上の仕事をした方が良かったんじゃないか?と良く言われるが・・好かれるのも程度問題だ、モモウにあれほど懐かれたら、とてもその肉を食べる気にはなれない。
『・・・モモウ美味いし』
好かれるのは何故か陸上の動物だけで、水の中の生き物には反応が無かった。それで船員の道を選んだ、心優しき食いしん坊のシイ父ちゃんだ。
途中何度か肉食の動物に出会ったが、腹が減っていなかったのか不思議とシイ父ちゃんを相手にせずに立ち去ってくれた。そのまま一昼夜走り続けて、ようやっと目的のギックリ腰男の家が有る集落にまでたどり着いたのだ。1年の儲けを諦め切れないでいたギックリ男は、父ちゃんの来訪を涙を流して喜んでくれた。こうして無事に交易は済み、2日間の休養を挟み、今度は港に向けて走る事となった。帰りは荷物が嵩張らないので少しは楽だが、やはり気の抜けない一昼夜には正直ゲンナリする思いだ。
杖をついて見送りに来たギックリ腰男が、不思議そうにシイの襟に付いているボタンを見た。
「こは?なんだんじぇ?」
「これか?俺の娘が航海の安全を祈って付けてくれたお守りだ、俺の街で流行っている物らしい。陸の旅にも効くのかな?往に狼を見かけたが寄って来る事は無かったんだ」
「・・そんだか、なんだぎゃ心地えい感じぃがするの。大事にするがえい、来年んだば王領にも持って来ちょって売ってくんない」
そんな約束をして、シイは港に引き返して行った。
「お守りか・・。しかし、あの商人には関わらせたく無いな。たしかオイの友達の、小さな女の子が作っていると聞いた」
あの商人は駄目だ、根性が悪すぎる、がめつい奴でトデリでも嫌われている男だ。子爵の執事の紹介か何かは知らんが、毎回無理な航海スケジュールを組んで来て船員泣かせの奴だ。今回だって女房の薬の借金がなけりゃ、奴の船になど乗る気など無かったのだ。
『素人のくせに、操船にまで口を出して来る奴は好かん』
****
無事に港に帰り着いて晴れて借金を清算し、トナカイ達と涙で別れを惜しんで、シイ父ちゃんの乗る船は出港して行った。お守りの事は、シイ父ちゃんの胸の内に仕舞われてトデリに向かっていったのだ。
航海は順調だった、このまま進めば夕食は家族で囲めるだろうと思っていたのだ。
『赤ん坊はまた大きくなっただろうな、女房によく似た明るい茶目が可愛い娘だ』
しかし、そんな父ちゃんの願いも虚しく、水平線の間から禍々しい黒い雲が湧き出て来てしまった。
「魔王のくしゃみが来るぞ!!マストに上がれ!迎え風になる前に港へ逃げ込むんだ!!」
どのくらいの間、嵐と闘っていただろうか。
健闘虚しく商船は波に翻弄され続けていた、空が暗すぎて港・・トデリの位置が解らないのだ。まだ今は海からの風だが、山から吹き返された向かい風を受けたら沖に流されてしまう。沖に流れる黒い海流に捕まれば、遠く異国の地まで運ばれてしまうのだ。その異国はクソ意地悪い国だそうで、流されて来た船を拿捕し、船員は奴隷にすると聞いている。
「冗談じゃぁ無いぞ!子供達を残して、そんな異国くんだりまで行っている暇など無い!」
操舵輪を精一杯動かし波頭に船先を向ける、横波を食らったら転覆の危機だ。
隣で一緒に操舵していた男が、力尽きた様にガックリと膝を折ってしまった。
体がガタガタと震えている、体温が下がりすぎているようだ。無理も無い、夏の海からいきなり厳冬の嵐を浴びせられている様なものだから。
「ここは大丈夫だ、早く下に降りて毛布をかぶり暖を取れ」
俺はそう命令した・・低体温は命にかかわる危険が有る。
それなのにだ!その男はキャビンから放り出されるように甲板に戻されてしまった。あの業突く張りの商人が、腕を振り回し叫んでいる!
「怠ける事は許さんぞ!こっちは高い金を払っているんだ!!働け!船を港へ向かわせろ!」
一瞬、殺意が湧いた・・クソッタレが!!海に投げ込んでやろうか!
