きっかけ
髪の色が違うので同一人物ではないことは理解していた。それでも、夢で見た女性とよく似た女性と本当に出会えるなんて思っても見なかったのだ。そう思うだけでも感情が高ぶる気がした。
「奇跡みたいだ」
なんとなく夜空を眺めながらそう呟いたときだった。その言葉に彼女はピクリと反応し、こちらを見てきた。
「奇跡?何が?」
「え?ああ、出会ったこと……かな?」
「それは奇跡とは言わないわ。ただの偶然よ」
「あ、ああ……。そうかもな」
そのやり取りに違和感を覚えながら彼女も彼女は相変わらず無表情だった。
「そろそろ時間かしら?」
彼女がそう言ったので携帯で時間を確認するともうすぐ手紙の待ち合わせ時間だった。
「ああ、そうみたい」
少しだけ名残惜しさを感じたが俺に彼女を引き止める理由などない。
「ありがとう。それじゃあ行くわ」
そう言って彼女はアスレチックの方へと向かっていった。
俺はただ、その様子を眺めていたものの、ふと疑問が思い浮かぶ。
……なんでこんな時間に待ち合わせ?しかも、よく考えたら相手を知らないんだよな。
嫌な予感がして、彼女の後を追いかける。そして、彼女のもとに辿り付いたときだった。
アスレチックの方から何やらライトを持った集団の人影が遠くから見えた。
俺はとっさに彼女の手を掴むと彼女を引っ張りながら走る。
「え?」
彼女は戸惑っていたものの、特に抵抗することもなく引っ張られるままに一緒に走って近くにあった岩場の物陰に隠れた。
「どうしたの?」
彼女が不思議そうに俺に問いかけてきたが、俺は人差し指を口に当てて黙らせる。
そして集団に目をやるとそこには男性4名、女性が2名の姿があり、何やら会話をしているようだった。
「あれ?さっき人影が見えなかった」
「そうか?俺は気付かなかったけど。それに暗いんだから人がいたらライトか何かつけているんじゃないか」
その会話から、おそらく彼女と待ち合わせをしている集団らしい。
嫌な予感を確認するために、俺は彼女に尋ねる。
「彼らは知り合いか何か?」
「違うわ」
無表情に帰ってくる返答に困惑しつつ、集団の方へと目をやると声が届いていないものの何やら怪しい会話をしている。
「遅い……。お前、ち……呼び出したのかよ」
「……手紙は……よ」
「……だろ。本当に好きにしていいんだよな」
「ええ、それで私が……ないし」
「ふーん、女は恐ろしいな」
「無愛想……悪いのよ」
会話は断片的だったがどう考えても良くないことをたくらんでいることは明白だった。俺は必死に彼女とここから逃げる方法を考えながら彼女を見てみると、彼女は無表情のままこちらを見ている。
「お前、怖くないのか?」
「どうして?」
「どうしてって……」
先ほどの会話を聞いてその返答がくると思わず、俺は思わず言葉につまる。
「どうして?」
彼女は再び同じ質問をしてきた。
「だって、お前、もしかしたらあいつらに何されるかわからないんだぞ」
俺は言葉を選びながらそう言ったが、彼女は首を傾げる。
「だから?」
その言葉に俺は思わず絶句するしかなかった。そして、少しの間、二人の間で沈黙が続いたとき。突然集団が居た方から女性の悲鳴が聞こえる。そのことに驚いた俺と彼女は悲鳴の方に視線を向けると、男達が待ちくたびれたのか女を襲い始めたらしい。そのことを示すかのようにしきりに助けを請う悲鳴や言葉が聞こえてくる。
人を呪わば穴二つとは正にこのことだろう。
このチャンスを逃す理由などなかった。俺は彼女の手をとり一緒に逃げようとした。そのときだった。
突然、彼女は立ち上がったかと思うと歩いて集団の方へと歩いて向かっていく。
「ば、バカ!」
思わず叫びながら彼女の元へと走った俺もバカだった。俺の声に反応し、集団全員がこちらに目を向ける。
そして、周囲視線が彼女に集まると、彼女は足を止め、凛とした姿勢で腕を前に出して集団に指を指す。
「あなた達の目的は私でしょ。彼女達を放しなさい!」
「……」
その一言に周囲が呆然となる。圧倒された……というわけではなかった。態度、言葉は格好が良いものの、その言葉を発する声と容姿はあまりに残念なくらい威圧感がなさすぎた。
