無表情で無愛想な女
世の中で人生を変えるほどの大きな選択肢の大半は、実は何気ない日常の中で知らない内に選んだ選択肢の結果なのかもしれない。そして今、俺はその選択肢の結果、人生を変えるかもしれない状況となっていた。
お昼休み。俺は隣のクラスに行き、勇気をだして星野有栖にお昼ご飯を一緒に食べないかと誘っていた。
「ねえ、星野さん。よかったらお昼一緒にどうかな?」
ごくごくありふれたよくある誘い方だろう。そして、その誘いに対して彼女が俺の方を見て言った言葉。
「あなた、不幸になりたいんですか?」
ただお昼に誘っただけでそんな言葉を受けると誰が想像できるだろうか。
俺は何を言っているのか理解できず呆然としながら彼女を見たが、彼女の表情は無表情ながらも真面目そのものだった。意味がわからず彼女のずっと後方にいた佐山嬢のほうを見ると、俺の様子にため息をつき、首を振っていた。
やめておけ
佐山嬢の素振りからそう言いたいようだった。そして、教室の周囲からいろんな視線がこちらに向けられている。
おそらく俺が諦めてすごすごと帰る姿を期待しているのだろう。ひそひそとして何やら話している姿もちらほら見えた。
そんな周囲の冷たい視線を確認し、再び彼女の顔を見る。星野有栖は無表情にずっとこちらを見て、俺の返答を待っていた。
こんな行くのは不幸、戻るのも地獄みたいな選択肢で選んだ回答。
「ほんと?ならよかった。俺は巻き込まれるのが大好きなんだ」
――シーン
教室が静まり返る。おそらく教室中の人が「何言ってんだこいつ」と思ったに違いない。ちらりと見えた佐山嬢も手を頭にやり首をふって呆れた様子だった。
そして、肝心の星野有栖も顔色ひとつ変えず、無言のままこちらをじっと見ている。
「あ、あれ?話、聞いてた?」
無反応の星野有栖に俺は心を折られそうになりながらも一応確認してみる。
心が折れそうな俺に、彼女がようやくだした言葉。
「馬鹿なの?」
知っていた。というかその言葉を周囲の誰もが「何言ってんだこいつ」と思った後に言おうと思った言葉だろう。とはいえ、おそらく普通に「かまわない」と答えてもやんわりと断られただろうし、「嫌だ」といえばさようならと言われただろう。
それでも、無反応無表情でその言葉はさすがに辛い。顔を引きつらせる俺の様子を見た星野有栖は怪訝そうに首を傾げる。
「てかあなた誰?」
そう言われて初めて気がつく。こうして日中にちゃんと顔を合わせるのは初めてだったことに。
俺は希望を託すように自己紹介をした。
「俺は上野空」
「上野……空」
星野有栖はそう名前を呟くようにいったあと、はっとした表情をする。今日はじめて見せた別の顔だった。
残念ながら無表情にはかわりなかったものの思い出してくれたことと違う顔が見れたことにほっとする。
「どうして私を?」
星野有栖は首を再びかしげ俺に問いかけてきた。
「俺がそれを望んだから。それじゃダメかな」
その返答に星野有栖は俺の顔をじっと見たかと思うとため息をつく。そして、再び俺の顔を見てこう言った
「わかった。いいわよ」
俺はガッツポーズをとりたくなる衝動を必死抑えながら彼女に笑顔を向ける。一方、周囲は星野有栖が了承すると思っていなかったのだろう。昼休みにも関わらず教室が静まり返っていた。
俺は彼女の準備が終わるのを待ち、かばんを持った反対の手を握ると一緒に教室を出た。そして、教室を出るときにちらりと佐山嬢の方を見るとため息をついてわかっていると言わんばかりにシッシッとどっかいけと手を振っていた。
こうして俺は星野有栖と一緒に職員棟に備わっている非常階段の屋上へと向かう。そこには既に夜気が俺のかばんを持ってきて待ってくれていたが、星野有栖の姿を見て、驚きの表情をしていた。それから少し遅れて佐山嬢も加わり仲良く楽しいお昼ご飯を……とはいかなかった。
「紹介するよ。この子が星野有栖さん。で彼女が佐山舞、でこいつが三笠夜気」
俺がそう言うと彼女は頭をペコりと下げる。
「よろしくお願いします。名前は有栖と呼んでください」
その表情は相変わらずだったが、先ほどのような突拍子のない発言がなかったことに俺は安心する。
「おう。よろしく」
「よろしく」
夜気も佐山嬢も戸惑いながらも有栖に挨拶する。
ここまでは良かった。そう、ここまでは……
この先の会話が続かなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
全員が黙って食事を始める。その状況を堪りかねた俺は話を切り出す。
「そういえば、またあの夢見たんだけどさあ」
「夢?」
俺の言葉に有栖は首を傾げる。その反応に俺は有栖に夢について話していなかったことを思いだす。
「ちょっと夢で気になることがあってね」
「そう」
俺の回答に有栖は興味なさそうに返事をした。
しかし、佐山嬢と夜気に関しては、今回有栖を連れてきたこともあり、多少関心を持ったようだった。
「で、今回はいったい何なんだ」
「ああ、それが……」
夢であった内容を伝える。とは言っても目の前に有栖がいるため、場所が見覚えのない教室だったことと例の女性が影に取り囲まれて席につきながらふさぎ込むようにしていたことを伝えるに止め、名前を叫んだ部分については省略した。
「ふーん、なんかよくありそうな話よね」
「え?どうして」
佐山嬢の反応に俺は首を傾げる。その様子を見て佐山嬢はため息をつく。
「だってそうじゃない。それってどう見ても教室で誰かを責めようとしてるようにしか聞こえないし」
その回答に俺はようやく納得して頷く。そして、なんとなく有栖の方を見る。
佐山嬢や夜気も同じことを考えていたらしく。三人揃って有栖を見る形になった。
「……何か?」
視線に気づいた有栖は俺の方を興味なさげに見てそう言った。
その反応に我に返った俺は慌てて返答した。
「え?あ、いや……有栖は何か心当たりないかなと思って」
「心当たり?夢の話でしょ」
至極まともな返答だった。
有栖は怪訝そうな顔をしてこちらを見ている。
その事を察したのだろう。佐山嬢が助け舟を送ってくれた。
「そういえば、星野さんは部活とかはしていないの」
「どこにも入部していない」
「じゃあ、特技とか趣味は?」
「特技はき……帰宅部。趣味は……読書」
「へー、そうなの」
帰宅部と言ったのはボケたつもりなのだろうか。誰もツッコミをいれれず、そこで会話が途切れる。
その玉砕をみた夜気が今度は質問しだした。
「そういえば、有栖さんは普段何をしているの」
「学校では勉強か読書」
「へー、そうなんだ」
おわり。あえなく夜気も玉砕した。
「お前ら……読書に興味ないんだな」
俺が二人の方を見ると二人は視線を逸らす。
「ま、まあこんなメンバーだけどよかったら明日も一緒に食事をしてよ」
俺は少し顔を引きつらせながら必死に笑顔を作って有栖にそうお願いする。
「ええ」
有栖はそのお願いに素っ気ない態度ながらも了承してくれたのを見て、三人はほっと一安心した。
そして、その後もぎこちない会話をしていると昼食時間の終わりを告げるチャイムがなり、一同は解散して教室に戻っていった。