オイの話
B級聖女の日常のアクアマリン・・・に出てくる、小生意気な少年<オイ>君のお話です。
オイ君の語りです。
俺の名前はオイ12歳だ、見習いの歳には1歳足りないが、家庭の事情って言う奴で魚の加工場で働かせてもらっている。
そもそもの不幸の始まりは、母ちゃんが下の妹を産んだ後に体調を崩して寝付いてしまった事だった。高熱が続き、おっぱいは張るが乳は出なくて、母ちゃんはとっても苦しそうだった。
父ちゃんは遠く領都?とか言う所の、よく効く薬と言うヤツを高い金を出して買って来たのだが・・大変残念な事に母ちゃんは死んじまったのだ。
俺は・・。
俺は、とっても悲しかったんだけれど、泣いている暇は無かった。
だって大泣きしている妹や弟、何も解らずバウバウ言っている赤んぼを守って行かなければならなかったからだ。長男ってのは大変なんだぜ!
残された弟妹は、上の妹が7歳・弟が4歳・・それに生まれたばかりの妹だ。妹を養子に出すって話もあったっそうだが、上の妹は体が弱くて弾かれた。ましてや生まれたての赤ん坊など、いつ神様に摘ままれて、空の上に持って行かれるか解らない存在だ。結局俺達兄弟はお婆さんを頼りに、お婆さんを出来るだけ手伝いながら、自分達が大きくなるのを待つしか生きて行く方法が無かったんだ。
父ちゃんは・・父ちゃんには傍に居て欲しかったが。
母ちゃんの薬には高い金が掛かったらしく、仕方がなく父ちゃんは商人に借金をしてしまったんだ。だから王領までの危険な航海の船員をしながら、少しずつ返済するしか方法がなかった。だから俺達子供を家に残し、心配でも留守にするしか無かったんだ。借金は恐ろしいんだぜ、もし返せなかったら奴隷として売られても文句は言えないんだ!!だから俺達兄弟は我儘など言わずに、お婆さんを助けて、このトデリの街で待っている事を父さんと約束をしたんだ。その代りに父さんにも約束してもらったんだ、決して俺達を残して死んだりしないと。
近所の人達は俺達にとても良くしてくれた。
赤ん坊の妹は、近所に赤ん坊を生んだばかりの若奥さんがいたから、乳を貰い受ける事が出来てスクスクと育っていった。若奥さんはモモウのようにお乳が出る人で、乳兄弟が出来たと喜んで快くおっぱいを譲ってくれたんだ。俺としても、長男の責任から「お礼の一つもしなければ」と、海に潜り妊婦さんの身体に良いとされている、牡蠣やウニなど採って来て若奥さんに渡していた。奥さんは大変喜んでくれるのだが、半分はオイ達がお食べよ・・と返してくれた。本当に!何て良い人だろうか!
俺が将来もし結婚するとしたなら、気は優しくて・・お乳が沢山出る人が良い・・と思う。赤んぼの内に亡くなる原因は、乳不足が多いと聞いてるからな。とにかく若奥さんには感謝・感謝だ。
困った事は・・まだあった。【水】だ。
水は井戸から汲み上げているが、その井戸は地域に1つ、約10軒くらいで使っている。早朝には1日に使う分の水・・台所仕事や庭の野菜の水だとか・体を拭くなどなど。生活用水を釣瓶で汲み上げて桶に移し、家まで慎重に運び水瓶に入れておかなければならない。汲み上げるのも、運ぶのもなかなかの力仕事だ。特に小さな子供には大変な労力だ、でも家の水瓶に水が無ければ料理も出来ないし、顔も洗えなけりゃ歯も磨けない。今までは俺が朝早く起き、近所の皆が出てくる前に汲み上げ運んでいた。
しかし、今我が家は現金収入が激減しているから・・父ちゃんの賃金は、出航前に半金・返って来てもう半金支給されるのだが、その中から薬代の借金を支払うと実入りはかなり少なくなってしまうのだ。だから俺が見習いの身分で僅かな日当を稼ぐのも、今や貴重な我が家の財源なのだ。出来れば俺は加工場の仕事に早く行きたい、加工場では小さな魚や形の崩れた物など・・加工から弾かれた廃棄物は貧乏人の夕食に分け与えられるので、其れも魅力だったしな。
しかしだ・・どんなに頑張って時短しても、水を汲んでいると加工場の仕事に遅れてしまう。大人達は俺の境遇を知っているので、厳しく注意もされないが・・。
問題は同年代の金持ちのボンボンだ、奴はしっこく上から目線で遅刻した事を偉そうに説教して来る、これは俺としては大変に面白くない話だった。
そんな時だ、変な店をやっているえらく小さい女の子が、この前のベリー狩りの青熊騒動の時に、可笑しな魔術を使い魔獣を撃退し、その後やはり魔術で水を出して顔を洗っていたんだと聞いたのは。
『魔術で水が出せるだと?わざわざ汲まなくても良いのか?』
それは、俺にとって凄く魅力的な情報だった。
・・・だから勇気を出して、女の子の店まで行ってみる事にしたんだ。
『何といって頼もうか・・相手は魔術を使うから、貴族なのかも知れないし怒られたりしたらどうしよう』
それでも、どうにも困っていた俺は、とにかく<店>の前まで行ってみた。大通りから少し離れた人通りの少ない狭い路地の奥に有る・・何やら怪しげな感じな店だった。ヤバい者でも売っている感じか?
