表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は月夜の女神に恋をした  作者: 安部野 馬瑠
1話 すべてのはじまり
5/19

偶然

 今日の部活は順調だった。総合運動公園に夢で見た場所があるかもしれない。確証はなかったもののそう思えただけで胸の靄が少しだけ晴れた気分となって集中できたからかもしれない。弓道は技術以外にも精神状態が的中率に大きく影響する。

 そのことを考えれば全国大会も近づいていることを考えれば夢の件は今解決した方がいいのかもしれない。そんなことを考えながら部室へと戻ろうとしたときだった。

 

「おい、ちょっといいか」


「あ、部長。どうかしたの?」


 部活後、急いで部室に戻ろうとしたら弓道男子部長に引き止められる。何事かと手招きされるままに部長のもとへと向かう。そして一緒に向かった先は女子の部室前だった。

 

「部長。ここって?」


「ああ、弓道女子の部室だ」


「どうしてここへ?」


「まあ、もう少しだけ待ってくれ」


 言われるままに部長の指示に従って待っていると弓道部員の記録を管理している同じ部員の女子が部室から出てきた。

 その女子は茜。同じクラスだったけど、普段から休み時間に本を読んでいるので話したことがない。普段から大人しいショートカットの女の子だった。


「お待たせしました。これをどうぞ」


 そう言って茜は部長に何かを手渡した。

 

「で、大事な話についてだが上野だけ先に伝えておこうと思ってな」


 そう言って部長は受け取った物を俺に渡す。それは弓道での的中履歴を記帳したものだった。

 そして、中を見るとこれまでの日々の的中状況と的中率を記載されていた。

 その記録平均の数値は俺は直近60%、弓道部の男子2位は55%、部長は37%だった。その他男子は30-45%の数字となっている。

 一方女子の記録では茜が57%、2位は45%、女子部長が36%で佐山嬢は25%だった。

 

「これを見せてどうしろと?」


「お前に全国大会の第一チームのレギュラーを」


「部長」


 俺は部長がその先を言おうとしたのを遮る。そして、俺の反応に驚いた部長が話を止めた。

 そして、驚いたように俺の方を見る部長に対して笑顔で話す。


「まだ、全国大会は先ですよ。そういう判断はもう少しぎりぎりまで状態を見てから決めたほうがいいんじゃないかな」


「的中率を見ただろ。それに先輩方が居たときからお前は常にレギュラー争いしていたじゃないか。お前は知らなかったのだろうけど、その時レギュラーでお前が外された理由はサボりだからだ。そして、その大会で……」


 だから負けた。部長はそう言いたいのだろう。部長の顔に悔しさが見えたが俺は気づいていない素振りをする。


「なら、真面目に頑張っている人を選ぶべきかと。それがこの弓道部のやり方なんでしょ」


「ああ、わかっている。でもお前、それでいいのか。それだとレギュラーを外されるかもしれないんだぞ」


 俺の無責任な言葉に苛立ったのだろう。そう言うと部長は俺を睨むように見ていた。


「俺はかまわない。それらハンデを受けても選ばれるようにやるだけだよ」


 俺は表情を崩さず笑顔で言う。部長は呆れたのだろう。力が抜けたように表情が崩れ、ため息をついた。


「お前に言われると妙に説得力あるよな」


「まあ、弓道部一のサボりでも、的中率は一応部員の中でトップをやってるからね。選ばれたら大前なら必ず最初の一本目を当てて見せるし、落ちなら俺より前の人が外しても外さなくても的中させる。ずっとそうしてきたし、足を引っ張るつもりはないよ」


「ああ、そうだな。でも、俺が不甲斐ないせいで団体での流れが途切れていつも大会では……」


 その言葉を聞いてようやく言いたいことを理解する。大会ではいつもあと一本が足りず、団体で入賞を逃してきた。部長はその負い目を感じ、全国大会でも同じ結果となるんじゃないかと不安だったのだろう。だから、わざわざ俺を呼んでこの話をしてきた。

 なら返す言葉は一つだけだった。


「部長、勝負は時の運と言うじゃない。ましてや団体はチーム戦。もし、俺に能力があるのならば仲間をカバーできない俺が悪いんだよ。だからもっと気楽に行こう。今からそんな考えしていたら勝てる大会も勝てなくなっちゃうよ」


 相変わらず気付いていない振りをしてのうのうと無責任なことを言うくらいしか俺にはできなかった。


「ああ、そうかもな、ありがとう」


 そのことは部長も重々承知していたのだろう。ただ、今回は返事がいつもと違った。


「でもな、それでも俺がお前をレギュラーに選んだのは他に理由があるからなんだ。知りたくないか?」


「そうだなあ」


 その問いに俺は少しだけ考えた仕草をした後、再び笑顔で答えた。


「やっぱりいいかな。ただ、公平にレギュラーを決めてくれよ。じゃないと俺はさらにサボっちゃうんで」


「ああ、わかっている」


「じゃあ、俺はこれで」


「ああ、でももう少し部活に参加しろよ。そもそもお前がちゃんと参加してくれれば悩む必要もないんだから」


「善処します」


 その後、茜と部長が何やら話していたような気がしたが、気にせず俺は急いで部室へと戻り、着替えると総合運動公園へと向かった。


 小学生の頃、自転車で30分の距離だったが今試してに向かってみると意外と近く森ゲートに20分程度に到着する事ができた。ただ……


「まじかよ……」


 営業時間は既に終了し、門が閉まっていた。

 当たり前の事を忘れていた自分とこの状況にため息をつく。そして、中門に森ゲートを止めると、傍の裏道へと向かった。

 この総合公園には車で往来できる北ゲートと西ゲートの他に徒歩で入れる森ゲートがあり、森ゲートには辺りを照らす照明と芝生が広がっていた。また、傍には木に囲まれた森の小道があり、そこから進むとアスレチック広場まで繋がっている。しかし、裏道の方は照明はなく真っ暗だった。

