女官長の旅立ち
キレた女官長の、その後の話です。
詩乃がまだ王妃様の宮に軟禁されていて、周囲の状況も落ち着いていない頃の事だった。
=離宮の女官長から、退職願が出されてきた=
王宮の裏向きの人事はすべて王妃様が担っている。
<あの晩>の事件の折、召喚した少女の美しさにトチ狂った②王子が、聖女の離宮の筆頭女官長を怒りに任せて罷免した為に、急遽新しい女官長として彼女を抜擢し離宮に行かせたのも王妃だった。
王宮では無事に聖女を召喚できた場合に備えて、聖女様の御世話をする体制は事前に考え尽くされ整備されていたのだった。
聖女の後見人は第2王子が担っていた、第1王子が何処の馬の骨とも解らない異世界人を嫌った為だったが・・。だから聖女の背後に控える者の派閥のバランスを取る為に、お世話を指揮する女官長始め、女官・メイドに至るまで、離宮の表の女性スタッフは第1王子の息が掛かった者達を配置するなどの配慮をした。
『第1王子派は権威的で傲慢で、貴族としてのプライドが高い者ばかりだ・・上手く聖女様を扱えると良いのだけれど』
この人事は失敗する様な気がするが、他ならぬ第1王子の推薦ならば致し方無い。
それに、王妃様は考えていた。
王子達が聖女自身をどう扱うか、聖女に寄って来る羽虫の様な貴族達をどう捌いて行くのか。そのあしらい方で王太子としての資質、ひいては人に命令を出し動かす力を持っているかを見極める事が出来るだろうと思っていたのだった。だから、あえて二人の王子に任せてみようと思い手を出さないでいたのだ。結果は直ぐに顕著になったのだが。
①派の女官長は聖女の逆鱗に触れ、到着そうそうに②によって交代させられた。
その理由と言うのが馬鹿馬鹿しい話だった、呼んでも居ないのにオマケで紛れ込んで来た厄介者の奴隷の小娘の手を、女官長が聖女の面前で鞭で打った事が不味かったらしいのだ。
この世界では見習いの者は、皆鞭打たれながら学んでいくものなのだが。異世界では違うのだろうか?聖女には鞭への特別な忌避感でもあるのだろうか?
その後聖女は激しく取り乱して、泣いて泣いて・・とても扱える状態ではなくなったらしい。聖女のイメージが我々の希望が、確実に損なわれている事を考えもしないのか、周囲の目が気にならないのか・・愚かな行為と言えよう。その後、皮肉にも鞭で打たれたオマケの小娘が聖女を鎮め、共に眠る事で落ち着きを取り戻させたそうだ。
これでは、どちらが聖女か解らないではないか・・王妃は少しばかり落胆した。召喚された少女は幸いにも翌朝には落ち着いていて、聖女らしく振る舞う様になっていたらしいが。
王宮の謁見の間で、聖女と奴隷の小娘に会った時には驚いたものだった。
聖女の聡明そうな美しさと、小娘のその凡庸さに・・。
しかし凡庸で平民の様な小娘は、王族や高位の貴族に囲まれても臆する事も無く飄々としていたし、魔力に当てられても体調に変化も起こさず常にマイペースに自分を保っていた。
『面白い・・・』
美しく、敏く、賢い娘なら聖女以外にも大勢見知って来た。
あの小娘は利口なのか阿保なのか、どうにも見分けがつかない。王妃様が興味を持ったのは小娘の方だった、だから女官長に命じておいたのだ。
「小娘の好きな様にさせろ、望むように自由に泳がせておくようにと」
女官長はオマケの小娘に、中位貴族相当の配慮をしてやった様だ、それは破格の扱いと言えよう。それなのに、何がお気に召さなかったのかは知らないが、部屋から勝手に出て行き自分で見習い用の小部屋に巣を整えたのだ。さぞ女官長のメンツは潰された事だろう、①の息が掛かった女官やメイド達も残らず聖女から暇を取らされた。使用人の長はその人事に口を出されるのを一番嫌う、口利きする事で得られる謝礼・・既得権益に接触するからだ。それでも苦労人の女官長は随分と我慢を重ね、貴族の幼女の衣装を用意してやり多少の作法も教え込んでやった。小娘は素直な真面目な生徒だったが、生きる為の最低ラインの知識で良いと、初めからそう女官長に要求して来たそうだ。
女官長の報告書では<オマケのお嬢様は貴族に興味が無く、むしろ平民の調理師や庭師などに懐いて、作業などを手伝い魔術の練習をしております>とあった。
それも女官長には気に入らない事だったのだろう、この世界の女性達がどれだけ腐心して貴族の仲間入りをしたいと願い、お前の境遇を羨んでいる事だろうかと・・。
女官長の貧乏伯爵家は国の南の方に位置していて、気候は温暖だが風水害の被害が多く管理するには難しい土地柄だった。土地持ちの貴族として平民の苦労は人一倍知っていたのだろう。貴族を疎い、平民になりたいなどとは、女官長が正気の沙汰だとは思えないのも不思議ではない。
