詩乃の船旅~3
詩乃はかなり興奮していた。
スランまで来た船は大きかったので、窓の外の海は景色として認識していた。
しかし今度の船は小型なので海が間近に見える、景色では無くて皮膚に感じる、口を開けばショッパイ近さだ。船はあちらの世界では、スクーナーと呼ばれる帆船に似ていた。結界を張って風を受けるのではなく、人力でマストに帆を張り進むのだ。
『良いではないか、良いではないか!』
詩乃は漫画やゲームも好きだったが、本を読むのも好きだった。純文学みたいに難しいのは途中でリタイアしていたが、ラノベや冒険小説は好きでよく読んでいた。
特に!帆船時代の英国と仏国がドンパチしていた頃(いつも飽きずにしていたが)、ナポレオン戦争の時代。エビ野郎(軍服が赤かったから、茹でたエビからきている)カエル野郎(緑色した軍服でカエルを食べるから)と罵り合っていた頃の帆船小説が大好物だったのだ!帆船に乗るのは詩乃の長年の夢だった・・揺れている高い所は怖いのでマストに登れる気はしないが。気分は数々の帆船小説の船長だ!ヨ~ソロ~~~!
海を覗けば、船と競争するように泳ぐイルカ?が見える。
背ビレが波を切ってかなりのスピードだ!
『許そう!許すよ!イルカ達!聖女様はどうだか知らないけど』
大きな魚に追われているのか、トビウオの様な胸ビレの長い魚が空中を飛んでいく、キラキラ光ってとても綺麗だ。何匹か甲板の上に落ちて来た、採ったり~~。
賄いの船員さんのおじいさんが捌いていく、詩乃も水を出したりしてお手伝いだ。洗濯バサミみたいなクリップで、ロープに吊り下げて干物にしていく。晩御飯になるそうだ、でももうチョっと欲しいよね。
詩乃は海中を見つめて魚影を探す、何か大きいのが船の下を横切った。
庭師の皆さんに褒められていた(土木作業向きと言われていたが)土をひっくり返す要領で、海水ごと引き上げ(吸い上げ)る。
「どっこいしょぉ~~」
大量の海水と共に、大きな魚が甲板に落ちて来た。ド~~ンのビチビチビチ。
「馬鹿野郎!サメなんざ、採るんじゃねえ!!」
怒られちゃったよ・・・。
ここではフカヒレは需要が無いのかな?コラーゲンとか?お肌ツルツルだよ?
いいから、サッサと海に捨てろと言われてしまった。無念なり!
めげずに海を覗き込む、透明度が高いから良く見える、今度は小さな魚が群れている様だ。
「どっこいしょぉ~~」
烏賊の群れだった。怒り狂った大量の烏賊が墨を吐き甲板が大変だ。
「馬鹿野郎!おとなしく座っていろっ!」
むぅ、確かに惜しい、烏賊墨スパゲティを食べたかった・・・残念!
幾つかイカを残して、烏賊ごと甲板を水で洗い流すバイバイ烏賊ちゃん命拾いしたね、皿洗いより大雑把でいいので楽チンだね。烏賊は開いてやはり天日干しだ、軽く塩をして炙れば酒の肴にはピッタリだ、家の御爺ちゃんが喜びそうだ。
手伝っているのか、邪魔しているのか定かではないが・・・。
詩乃の航海は順調だった。
スランが横浜並みの国際港とすると、今の停泊地は勝浦くらいだろうか?
国内専用の港で北に向かうにつれて、こじんまりしてくる。船はスランで積み込んだ荷物を降ろして、また別の荷物を積み込んでいる。クレーンは無く人力だ、筋肉さん達が頭から湯気を出して荷物を担いで頑張っている。船からの狭いブリッジを渡り終えれば、桟橋に馬?が荷物を引く為に待機している。この世界は、一歩大きな街から離れると・・本当に人力・馬力頼みなんだな。
<王都の外は穢れの地?>
今のところ街に穢れた感じなどしないが、農地の肥料に人糞でも使うのだろうか?・・寄生虫が心配だね。・・うどんが食べたい・・。
船長さんは港の偉い人と話が有るとかで、副長を残して出かけてしまった。
残りの船員はニコニコしながら港町にお出かけだ、連れて行ってくれなかった、大人の時間なのだそうだ・・何やそれ。有り金毟られてしまえ!
