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B級聖女 小話集  作者: さん☆のりこ
11/29

トデリに着きました

今度こそトデリ上陸です。

「知らない天井だ・・」

ついに言ってしまったよ、異世界トリップのお約束。


詩乃はゆっくりと起き上がる、頭がクラクラはしない大丈夫のようだ。

ぐうぅ~っとお腹が鳴った、随分と腹ペコの様だ、そう言えば海の魔獣に追われて逃げていたんだっけ。だんだんと思い出して来る、口の中がえらく不味いのは、あの得体の知れない紫色のジュースのせいなのだろうか?二度と口にしない事を此処に誓おう、断じて飲まんぞ、あんなクソ不味い臭い液体は・・素材は怖くて聞く気にはなれない。



 ぐるりと見回せば客室のようで、質素ながら整えられた部屋だった。

王宮やスランとは違い木を使っている家具が多い、珍しい事に床も木張りでフローリングみたいで懐かしい。思えば今までは建築の基本素材は大理石で、温かみのある木材は少なかった。木と紙の家・・大昔の日本の話だが・・この屋敷の木と漆喰で出来た壁は、御爺ちゃんの古い家みたいで気持ちが落ち着く様だ。


ゆっくりと立ち上がって窓に近づく、屋敷は高台に有る様で港と海が眼下に悠々と広がっていた。

「ここの港の大きさは、安房小湊くらいかな途中で寄った小さな港町より、倉庫とかの設備は充実している気がする。鯛煎餅が食べたい」


北の王領との交易の拠点と言っていたっけ、此処ならお店とかも有りそうだ、良かった・・・。

港は見えるのだが、詩乃が乗って来たスクーナーが見当たらない。


「もうみんな、王都に引き返しちゃったのかな?ちゃんとお礼と、お別れを言いたかったな・・」

あの命がけの夜を共に過ごしたのだ、戦友と言っても過言ではなかろう。まぁ、来年になればまた交易の為にトデリまで来るかもしれない、お礼はその時で良いか・・。その時まで詩乃が彼らの顔を覚えていればの話だが。別に健忘症の訳ではない・・が・・此方の人の顔は似通っていて異世界人には区別が付きにくいのだ。急に髪型を変えて髭でも剃った日にゃあ、全くの別人に変身と言っても間違いでは有るまい、向こうから声を掛けてくれるのを祈るのみである。


「まぁ、いない者はしょうがない」


目先の課題に取り組む事としよう、海水でドロドロだった服は脱がせてくれた様だ、今は下着一枚の姿である。下着まで男物だしね、タンクトップにカップを付けて簡易ブラキャミを作ったのだ・・まぁ、あまり必要な装備では無いのだが・・胸的に。


風呂と着替えを所望したいが・・突然飛び込んで保護されたお屋敷で我儘を言っちゃまずいだろう。清浄の魔術具を使いたいが、道具どころか詩乃の荷物は目につく所には無かった。


「困ったり~」

クローゼットの中にもタンスの中にも無いんだけれど、私の荷物・・コンテナはどうしたのかなぁ?

困って部屋中を見回していたら、机の上に<ちょっとお高いレストランとか、ホテル何かにあるチ~ンと鳴らすベル?>みたいのが置いてあった。これを鳴らすと誰か来てくれるシステムなのかな?詩乃は恐る恐る鳴らしてみた。


<チイイイイイィィィィンンンンンンンーーーーーーー>


軽く振っただけなのに、驚くような大きな音が響き渡った!鳴らした本人もビックリして耳を塞ぐレベルである。後で聞いた話だが、あのベルは魔力の強さで出せる音の大きさが変わるらしい。


「なですのん?これは」

ビビッてフリーズしていたら、表情の無い能面の様なメイドさんがやって来た。


 すぐに解った、この能面メイドは敵なんだと。

ここしばらく貴族に会う機会も無かったから忘れていたが、メイドには貴族の血でも入っているのだろう。僅かだがノイズを放している、ほんの僅か・・真夜中の冷蔵庫くらいのノイズだ。こちらに敵意が有るのだろうが、詩乃の皮膚感覚には触らない、これほど魔力の弱い貴族関係者には初めてお目に掛かった。