案の定、身構えていた男達が気を緩めてケラケラと笑い出す。しかし、彼女は無表情のままその姿勢を崩さないで言葉を続ける。
「放すの?放さないの?」
「ああ、わかったよ」
そう言うと男達は笑いながら捕まえていた女達を解放する。そして、その女達は追い払われるようにして逃げていった。
「で、お言葉通り放してあげたけど、君は何をしてくれるのかな。それとも傍にいる彼が助けてくれるとか」
彼女はこちらをちらりと見る。
「彼はさっきたまたま会っただけよ。関係ないわ」
「おやおや、そうかい。じゃあ、全国大会も近いしさっさとお帰りなったほうがいいんじゃないですか、上野さん」
予想外に名前を呼ばれ、俺は驚きながらも相手を睨む。
「どうして俺の名前を?」
「おやおや、部員の顔すら覚えていないんですか」
そう言われ、よく目をこらして見てみる。そこには部活で見かけたことがある顔の人物がいた。
確か、俺以外にもサボりがあと二人ほどいた。そいつの名前は……
「お、お前……誰だっけ?」
結局思い出せず、俺は首を傾げながら尋ねる。
「山中だよ!調子にのってバカにしやがって!」
本当に知らなかっただけなのだが、覚えていなことがそんなにも不快だったらしい。
行きなり走ってこちらに突っ込んできた。ただ、こちらも大人しく待っているほど馬鹿ではない。距離があったことを利用して、山中が駆け出したのを見ると同時に俺は彼女の手を引っ張り道のない森の方へ逃げる。
勝てる喧嘩ならまだしも相手は四人。こちらは戦力になるかわからない彼女を合わせても二人。ましてや全国大会も近いのだ。部長に言った手前、問題や怪我だけは絶対起こしてはいけなかった。
「三十六計逃げるに如かず……ほんとこれ考えた人は天才だ」
後方から聞こえる罵声をひたすら無視し、俺と彼女は道から外れた芝生を走り抜け、勾配の急になっている下りの森へ入る。記憶を頼りに入った場所は小学生のときに探検したことがある獣道だった。視界は暗く、ほとんど使われていなかったため、半場やけくそだったもののこの判断は功を奏した。俺がちらりと後ろを確認すると、山中達はこの獣道の存在を知らなかったらしく、先へと進むこちらを追うかどうか立ち往生している姿が月明かりの人影の様子でわかった。
そして、俺と彼女は道なき道を進み、野鳥の観察をする林に囲まれたところまで逃げた。辺りは木々に覆われているせいで、月明かりもなく真っ暗だった。ただ、ひたすら西にすすめば入ってきた裏道に出れることを知っていたので、とりあえず周囲に誰もいないことを確認した後、携帯のライトで照らし、彼女の手をとって道を進むことにする。
「ねえ?」
「何?」
彼女の手を引っ張りながら進んでいると声をかけられ俺は進みながら返事する。
「どうして逃げたの?」
「勝てない争いはしない主義なんだよ。それに……」
「それに?」
「いや、何でもない」
質問してきた本人がお荷物だったとはさすがに言えなかった。
「そう、でも私は立ち向かうつもりだったのよ」
「どうして?勝ち目が無いじゃないか」
「やってみなけりゃわからないじゃない」
「本気で言っているの?」
「本気よ」
俺は思わず立ち止まって彼女の顔を見る。たまたま林の間から差し込んできた月明かりが照らしていた彼女の顔は相変わらず無表情であったものの、目から強い意思が感じられた気がした。その様子から本気であることが伝わってきたが、はたしてあの状況からどうやって勝つつもりなのだろうか。呆れてしまう返答だったものの、そのまっすぐな意思が俺には少しだけ羨ましかった。
その後、俺と彼女は無言で道を進んだ。帰り道での鉢合わせを警戒していたものの、先に帰ってしまったのかそれとも追いかけて林をさまよったのか出くわすことはなかった。
こうして、無事、裏道から総合運動公園を出ると自転車を持ち出し道の途中まで彼女を送ることにした。そして、そこで大なことを思い出す。
「そういえば、名前を聞いてもいいかな」
「私の名前は有栖。星野有栖よ」
「俺の名前は上野空。よろしくな」
「ええ、よろしく」
それが俺と彼女との出会いだった。