こじんまりとした小さな店で、貴族の店にはとても見えないが・・やっぱり入りにくい。
店の前をウロウロしていたら、いつも嫌みを言ってくる金持ちのお坊ちゃんが向こうから歩いて来た。
『ヤバい!』
オイは咄嗟に店の中に滑り込んだ、あんな奴に姿を見られるのはまっぴらだ!
勢い良く店に入って窓の影に隠れた為、店内の<おばちゃん達>にガン見されてしまった。
『うっ、これはこれで苦手だ!』
おばちゃん達の群れの中に、小さな女の子を見つけた・・あの子が<例の水だし女>なのだろうか。確かに低い鼻や小さな目は、この辺の人間と違う・・何より黒い髪と目が異質な感じだ。
何時までもモジモジしていて何も話さず、不審者の様な俺に女の子の方が話掛けて来た。
「な?」
「へっ?・・な?」
「あぁ、この子はまだここいら辺の言葉に慣れていないから、少しばかり変なんだよ。何か用かと聞いているのさ」
おばちゃんの通訳が入った、助かった・・・。
俺は軽くパニックになりながらも、事前に考えておいた<水をお願いするセリフ>を・・80%は改悪し、偉そうに上から目線で女の子に頼んでしまった。だって自分より小さな女の子に、頼み事をするのが男としては恥ずかしかったからだ。まぁ、少年の小さなプライドと言うものなのかな?
女の子は「はぁ☈」と、眉間に皺を寄せて不愉快そうに聞いていたが、おばちゃん達の援護魔弾攻撃に助けられて、どうにかお願いする事が出来たんだが・・あの時に断られなかったのは・・今思うと奇跡の様だったな。
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シ~ノンは約束通り翌日の早朝には俺の家を訪問してくれた、母さんが亡くなってから中々掃除の手が回らず、埃っぽい家では有るのだが俺達の大事な思い出が詰まった大切な家だ。シ~ノンは改築した店に住んでいるのにも係らず、俺の家を馬鹿にする事も無かったな。
水瓶を見て「おおぅ、ドラム式洗濯機・・」等と、意味不明な言葉を漏らしてはいたが。
シ~ノンが水瓶の上に、青い透明な綺麗な石を掲げると・・不思議な事に底の方からミルミル水が湧いて出て来た。それも只の水ではないようだ、この辺の水は薄茶色で海に近いせいなのか少し塩辛いんだ、水を飲んで喉が渇くほど塩辛くはないのだが。13歳で見習いになると、水の代わりにビールを飲むようになる、水より衛生的で安全だからだ。
それがシ~ノンの水は、無色透明で匂いも無い。
おそるおそる俺は・・透明なシ~ノンの水を、家族を代表して飲んでみる事にした。弟妹達もお婆さんも、俺をガン見している・・心配なのだろう。魔術は貴族の専門で、ここら辺では見かけないし、何か胡散臭い様な、まやかしの様な、怖い感じがするものだからさ。
シ~ノンは王都から追放されてトデリに来たって噂だったし、あんな間抜けな顔をしていても、実は極悪人なのかもしれない・・な~んて噂話も、まことしやかに囁かれていたしな。
でもシ~ノンはどうでも良さそうに、眠そうに大欠伸をしていた。ファ~ッ。
水を入れたお椀を睨み付けて、俺は覚悟を決めて一気に水を飲み干した。
「美味い!こんな美味い水、俺初めて飲んだ!」
水は何故か少し冷たくて、暑い今の季節には何よりも有難い。
俺の笑顔で安心したのか、弟妹達も次々と水を飲んでいく。此処の所、満足に水を汲め無かったので、皆喉が渇いていたのだ。この水なら赤ん坊にも飲ませて大丈夫そうだ、今まで湯冷ましを作るのも手間だったし、沸騰させることで塩辛さは増してしまうしな。下の赤ん坊の妹も、美味しそうにフックンフックンと飲んでいる。
お婆さんは感激して涙を流しながらシ~ノンを拝み始めた、シ~ノンは驚いてお婆さんから逃げ回っている(笑)。
久々の明るい笑い声に、隣の老夫婦が心配して覗きにやって来た。
このところの暮らしがあんまりにも辛くて、頭にきたんじゃぁないかって?
