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俺は月夜の女神に恋をした  作者: 安部野 馬瑠
2話 動きだす時
8/19

おもいつき

 学校にたどり着くと早速部室へと向かい、袴に着替えてから弓道場に向かう。

 相変わらず学校は静かで他に誰もいない道場に一人でいるのは気分がいい。

 もっとも、全国大会が近いにも関わらず、自分以外の誰も朝練に来ない状況に少し寂しさを感じるが。

 気を取り直して、今回は八寸的と金的を取り付ける。

 これは前回一本も的中できなかったことが精神的にきつかったため、その対策だった。


「前回は的中率悪い人の気持ちがよくわかったなあ」


 弓道は的中しなければ楽しくない。だからこそ的中率が悪い人ほど参加が悪くなったり、やる気が落ちたりしていく。そして弓を引く動作や集中力が雑になり、更に的中率が悪くなっていく悪循環が生まれる。これは部長が言っていた話だったが前回の金的での的中なしの気持ちでなんとなく理解することができた。

 準備もできたので早速弓と矢を持つ。そして道場に礼をして、金的の立ち位置にはいって弓を引く。弓はきりきりと音を立てながらしなり、十分にひき終えたら矢は頬に当て、引き緩まないように気をつけながら的に狙いを定める。そして息を止めて願う。


――当たれ!


 その気持ちが解き放たれるかのように矢はまっすぐと的へと向かい――

 10時(的の左上)の方向へと刺さる。


 残り三本も同じように矢を放っていく。そして、一通り矢を射終えると礼をし、一度退出してから弓を置くと正座をし直して弓を引いていた場所から改めて的を見る。

 結局、今回の最初の4本も当たらなかった。


 夢に見た内容だった。初めてみたほほ笑みと違い、彼女はずっと無表情だった。しかも、頭を抱え何かに怯える姿と俺の阻む影。

 所詮夢だと言ってしまえばそれまでだったものの、夢にしては印象に残りすぎているのだ。ただ、今回は場所も状況もわからない。俺には彼女を助ける術も手のうちようもなかった。


「俺……今日も当たらないかも……」


 その後、結局朝錬の金的を使った練習はやめ、八寸的で継続をした。通常的より小さいとはいえ金的よりもはるかに大きい的に全く当たらないということが起こるはずもなく、この朝の的中率は50%。まずまずの成果にほっとしたものの、やはり全国大会を目指すにしては得るものもなく、少し物足りない結果となってしまった。

 時間になったため、不満を感じながらも片付けをし、諦めて部室に戻って制服に着替える。そして、俺は誰もいない教室に入り、机にうつ伏せになった。


「やっぱり、ただの夢なのかな……」


 ぐったりとしながら目を瞑り、再び夢の出来事を思い出す。


「なんで俺はありすと叫んだのだろう……似ていたから?」


 そう思うとなんとなく納得ができたものの、どこかもやがかかった気分だった。

 そして、夢をもう一度振り返ってみるが何度思い返してみても何も理解することができなかった。

 ただ、どうしても夢の女の子と昨晩あった女の子を重ねてしまう自分が居た。


「星野……有栖かあ」


「お前が女の名前を呟くなんて珍しいな」


「えっ!?」


 突然の声に慌てて身体を起こすと机の前に夜気が立っていた。驚いて周囲を見回すとその傍には佐山嬢もいた。ただ、他に人がいなかったことにほっと胸を撫で下ろす。


「いつもより来るのが早いじゃないか」


「ああ、まあ成果を聞こうと思ってな」


 そう言うと夜気はにっこりと笑顔になる。その様子に俺は思わず苦笑いし、恐らく同じ理由でいるだろう佐山嬢の方を見て尋ねる。


「佐山嬢はいつから?」


「やっぱり、ただの夢なのかな……あたりかしら」


「それ、俺が教室に入ってきたときからだよね……どうして声かけてくれなかったの」


「それは……」


「面白そうな気配がしたからに決まっているだろ!」


 言葉に詰まる佐山嬢に対して夜気が堂々と代わりに答える。ただ、なぜか夜気の回答に佐山嬢は顔を俯けたままだった。


「だろうな」


 このままでは話が進まないと思った俺はとりあえずそういうことにして、次の話をすることにする。

 おそらく他の生徒が来れば佐山嬢は教室を出て行くことが想像できたからだ。

 