メイドは不服そうに風呂の場所と、服は其処に置いてあることを告げて来た。

『乙女に下着姿で屋敷の廊下を歩けと?』

まぁいいや、シーツを借りて汚しているし、ついでに洗濯すれば良い。詩乃はハロゥイーンのお化けのようにすっぽりシーツを引っ被って、枕カバーを頭にかぶり得意げに案内を頼んだ。


能面メイドの目が冷たい、冗談が通じないタイプの人なのかな・・。


平民になれば、どうせこのお屋敷からも出て行く事になるのだろう、それまでの辛抱だ。我慢、我慢。

海の魔獣に比べれば能面メイドの塩対応など大した事では無い、怖いモノの基準が、かなり高く変になった様な気がするが。魔獣の怖さレベルが10なら、能面メイドなんぞレベル0・1位のものだ、可愛いものである。➁王子が3、駄犬が4、王妃様は12・・かな?


勇者にでもなった気分の詩乃は、シーツをマントのように旗めかして堂々と風呂場に案内された。テーマ曲は竜のク〇ストで決まりだね。お屋敷は王宮より遥かに古臭く、古城と言った風情だからだ。


意気揚々とお風呂に向かった詩乃だったが。

悲しい事に勇者詩乃の着ていた服は、確かに汚れ物だが、魔獣の粘液や海水を被ってべタベタだったし・・風呂場の端っこにゴミの様に放り投げ捨てて有った。


『パ〇ーのコスプレなのに・・』

でもまぁ、性別はいつまでも隠していられないから、今度はシ〇タのコスプレにでもしようかな?洗濯は皿洗いの要領でバーッと洗って、ガーッと乾かす。風アイロンだからね、皺もよらない優れものだよ。


お風呂は確かに暖かい湯で満たされてはいたが、残念な事に石鹸が無かった。

聖女様から貰った高級石鹸やお風呂セットはコンテナの中だしな、仕方なく詩乃は水を振動させて汚れを浮き立たせる事にした。何か以前そんな美容器具の宣伝をTVの通販番組で見た記憶があったのだ、水だけで綺麗になるんだってさ。やってみて驚いた、ビックリするほど垢が浮き出て来たのである。


『我ながらきったねぇ、海では10日近く風呂に入れてなかったからな』


皆に隠れて水浴びはしていたけれど、やっぱり短い時間では綺麗になり切れない。船員さん達は大変だよな、風呂もたまにしか入れないし、肌も潮に焼けて真っ赤だった。

詩乃はポケットに入れておいた<空の魔石>で、UV+4の日焼け止めをしておいたから普段のままだが、何の対策もしないで甲板に入り浸っていたら今頃日焼けで真っ赤っかになっていただろう。怖い怖い・・能面メイドより、日焼けの方が遥かに怖い。


風呂から上がると、ざっと風呂の中を洗い片付けて、お湯を・・抜けなかった。残り湯は、辺境ではどう使っているのだろう。仕方が無いのでお湯の中もざっと攫って綺麗にした。綺麗に洗濯したパ〇ーのコスプレに着替えて、風呂場の外に出る。能面メイドは汚れていた服が綺麗になり、乾いて着れる状態なのを見て驚いていた、ついでに洗ったシーツと枕カバーも渡しておく。能面メイドは頬をピクつかせていたので、何故だか内心面白くない様だ。


廊下の端の方で女性の使用人達が何人か集まって此方を伺っている、どうやらお風呂を沸かすとその後は使用人達が使う様だ。綺麗に掃除しておいたから・・そんな想いを込めて会釈すると、慌ててピヤッと壁の後ろに隠れた・・ハムスターみたいで面白い。


能面メイドに私物のコンテナの事を聞くと、何と裏庭に置いてあると言う。その裏庭に出るにはと、聞こうと思ったらサッサと歩いて消えて行った。素早い・・。

能面メイドが去って行ったら使用人の女の子達が寄って来た、さっき隠れたのは詩乃のせいじゃなくて能面メイドが原因だったらしい。

裏庭の場所とついでに・・いや、こっちの方が最重要案件だが調理室の場所を尋ねる。ここの屋敷は離宮より小さいので解りやすい、まず調理室に行かねばなるまい。あれから何日経っているのか、腹ペコちゃんで死にそうだ。



 調理室にはボフ小父さんと言う中年の調理人がいた、調理では何故にこうデカい人物が多いのか?重い鍋やフライパンを扱うせいなのか?ボフ小父さんは小山のように大きい人だった。詩乃が子爵様の客だと知っていた小父さんは、すぐに軽食を出してくれた。有難い。