失礼な爺婆だな!
妹が美味しい水なんだと自慢げに説明して振舞い始めた、ちょっ!不味いかもしれない。
シ~ノンとは、まだお礼をどうするか決めていないし、隣の老夫婦の分も頼めるか解らないのに、勝手に話を広げて怒りだしたらどうしよう?でも・・そんな心配はいらなかった、シ~ノンは爺婆に水を配る事を快く?(少し微妙な顔で)引き受けてくれたんだ。
そうして今では、下町の全家庭に水を配って歩いている。シ~ノンの水は美味いし、水汲みの様なキツイ仕事も省ける事が出来て、主に子供と若い者・水汲み作業メンバー達に喜ばれている。
シ~ノンは無報酬で配っている。
これだけ美味くて安心な水なら、商売にしても儲かるだろうに。
俺の心配を余所に、今日もシ~ノンは飄々と水を配っている。
水を貰う下町の大人たちも、気を使って交代でシ~ノンにお福分けをしているようだ。魚の干物や家庭菜園で出来た野菜、着られなくなった服なんてのも有ったっけな。シ~ノンは貴族の出と聞いたが、お古の服を嫌がりもせず喜んで着ていた。それがシ~ノンに似合っているかどうかは・・別の話だろう?
俺はシ~ノンに、何も返せる物が無いので肩身が狭い。
シ~ノンは気にしている様子はないが、男としては不甲斐ないと感じている。
シ~ノンは自分の歳を絶対言わないが、背丈は12歳の俺より小さいし、多分妹より少し大きいくらいの歳なのではないだろうか。まだ子供なのに、身寄りも居ない街で一人暮らしなんて、寂しくないのだろうか?家族は心配していないのだろうか、それともいないのか?
シ~ノンは時々、家族連れで楽しそうに歩いている人達を、寂しそうな羨ましそうな顔で眺めている事があるんだ。
俺も母ちゃんが死んじまったからな、少し気持ちは解る・・・。でも、俺にはまだ父ちゃんも、兄弟もお婆さんもいるからな、シ~ノンの抱える寂しさを本当には解らないだろう。だからシ~ノンが寂しそうな時には、ワザとからかって怒らせる様にしているんだ、怒っている時のシ~ノンは実にイキイキとしているからな。そう妹に言ったら、「はぁ、お兄ちゃんは、子供なんだから~もぉ~」って言われた。チビのくせに生意気だな、だから女は苦手なんだ。
シ~ノンは海産物が好きだ、俺が海に潜って雲丹や牡蠣や魚を採って持って行くと、すごく驚き喜んでピョンピョン跳ねる、それがウサギみたいで可笑しくて可愛い。そうして、子爵様の料理長ボフ小父さんに習ったんだと言って、俺達家族の分まで料理を作ってくれるんだ。お婆さんの分は、少し柔らかく仕上げて別の鍋に持たしてくれるんだぜ。優しいよな~。
それがもの凄く美味しい!いや、もちろん・・母ちゃんの料理には敵わないがな。妹はシ~ノンに料理を習っている、お婆さんはこのところ腰が痛くて動けないからな、お婆さんの代わりに料理を作れるようになりたいんだと。
朝早く、裏口をそっと開ける音がする。
シ~ノンが水を配りに来たんだ、俺はその音を布団の中で聞いている。
お礼を言おうと1度起きて行ったら、オイは加工場の仕事が有るんだからまだ寝ていて良いよ、って言われたからな・・・。
だから、布団の中で今日も思うんだ。
「有難う、シ~ノン」って。
詩乃が思っているより、下町に貢献していたようですね。
美味しい水は、何よりの宝ですもの。