王妃は女官長を呼び出す事にした。
今回の件では職務を放棄し、一時行方が解らなくなっていた時間が有る。
聖女からの抗議も有る事だし、そのまま王宮を去らせる訳にはいかないだろう。
*****
王妃様の執務室に女官長は参上した。
王妃様が改めてしみじみと女官長を見ると・・栗色の髪は白くなり、体型も随分とふくよかになって、目は瞼に埋もれ塞がれていた。②王子の下級女官をしていた時は、もう少し愛想と言うかそれなりの可愛げが有った様に思えたが、歳月とはかくも無慈悲な物なのだろうか・・。
「お呼びと伺い、参上いたしました」
「王宮を去る決意は変わらないの?」
王妃はゆっくりと、女官長の能面の様な表情を観察する様に問いかけた。
「此処はもう、私の知っている王宮では御座いませんので。お役に立てる事も、御座いませんでしょう」
気持ちが固まっているのか、随分とサバサバした口ぶりだ。
「そう、長い間ご苦労だったわね。16の成人の歳から30年間もの長い間、良く勤めてくれました」
そう、でも・・最後に下手を打ったわね女官長。
「聖女様が貴方にお怒りです、理由は解るでしょう言わなくても。でもオマケのあの子はね、どうでも良いそうよ」
女官長が僅かに反応する・・。
『どうでも良いとはどう言う事だ、相手にする価値も無いと言うのか。随分と馬鹿にされたものだ』女官長は内心憮然たる想いで黙っていた。
「お相子なのだそうよ。女官長がオマケのあの子を嫌う様に、あの子も女官長を嫌っていたから、同じだからお互い様なんですって」
王妃様は愉快そうにコロコロと笑う。
「でもね~聖女様は、あの子を大事にしているでしょう?このまま済ます気はない様よ、貴方を許す条件を出してきました」
コホン・・王妃様はもったいぶって空咳をひとつすると。
「女官長、いえ元女官長。貴方には2通りの道が有ります。
最初の道は・・貴方があの子に選んだお見合い相手の中に、貴方と歳の見合う者が3名います、そのいずれかの殿方と結婚する事です。もう後継ぎは居るから安心して、無理に貴方が生む必要は無いわ。
次の道は事・・貴方の故郷に戻って伯爵の地位を継ぐ事。今の法律を変えて女でも爵位を継げる様にと改革案が出ているわ。聖女様からだけどね、有能な人材に男も女も無いそうよ?さぁ、どうする?」
そう言うと王妃様はかつての女官長さながらに、御扇子の様に釣り書を開いて見せた。
「より取り見取りですよ、贅沢言ってはキリが有りませんからね。食べられて、眠れる所が有ったら十分感謝しなければ・・」
かつて女官長が妹達に言った言葉が、今日この日に、そのまま王妃から返された。
3番目の妹は王妃の所の下働きだったな、王妃に私の愚痴でも言っていたのか。
でも、その気持ちは今でも少しも変わりはしない贅沢を言ったらキリは無いのだ。少しでも実家の伯爵家よりもましな領地へ、良い家へ嫁がせなければと思っていた。
「では故郷に戻り父を廃位させ、私が伯爵家を継ぎましょう。もう十分に、主にはお仕えしてまいりました」
もう結構です、ウンザリなんです・・。
「そう、では今日中に私物を片付け、王宮から王都へ下がりなさい」
そう言うと王妃は封書を出して来た。
「3日間の宿を手配しておきました、此処の宿に泊まるように。それから領地までの護衛依頼をギルドに出しておきました確認しておきなさい、では元気でお暮らしなさい、もう下がって良いですよ」
そう言うと王妃様は再び机の書類に集中し、女官長に一瞥もくれる事はなかった。
これですべて終わった・・・女官長はそう感じていた。
****
もともと大した私物など無かったし、王宮を去る心づもりでいたので、いらない物はすでに処分済だった。30年間・・長い歳月である。
子が生まれ歩き出し、恋をして成人し、次の子を成す程の長い長い時間である。
女官見習いから始まって~女官~女官長補佐~女官長まで、この伏魔殿の様な王宮で勤め上げたが。残った物は僅かばかりの貯金と年金、それから女官長としてのプライドだけで、そのプライドも何やら確信が持てなくなってしまっていた。
見習いの頃は先輩の女官達の理不尽に、良く泣いたものだった。
失敗すれば怒られる、何か褒められても怒られる・・手柄はすべて先輩の女官達のもので、関係の無い失敗でも、すべて新人達のせいにされ怒られた。
先輩の女官が良く言っていたものだ。
「今は我慢しておきなさい、そのうち自分たちの番がくるから。その時に鬱憤でも何でも、気が済むまで晴らせばいいわ」・・と。