「で、どうだったんだよ」


「夢の人かわからないけど出会った」


「ん?どういうこと?」


「一応人とは会ったんだ。ただ、髪の色が違うから夢の人かはわからなかった。名前はさっき呟いた星野有栖さん」


「ふーん、星野有栖かあ」


 先ほどの興味ある発言から一転して夜気は興味なさそうに言葉を返す。そして佐山嬢も同様に複雑そうな表情をしていた。


「お前ら何か知っているのか?」


「ああ、知っている。というか……なあ佐山」


「え?ええ……」


 二人の返答は普段からは考えられないくらいぎこちないものだった。


「え?もしかして知らないのは俺だけなのか」


「お前、こういう話が嫌いだったもんな」


「嫌い?……もしかして」


 俺の言葉に夜気はしまったという顔をして、俺の視線に対して顔をそらす。

 その様子を見て佐山嬢に視線を移すと佐山嬢は呆れたようにため息をついて顔を上げた。


「いいわ。私が話してあげる」


 こうして、佐山嬢は星野有栖について、語り始めた。


「星野有栖。私と同じクラスで部活は帰宅部。男子からは美人と評判らしいんだけど誰かと付き合ったという噂は聞いたことがないわ。普段から無表情で何か考えているかわからないし、授業はちゃんと受けているけどそのときに先生からあてられたときぐらししか話している姿を見たことがないわ。彼女と小学校、中学校で同じだった私の友人の話では小学生や中学生のときに仲の良い友人がいたこともあったらしいのだけど、なぜか長続きせず一人でいることの方が多かったらしいわ。そんなわけで、当時は彼女に対してよくない噂もあったそうよ。そして今もそれが理由か敬遠されているらしいわ」


「つまり、一人だと?」


「ええ、そういうことになるわね」


「なんだ、今のお前じゃん」


「……俺、実はぼっちだったのか……そうなのか。そうだよな……」


 夜気の予想外の言葉にぐさりときた俺は顔を俯ける。その反応が夜気にとっては予想外だったのだろう。慌てて取り繕い始める。


「うわわわ。じょ、冗談だって!ほら、俺らがいるじゃないか。なあ佐山」


「え?ええ……」


 その微妙な取り繕いに俺はジト目で二人を見ていると良い事を思いつく。


「そうだ!なら俺が有栖さんと仲良くなればいいんだよ。そしたら俺も彼女も一人じゃなくなるし、すべて解決じゃないか。今日のお昼ご飯に誘ってみよう」


「お、おう……」

「え、ええ……」


 二人の反応はいまいちだったものの。それらは俺の突拍子のない思い付きが原因だと重々理解していたので気にしないことにする。そして、そのタイミングで他の生徒が入ってきたので、佐山嬢は話をやめて教室を出て行く。

 その姿を見送った夜気が俺に話しかけてきた。


「そういえば、なんで佐山は人が来るとああやって出て行くんだ?」


「それは、部活が恋愛禁止だからだよ。噂は怖いから」


「それなのにお前は誘う気なのか」


「あ……」


 夜気に指摘されて俺ははっとする。慌てて取り繕うとするが良い言葉が思い浮かばなかった。


「お前……バカなのか」


 言い返す言葉も見当たらず、俺は顔をうな垂れる。


「少なくとも成績では夜気より上なんだけどな……それに」


 一人でいると聞いたとき、夢でいた女性とどこか重なる様な気がした。そんなもやもやの原因で弓道で集中力を削がれるのを避けたかった。ただそれだけだった。


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