「・・・ちぇっ」
詩乃が膨れていたら、賄いのお爺さんが食材を買いに行くから一緒に行くか?と誘ってくれた。
「嬉し!!」
詩乃は大喜びで、鞄を方に掛けて出かける準備をした。
船の食材で何より大事なのは水だが、この航海では詩乃が水樽に、天然水~っと補給しているので助かっていた。水代が浮いたのでいつもよりマシな食品を補給することが出来る、余計な事をしでかす子供だが愛嬌はあるし、菓子のひとつも買ってやれ・・との船長のお達しが有ったようだ。
お爺さんと徒歩で港近くの市場へと行く、店舗を構えているのではなく露天商ばかりだ。なんだか勝浦の朝市のおばあちゃん達を思い出すような、懐かしい様な良い雰囲気だ夕方だけどね。
スクーナーは大きい客船と違って、朝早く海に出て夕方には次の港へと入る。きっと航海用の魔術具も備わっていないのだろう、目視がすべての大昔の航海の様だ。
船員たちは交代で陸に上がって寝泊りするが、詩乃は船でお留守番の缶詰状態だ。陸でも海でも缶詰とはこれいかに、早く自由に1人でノンビリしたいものだ。
そんな事を考えながら、お爺さんが買った食材を、1輪車の荷物運びのネコ車に乗せていく。お爺さんは詩乃に干した果物を買ってくれた、航海中はビタミン不足が良く起こる、毎日少しずつ食べる様に教えてくれた。袋の中には色々な種類の干し果物が入っていて楽しい・・果物は高級品、干して嵩が減った物は超高級品だ。
詩乃はこんな自分でも少しは役に立っているのかなぁ、これ報酬にしては破格だよね・・と、思っていた。認められているようで嬉しい、干した果物はあちらの世界とそう味は変わらない、懐かしい思いで干し杏子を味わった。
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さらに北に向かうにつれ、新鮮な食料品は少なくなり保存可能な食品が多くなっていく。瓶詰め、壺詰め、樽詰めの干した肉類、乾燥した野菜類・・長い冬を乗り切るための生活の知恵が詰まっている。
そういえば北国に嫁いだ強~~い嫁様が、狩りをして生きて行くラノベが有ったが。すまぬ、そのレベルの北国暮らしは無理だ!もう少し、優しい環境でお願い致します・・。
詩乃も味見をしてみて気に入った物は、個人的に買い込んでおく。
公爵様が詩乃に居留を許してくれた街は、トデリと言って公爵領の北限の街だそうだ。夏の間に街に馴染めず、ハブられたら生きていける気がしない。保存食は大事だ・・地震の時にしか使わないと思っていたが・・。
しかし、公爵様も良い街を選択したものだ、北限だってさ。けっ!
オマケの厄介者を隠しておくには、ピッタリの街じゃないか。
『自己責任で飛び出して来たんだ、自分のケツくらい自分でふいてやらぁ!』
どうも、勢いだけで王都を飛び出して来て以来、江戸っ子の御爺ちゃんが詩乃に降臨してくる事が増えて来た。自棄のヤンパチとでも言うのだろうか?強がっていないと心が折れそうになって来る。
・・だって、横浜港並みのスランから、銚子港・勝浦港・小湊港と来て・・どんどん港町が小規模になってきている。街も小さいし、露店の数も少なくなってくるし。もしや、食のすべてが自家栽培の自家製保存食なのだろうか?トデリに食料品店は有るのだろうか、不安になって来る・・物凄~~~~く。
・・うぅぅお婆ちゃんに、みそ球の作り方とか保存のきく食べ物の事を、もっと教えて貰うべきだったな。最終的にはどんな所に付くのだろう、トデリ・・どんな街なのか見当も付かない。
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最後の港・・トデリに着くには1昼夜航海しないと行けない。
夜の海を航海するのはリスキーだが、間に手頃な湾が無かった為に中継地点を作れなかったらしい。トデリは隣の王領(もっと北に有り、農業はほぼ無理な地域)との交易の窓口な為に、商売的には重要な所なのだとか。その王領産の良質な毛皮やチーズ・手工芸品の取引を独占しているのが、トデリを治める代官のマルウム子爵だ。まだ若い代官様だそうで、昨年結婚したのを契機に代官職を父親から引き継いで、お嫁さんと共にトデリに移り住んで来たらしい。先代の代官様は高齢を理由に領都に引っ越し、お屋敷(賃貸)に住んでいるそうだ。長年治めていても逃げたくなり、引っ越したくなるような街なのか?トデリとは。
夜になり暗くなると、考えも暗くなってくるね・・・。
やめたやめた!今考えていても仕方が無い!なる様になるだ。
詩乃は眠れないので匂いの籠るキャビンを出て、甲板に向かった・・あの溢れるような星空を見る為に。
何度見ても、この星空は凄い!月も3個も有るのでかなり明るい。
『綺麗・・聖女様はこの星空を見る事が出来ないんだな、結界に囲まれた王都で、まるで籠の鳥の様に暮らしている・・』
夜に歌うと海の悪いモノを呼び寄せるっていう迷信は、ここ異世界でも同じだった。詩乃は声を出さないで静かに漆黒の海と星空を眺める、夜光虫?・・海の中を蛍の様な光がフヨフヨと浮かんでいる。綺麗だ・・ホタルイカみたい。酢味噌和えが食べたい。
「何だ、眠れないのか?」
当直の航海士の小父さんが話かけて来た、サメを釣った時怒った小父さんだ。
「トデリが不安か?何しろ小さな街だからな、人の噂はすぐに広まる良い噂も悪い噂もな。初めは不満な事も、苦しい事も、腹の立つこともあるだろうが・・まずは、トデリのやり方を知る事だ。忠告は素直に聞いて、意地を張らず、自分の出来る事はお互い様の気持ちで快く手を貸してやると良い。魔術が出来るんだろ?魔術師は貴重だからな。焦らずに頑張っていれば、いつか街の一員と認められるさ」
思いがけず優しい言葉を掛けられて、目の奥が熱くなってくる・・そうだ、もう頑張るしかないんだもの。後戻りは出来ないのだから、涙を見せたくなくて下を向き海面を睨み付ける。
ほえ?・・睨み・・何だ?海が睨見返してくる?