流石、西洋風異世界の港町だね、フィッシュ&チップスだ。

外はカラッと中はジューシィに揚げてあって大変おいしい、詩乃はホッペをぺぺぺっと叩いて美味しいと意思表示する。

小父さんは当然だと頷いた、うん、出来る男って感じだね。小父さんは平民なのか、ノイズもチクチクも感じなかった。いいわ~~~このサイレントな感じ。

食べ終わった詩乃は、感謝してお皿を手で洗い調理室をお暇した。


   ******


 さぁ、大事なコンテナはどうなっているのかな?<空の魔石>で封印しておいたから、よほどの魔力の持ち主でなければ開けられないと思うけど・・。

コンテナは裏庭の、雨でも降ったら濡れそうな場所に無造作に置いてあった。

蓋をこじ開け様としたのか、魔力の残滓が感じられた・・このウッスイ魔力は能面メイドのモノだな。いや?もう一人開けようと魔力を当てた者がいる。敵は2人か、貴族崩れの使用人が二人いる様だ。

詩乃は指紋認証と呟くと、指先をコンテナに当て開錠した。コンテナの中から取り敢えずの着替え、お風呂セット、子爵様へのお礼の品などを出してまた封印した。このコンテナは防水・防湿・防圧・防魔力だからね、何処に置いておいても大丈夫なのだ。ちなみに詩乃に断りなく、持ち上げ運び出そうとするとアラームが鳴るよ。音は緊急地震速報の奴だ。


客室に戻って荷物を整理していると、能面メイドが来て告げた。


「子爵様が晩餐を共に、と仰っておられますが。如何なさいますか?」

目が断れと言っている、お前ごときが貴族の前に出るとは片腹痛いと。


「喜んでご一緒させて頂きますと、子爵様にお伝えください」

内心怒り気味なので活舌も会話文もスムーズだ・・本人は意識してはいないが。ちゃんと伝えて貰えないと困るので、魔力を軽く当てて牽制しておく。

能面メイドは顔を真っ赤にし、口を引き結んで屈辱を感じている様だ。

・・たかが平民の小娘が、とか考えているんだろう。


・・どうもこの能面メイドには、詩乃の黒目黒髪の意味が解っていないらしい。

こんな田舎には聖女様情報も流れてこないのか、それとも公爵や子爵が伏せているのか。どっちにしても髪を気にせず隠さないでいられるのは助かる。だって暑いのに帽子を被り続けてはいられない、頭が痒くなっちゃうもの。



    ****



 晩餐の時間が近づいて来た。

詩乃は初めて離宮でリメイクした若草色のワンピースを着て、靴も柔らかい革製の物を履いた。

女官長の用意してくれた服は、全部リサイクルショップに売っちゃったけどね、この服だけは記念に残しておいたのだ。何となく愛着が有るしお金に困れば売れば良いしね、髪は捻じって低い位置で結んだ、食べる時に邪魔になったら困るから。リボンはワンピースと共布で自作したやつ、上手く結べないと困るからリボン型に作ってピンでとめる様にしてある。鏡が無いので窓ガラスに映して姿を確認する、まぁ大丈夫だろう。

それにしても子爵様の屋敷?館?のガラス窓は、王都の平民のお店の窓と変わりない大きさだ。王都の大きな店の平民の主人と辺境の代官様では、どちらが財政豊かに暮らしているのだろうか?

これは・・あまり、子爵様の援助は期待しない方が良さそうだね。まぁ、はなから期待していないけどね。


ノックがあり、晩餐の時間だとお迎えのメイドが来た。

能面メイドではなく、ニコニコと笑顔の可愛い同世代の女の子だった。

見習いでこの館に勤めているそうだ、お母さんが館の掃除や洗濯を任されている使用人頭だとかで。メイドちゃんは詩乃の衣装を褒めちぎり、さすが王都のお客様は凄いですね~と感想を漏らしていた。


『お客様では・・ないんだけど・・ねぇ』


メイドちゃんに、贈り物の箱を持ってもらう。



「子爵様も奥様も、優しくてとっても良い人なんですよ~」


恐いのはメイド頭と執事様なんです・・・こそっと教えてくれた。

『人のコンテナを、こじ開けようとした二人か・・』


トデリでの暮らしが始まった。

何処にでもいますね、ヘイトさん。今度は2人組です。

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