 

「監視の人に見つからないために、ここから進むのか……懐中電灯か何かを持ってくればよかったかな」


 少しだけ一人できたことを後悔しながら持っていた携帯を手に取りながら進む。ただ、暗闇での照明はリスクが監視の人に見つかる危険が高いため、万が一に備えているだけで照明は使わずにゆっくり一歩一歩すすむ。というのもこの小道は途中いくつかの獣道に近い分岐があり、北は野鳥の観察用の道へと繋がっていて、南は水路後のような深い窪みを介して森ゲートから見えた芝生の広場がある。この狭間にあるこの小道は幅1mもないくらい細く、両側が急勾配の坂道となっている。一歩道を踏み外したり、木の根に足を取られて転んでしまえばだいぶ下まで転落しかねないような道だった。


「俺、小学校の頃にこんな場所でサバイバルゲームをやっていたんだよな」


 小学生の頃を思い出し、危険意識の薄さに驚きながら慎重に進む。途中、鳥の鳴き声や不穏な草をかき分ける音に反応してしまったが、そのときは悲鳴をあげられると困るので佐山嬢がいなくて助かったと思った。

 こうして歩く事数分。進んだ先でようやくアスレチック広場が見つかる。


「なつかしいな」


 木とロープでできたアスレチックを見ながら更にその先を進んでいく。そして、アスレチックのスタート地点と思われる場所に芝生が広がる場所があった。

 

「この辺りだと思ったんだけど……」


 芝生の広場を歩いてみながら見回してみるが建物や岩場などがある。

 こうして月明かりで周囲が見えてしまうので、似てはいるものの場所が少し違う様な気がした。

 

「まあ、そううまくいかないか」


 そう呟いた後、少し先に進んで不意に空を眺めてみる。綺麗な月と星が見えたがやはり月も夢のときのように大きくなかった。

 ただ、それでも家からみる月よりも不思議と綺麗な気がして、思わず見入る。


「綺麗だなあ」


 自身の表現力の乏しさが少し悔しかったが、そう思えるほどの星空をこれから先、どれだけあるだろうか。日常で生活していれば早々暗いところで夜空を見ることなどない。そう思うと今気付けた自分がなんとなく少しだけ特別な気がした。

 それから、どれだけ眺めていたのだろうか。夜空を眺めていると俺の肩を誰かが叩いた。

 

「……もう少しだけ」


 俺がそう言うと、再び誰かが肩を叩く……叩く、誰か?

 

 そう気付いたときには既に手遅れとしか言いようがなかった。なんせ肩を叩かれているのだ。

 逃げるにしても隠れるにしても既に遅い。俺は覚悟を決め、恐るおそる視界を空から肩を叩いた後ろへと移していく。

 そして、身体も向き直って目の前にいた人は。

 

「えっ?」


 そこにいたのは同じ歳くらいの女の子だった。白いワンピースに白いカーディガンをまとい、無表情にこちらを見ている。顔は幼さを残しながらもどこか影のある儚げな表情は夢で見た女の子とそっくりだった。

 ただ、その女性は夢とは違い、黒髪だったので別人だということはすぐに理解できた。

 

「き、君は?」


「あら?あなたが私を呼んだのじゃないの?」


「え?俺が?」


「ええ、ほら」


そう言って手渡されたのは何やら手紙のようだった。そして携帯で光を照らしながら確認してみると、確かに待ち合わせ場所はここだった。ただ、待ち合わせにはまだ時間がある……というか自身の携帯で時間を確認してわかったのだが、律儀なのか真面目なのか彼女は待ち合わせ時間よりも30分も早く来ているようだった。

 

「これは俺のではない……かな」


「そうだったの。ごめんなさい」


 彼女はそれだけ言うと何処かへ行こうとしたのを見て、俺は彼女の腕を掴む。


「何か?」


「え?あっ……」


 夢で会った人にそっくりだったからなんて言えるはずも無く。俺は必死に言葉を考える。


「えーと、よかったらまだ時間があるし一緒に星空でも見ない?」


「空を?」


 彼女は少しだけ考えた後、ちらりと空を見上げた。そして、どうするか決まったのか俺の方を見て答えた。

 

「いいよ」


「よかったあ。ありがとう」


 こうして俺は彼女と夜空を眺めた。ただ、何を話していいのかわからず、お互いに無言のまま眺めていた。途中、俺はなにか話そうと彼女の方をちらりと見たが無心に夜空を眺める彼女の姿を見て、余計なことはしないことにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