「何 いる こち睨む・・でよ?」
航海士の小父さんに、海面を指をさして教える。
・・・・う。
「魔獣だーーーーー」
小父さんは伝声管に怒鳴りつける。
「起きろ!帆を張れ!全速離脱!!!」
あっという間に甲板は大騒ぎになった、魔獣・・・?
何かタコとエイが合体したみたいな、不可思議な生き物だった。吸盤の付いている足を、ウニョ~~ンと伸ばして来る。
「エア、カッター!!」
雑草しか刈った事は無かったが、気持ちでやってみた。切れた、やるじゃん私!
甲板にウニョウニョと動くタコ状の足が落ちていた、色が紫だ・・あんまり美味しそうじゃぁ無いね。茹でたら赤くなるのかな?吸盤が小父さんのお尻にくっ付いた、尻尾みたいで笑える。
・・でも、笑っている場合じゃ無いようで、皆必死に帆を張ってセールの数を増やしたり、ロープを引っ張ったりしている。
「くそっ!風が弱い!!」
「追いつかれるぞ!斧で足を切り落とせ!!」
見ると沢山のたこ足が、喫水の浅い船の側面を這い上がって甲板に登ろうと蠢いている。キモッ!詩乃は鳥肌を立てながら帆に向かって風を吹かせた、庭師の御爺ちゃんと落ち葉を吹き寄せて掃除していたあのワザだ!
「向きが違う!」
魔獣に向かってしまった様だ・・・あれぇ?
船員さんに担がれて移動する、ここから風を当てろ!指示が入った。
「アイ・アイ・サー」
全力前進、ヨ~ソロ~~~。
初めは勢い良く景気よく吹かせていた風だが、だんだん疲れてそよ風並みになって来た。そのたびに船長に渇を入れられ、どやされる・・死にたくなかったら頑張れと。風向きが変わるたび、帆は張りなおされて、詩乃は担がれ位置を変えられる。疲れた詩乃に賄いのおじいちゃんが、紫色のジュースを飲ませてくる・・こ、これは。スランで疲れた中年の小父さんが飲んでいた・・エライ事不味かった。ウゲェ。
魔獣との追いかけっこは一晩中続いた、朝日が白々出て来た頃、光が苦手な魔獣はやっと諦めて海中深く潜って消えて行った。
『・・・つ・・・つ・・疲れた。もう駄目。無理』
一晩中扇風機に徹していた詩乃は、もう疲労困憊でヨレヨレだった。
こんなに長い時間、魔力を使った事は無かったし魔獣は怖かったし。
『もう、船は結構です。私は陸で生きて行きますタコは食べません!』
疲れすぎて、頭が回らない・・・お家帰りたい!!
船長さん始め船員の皆さんは、良くやったと詩乃を褒めてくれたが、もう辛すぎて喜ぶ気力も無い。半分白目をむいてる詩乃に、船長さんが教えてくれた。トデリが見えて来た無いぞ・・と。
山の方から朝日が出て来てトデリの街を照らし始めた、黄色い瓦屋根が光を浴びてキラキラと光っている。
『トデリ・・・やっと着いた』
涙で景色が歪んで見える。
『もう何処にも行かない、海も船も嫌だ・・陸がトデリが良い。小さかろうが北限だろうが関係ない、追い出されてもトデリにしがみ付いてやる!!』
意識が消えて行く中で、トデリの黄色い屋根は海の青に映えてとても綺麗だな・・と思った。
「寝ちまったか、まぁ無理も無いが」
あぁ、こいつの御蔭で命拾いしたな、是非クルーに欲しいものだ。
詩乃の意識が有ったら全力でお断りするような話をしながら、船はトデリの港に帆先を向けて入って行った。
トデリ・・・上陸できませんでした・・・屍の様になってしまったぁ。