その時だ、暗闇の中に弱弱しい光が照らし出されたのは。
「導きの輝きか?あっちがトデリだ!」
トデリからの光に船員たちの士気は上がった、とにかく波をかわしながら少しずつでもトデリに近づいて行くしかない。
「光が弱いな・・あれじゃぁ、方向が確認できん」
導きの光は弱弱しく、時に点滅を繰り返し・・だんだん光っている時間が短くなって来た。
「こりゃあ、起動しているのは子爵じゃねぇな、あの人の魔力はもっと力強かったし光りも遠くまで届いていた」
子爵の所の坊ちゃんと俺は竹馬の友として、海や山で暴れたものだった。坊ちゃんは魔力を使って、大きな獣をよく狩っていた・・懐かれる俺を囮にしてだ・・酷い。こんな弱っちい光の筈は無い!畜生、誰だ光らせているのは。
「どうなっているんだ!もうすぐ吹き返しが来るぞ!衝撃に備えろ!」
そう怒鳴った時だった、トデリの方角から船に向かって眩い光の道が走って来たのは。
「なんだ!これは!!」
はじめてみる輝きに驚きが隠せない・・しかし、その光の向こうに、うっすらとトデリの街が浮いて見えた。
「導きの光だ!舵を切れ、帆を合わせろ!みんなでトデリに帰るぞ!」
船員たちは最後の力を振り絞った。
<魔王のくしゃみ>は唐突に終わる、船員たちは脱力しデッキにへたり込んでいた。それでも、どうにか商船を港に着けると、大勢のトデリの人々が押し寄せて来て船と俺達の生還を祝ってくれた。
・・その後が、大変だったのだが。
*****
<導きの光り>事件の詳しい話は、息子のオイから聞いた。
オイは導きの光が弱いのを心配して、水を配っている女の子と2人、子爵の館まで行ったそうなのだ。
息子のオイはまるで吟遊詩人でもあるかの様に、饒舌に事件の一部始終を熱く何度も語っていた。子供達は大喜びで、大人達も満更でもなさそうに聞いている。
そのオイが言う事には。
<導きの光り>の魔術具を子爵に無断で起動させた執事は、魔力が弱くて碌に光らせる事も出来ないくせして、助けに来た女の子の顔をグーで殴ったそうなのだ。
「お前などの助けは要らん、引っ込んでいろっ」と怒鳴って。
女の子はぶっ飛ばされて、壁際までゴロゴロと転がり頭を打ってしまったとか・・。どこまでが本当なのか解らないが、目撃者はオイだけだから口の挟みようがない。
「貴族じゃない奴は魔術具に触れるなーーとか怒鳴ったくせに、シ~ノンの光の方が凄かったんだぜっ!眩しすぎて、しばらく目が良く見えないくらいだったんだ。でも、それを見た執事の奴が怒り狂ってさ!突然叫んだんだ!」
オイは此処で息を整えると鬼の形相を作り、大声で叫んだ。
「殺してやるーーーー」
「キャーーーーッ」
子供達もつられて叫ぶ、もう大騒ぎだ。
オイは派手に腕を振り上げて、女の子に詰め寄る仕草をし・・
「そしたら新米兵士に後ろから羽交い絞めにされてやんの、間抜けだねアイツ弱っちいしさぁ」
もう、執事・・ぼろ糞である。
だから、俺は窓から叫んだんだ。
「助けてーーシ~ノンが、殺されるーー」って!
オイ・・もう絶好調である。
その後の話は、大人の方が正確に語れるだろう。
事はオイが語るように単純には片付かなかった、子爵の館に無断で大勢詰めかけた平民に対して、執事は半狂乱で怒鳴り散らした。無礼者だとか、平民のくせにとか罵詈雑言を。
漁師の顔役の小母さんが、倒れて意識の無いシ~ノンを此方で預かると申し出た。
しかし執事は「この者は子爵の留守を預かる自分に反抗した極悪人だ、館の地下牢に拘留し裁きを受けさせる」とか言い出した。
これには小母さん達が反発した、何故船を救った者が極悪人なのかと!
執事は益々怒って兵士に命令した、この痴れ者達を追い出し小娘を地下牢に連れて行けと。
・・しかし、兵士達は動かない・・動けない。
小母さん達の怒りの目に怯えて、コソコソ隠れる様に隅の方に移動している(笑)黒平虫の如くに。睨みあっている内にいつのまにか嵐は過ぎ去って、商船が港に戻って来た。兵士達は遭難者の発見と、その救助に行かなければならない。
執事が振り向いた時には、もう一人の兵士も残ってはおらず、皆海に向かって移動していた。
・・そこに空気を読まずに出しゃばって来たのは、商船のオーナー、あの業突く張りの商人だった。彼は恥知らずにも、低体温で亡くなった船員の賃金を踏み倒すつもりなばかりか、偽の借用書を偽造し残された遺族を奴隷としてもらい受けようと、執事の了解を取り付けに子爵の館までやって来たのだ。
治める地域の平民が奴隷に落ちる時には、その地域の代官に届けを出さねばならない。前代官の子爵様は高齢の為、その様な重要な決済も執事に任せていたらしい。商人は子爵様が代替わりをした事も知らず、以前と同じつもりで館まで来たようだ。
これにはトデリの住民全員が怒った!故人の葬式も済んではおらず、悲しみも癒えないうちに、なんて事を言い出すのだ・・・と。
だいたい彼が借金しているなど、聞いたことが無い!その借用書は本物なのか?
嵐の後で、気の立っている住民が商人に詰め寄った。
さすがに業突く張りの商人も困惑し、執事に助けを求める様に視線を送った。
<今まで何回もやって来た事では無いか・・・どうにかしてくれ>と。
住民が借金する時には、保証人として代官のサインが要る。オイの父ちゃんも借金する時には、子爵のサインを貰っていた。これは借金を踏み倒す事が無い様にする為と、貸した側が法外な利息を徴収しない様に見張る意味合いが有るのだ。
「もしその借用書が本物なら、子爵様の所に控えが有るはずだ。出して俺達に見せてみろ!」
街の世話役が言い放つ、基本脳筋なトデリ男の只じゃ置かないぞオーラが恐ろしい。
勿論、今回は急な事なので、そんな物は用意していなかった。
・・・困った執事は・・
「そうだ、代わりにこの小娘を持って行け、どこにも寄る辺の無い者だ後腐れもなかろう。どうだ、お前たちも、それなら文句はあるまい」
厄介払いと口封じに、詩乃を差し出そうとした・・。
あくる日、領都に滞在する子爵様の所に<夏の嵐>の報告が来た・・兵士達からと街の世話人達の両方からである。嵐の経過と被害の報告、街葬の開催のお願い・・と共に、最後にこんな一文が有った。
【執事とメイド頭・悪徳商人の3名が、街の有志によって館の地下牢に拘束されています。彼らには文書の偽造、並びに違法な人身売買の疑いが有ります。至急調査とお裁きお願いします】
執事・・・陰険針金執事は思った以上に悪い奴でした。
お裁きは、詩乃が思っている以上に厳しいものになるでしょう。
詩乃は聞きたくも無いでしょうが。