女官達の世界に僻僻していた女官長は、たとえA級の魔力を持っていても妹達には王宮勤めを進めなかった。妹達には、王都の中でも比較的安定している商人の所へ見習い(実質、花嫁修業的な?)に行かせ、そのまま嫁がせて来た。貧乏でも王宮勤めの女官の姉が居るだけで、かなりのプレッシャーに成るのか、酷い嫁虐めの話は聞こえてこなかったのは幸いだった。
3番目の妹は美人な(姉妹内比)せいか野心家で、王宮にどうしても努めたいと強張ったので女官見習いとして受け入れたが。成人の歳には王宮の実態にウンザリし、今度は貴族に嫁ぎたい等と我儘を言って来た。しかし貧乏な伯爵家では碌な持参金も用意できず、結局中途半端だが騎士爵を持つ男を探して嫁がせた。運の良い事に、婿殿は今現在も怪我も死亡もせずに頑張っている。
「さて・・一番下の妹は、今年で幾つになったのやら・・」
あの子が嫁ぐ時には<これで伯爵家とも縁が切れるのだから、以後は嫁ぎ先を自分の家だと思って暮らす様に。伯爵家からは今後一切援助できないので、そう心得なさい>と突き放してしまった。冷たい様だが、先立つ物が無ければどうしようも無いのだ。全員嫁がせてホッとした途端、今度は父親からの金の無心が待っていた。
女官長も、王妃様とタメを張れるほどの必殺苦労人だったのだ。
・・そのせいなのだろうか?オマケの分際で飄々として、恩恵を当然の様に受けている小娘に、怒りが湧いて来て抑えられなかったのは。
****
夕方にはすべてを片付け、年金の申請や雀の涙の慰労金を受け取り王都へと下った。王都に出るのも久々である、王都は妹の結婚の持参金を借りる為に質屋に行くとか、婚礼衣装・その他諸々誂える為に出かけて行く所だった。王都とは金に羽が生えて飛んでいく様な、恐ろしい気分がする場所であった。
『一番下の妹が嫁いで、もう16年になるのか早いものだ。あの子は嫁ぎたくなくて、嫁に行くのが怖いと何時までもグズグズと泣いていたっけ』
王妃の手配した宿屋を探して、少しばかり迷い王都をウロウロとする。
30年も住んでいても、王都はやはり馴染みの有る場所ではなかった様だ。妹の婚家は、王都の中でも大きな宿屋を経営する一族だったが・・そう、たしかこんな感じの宿屋で。
「お帰りなさいませ、大姉さま」
ふくよかな、若女将と言うには少しばかり年季が入った女将が入り口に仁王立ちしている。
「大姉さま?」
「酷い!可愛い妹の顔をお忘れですか?一番下の泣き虫のチビですよ」
今では転んでも只では起きなさそうな、あんた、泣いた事あるの?と聞きたくなるような堂々とした女将ぶりだ。
「・・・おまえも、老けたわね~」
「大姉さま程では有りませんわ。さあ、早くお入り下さい、皆さん大姉さまをお待ちかねですよ」
王妃様の配慮なのか、宿屋の大広間は<お帰りなさい、大姉様>の横断幕が掲げられ、賑やかな宴会場となっていた。王都に居る妹は3人、それぞれ4人の子を成しゾロゾロと繁殖していて誰が誰だか解らない。半分だけ血の繋がっていた姉妹だが、面影が似るのか・・3人ともふくよかで瞼で目が塞がれていた、この目は貧乏伯爵からの嬉しくも無い遺伝であった。子供達も従兄弟のせいか、横線一本の目が良く似ている。横一おメメファミリーだ。
「これは、顔を覚えるのが大変だわ・・」
元女官長は心の中でそう呟いた。
賑やかに楽しく3日間は過ぎて行き、王都を旅立つ日・・ギルドから派遣されて来た護衛は3番目の妹が騎士爵の男と結婚して授かった一人息子だった。
護衛をしながら伯爵領に入り、そのまま元女官長の養子となり後を継ぐ予定なのだ。貴族に嫁ぎたがっていた妹の望みをかなえる為に元女官長が誘ったのだ、甥っ子も危険な護衛を続けていたら命がいくらあっても足りなかろう。貧乏な領地だが命に勝るものは無い、無事に領地を整えたら親兄弟を呼び寄せれば良いだろうと。
「これでお前も念願のお貴族様、伯爵様の御生母になれるだろう?王宮の舞踏会も夢では無かろうよ」
女官長の言葉に、3番目の妹は満面の笑みで答えた・・まだ舞踏会に未練が有ったらしい。
何もない貧しいばかりの領地だが、何故か女官長は領地を再興し豊かに出来る様な気がしていた。女は男に守られる者、働く女などみっともない。今まではそう言われて、自分でもそう思い込んで生きて来たのだが。聖女が現れてからその時流も変りつつある、あのオマケのチンチクリンの小娘が、あれだけの事を成したのだ。この私に出来ないはずがなかろう。
「では、参りましょう」
元女官長の明るい気持ちが映った様な、明るい初夏の空が王都に広がっていた。
女官長は46歳・・・幸せになれるといいですね。
横線一本おメメの一族です・・・それはそれで、可愛い?




