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俺は月夜の女神に恋をした  作者: 安部野 馬瑠
1話 すべてのはじまり
4/19

はじまり

「……ここは?」


 見渡す限り真っ暗だった。視界は狭く、なぜか俺は朦朧と歩いている。


……なんで歩いているんだろう?


 意識ではそう思っても身体が勝手に歩いている。そして、不意に足が止まり、周囲を見渡すが薄暗く何もない。強いていえば少しだけ霧がかってきていた。何もないことを確認し、再び前を見ると突然大きな屋敷が見えた。


……先ほどまで何も無かったはずなのに。


 その家は日本ではあまり見ないであろう西洋風の屋敷で大きな庭に宮殿みたいな大きな建物だった。


「すいません!誰かいませんか!」


……俺、何しているんだろう。


 突然俺は屋敷の入り口でそう叫んだかと思うと、その建物の置くから顔の見えない人影が現れ、礼をしたかと思うとついてこいと言う様な素振りをし、屋敷の方へと向かっていく。そして、俺も何の不思議も感じずにその人影についていく。

 手入れされているはずなのに何処か薄暗い庭。そしてしばらく歩いて門前に居たのは……


「お前だよ!佐山嬢!なんで夢に出てくるんだよ!」


 翌日の昼休みなぜか俺は、昼休みに職員棟に備わっている非常階段の屋上で弁当を食べながら昨晩見た夢の報告をしている。

 なお、ここも立ち入り禁止になっているものの、職員室がある棟なので、職員室から死角となっていている。さらに景色も良く、外で話しているので声も響かず先生には見つかりにくい。しかも職員室から近いおかげで一般生徒は疑われずに堂々と付近を歩けるが不良生徒は近づかない穴場だった。初めて見つけたときは灯台もと暗しという諺に感謝したものだ。


……話がずれた。


 そう、あの日、絵を枕の下において寝た。そして夢を見た。

 ただ、夢に出てきたのは俺が期待した月夜の女性ではなく佐山嬢。しかも、暗闇に不気味な西洋風の屋敷。どう見て呪われそうな夢だった。今思い出しただけでも自分がどうしてあんな行動をとったのかわからないし、思い出すだけで恐怖で身震いしたくなるような夢だった。


「お前だよ!佐山嬢!なんで夢に出てくるんだよ!」


「知らないわよ!てか何で2回も同じこと言うのよ!私は全く関係ないじゃない!しかもなんでホラー色を帯びているのよ。あなたの私のイメージどうなっているのよ!せめてもう少し華やかに脚色しなさいよ」


「佐山、批判するとこずれていってるぞ」


 佐山嬢の反論に冷静にツッコミを入れる夜気。ただ、だいたい原因は夜気のせいなので俺は苦笑いするしかなかった。

 夜気が佐山嬢の絵を描いたから。夢に出てきた原因はそれしか考えられなかった。もっとも今は佐山嬢がいるので間違っても指摘できないが……でも問題はそこではなかった。


「いや、そんなことはどうでもいいんだよ」


「どうでもよくないわよ!」


佐山嬢にキッと睨まれ俺は反射的に肩を竦める。


「は、はいどうでも良くないです……じゃなくて!俺は月夜の女性に会いたいの!」


「そう言われてもね……そもそもその呼び方が良くないんじゃないかしら」


「あ、それは同感」


佐山嬢と夜気はお互いに顔を見て頷きあう。ただ、俺には何が言いたいのかさっぱりわからない。


「え?何が悪いの?ぴったりの呼び方だと思うけど」


「良くないわよ。それじゃ、犬を飼っている飼い主が犬に向かって四本足で歩く動物と呼んでいるようなものじゃない」


「そうそう、そのとうり!」


「いや、その例えはさすがにおかしいだろ……」


 意味がわからない説得をする佐山嬢とそれに賛同する夜気に頭が痛くなった。

 ただ、佐山嬢の例えは置いといて、要は愛称が欲しいと言いたいのだろう。とりあえず俺は話だけ合わせる。


「じゃあ、何がいいんだよ」


「アルテミス!」「ルナ!」「クー!」「ルナ!」

「ヘカテー!」「ツクヨミ!」「セレーネー!」


「ちょっと待って!お前ら実は事前に打ち合わせしていただろ。てか、今さりげなく男混じってなかったか。それに二回同じ名前言ったよね」


「細かいことは良いじゃない。ところでどれがいいのよ」


 俺の冷静なツッコミに佐山嬢はどうでもいいと言いたげにばっさり切り捨てるそんな佐山嬢の反応を不服に思いながらもせっかく二人が考えてくれた名前だと思い、少し考えてから答える。


「じゃ、じゃあアルテミスで」


「どうして?」


「知っている名前がこれとルナだけかな。それにアルテミスはたしかギリシア神話の三大処女神だったから清楚なイメージがある。ルナは後ろに言葉を足すとルナティックになって狂気という意味になるからね」


「あら、真面目君だったのね……」


「お前、処女厨だったのか……」


「名前を付けようと言ったのはお前らだよな!あとじゃあなぜその名前をだしたし!」


 答えた反応が予想以上に辛辣だったことを抗議するが、二人は軽蔑するかのようなジト目でこちらを見てくる。


「じゃあお前らはどれがいいんだよ」


「ヘカテー!」

「ルナティック!」


「聞いた俺がバカだったよ……」


 なお、ヘカテーも月の女神とも同一視されていたりするが、別名『死の女神』。そう言った佐山嬢は夢の件をふまえて知ったうえで言っているのだろうか。ちなみに夜気が言ったルナティックは単になんとなく格好がいいから。と表情から考えていることが伝わってくる。


「不服そうね。ま、いいわ。じゃあ作戦名はアルテミスに確定ね」


「おお、コードネーム・アルテミスか。格好いいかもな」


「……これ、作戦名だったのかよ」


「当たり前じゃない、何でひと様に勝手に名前つけるのよ」


 思い返してみると確かに二人は人に名前をつけるとは一言も言ってなかった。


「悪意しか感じられないやりとりに反論できない自分が悔しい」


「何か言った?」


 佐山嬢が笑顔で聞いてきたものの、その表情は引きつっている。


「……いえ、何も……。それより今は俺は夢の」


「相手に会いたいんでしょ。わかっているわよ」


 そう言うと佐山嬢はため息をついた。そして何やら考えた様子を見せたあと、何かを思いついたのか笑顔になる。


「だったら、夢で見た場所へ行けばいいのよ」


「場所?」


「ええ。夢で見た場所よ。見覚えはなかったの」


「うーん、洋館なんて」


「そっちじゃないわよ!そっちでは出会ってないんでしょ」


 言われてみれば。俺は苦笑いすると改めて最初に夢で見た場所を思い浮かべる。


「……真っ暗だったからほとんど覚えてないなあ。強いて言えば、空への視界は開けていて、どこかの丘陵だったかもしれない。といった感じかな」


「何それ。手がかりほぼないじゃない。でもなんで丘陵とわかるの?」


「何でだったかな。確か近づいてくる彼女の足音が土や葉を踏むような音だったからな気がする」


「周囲に木は?」


「暗くてよくわからなかったけど、俺の周囲には何もなかったかな。でもその更に先には木があったのかもしれない」


「丘陵、視界が開けている、夜は暗い」


 それだけの情報で思いつくところなんてあるはずがない。

 と思ったが、はっとなり思わず佐山嬢と顔を見る。佐山嬢も思い当たるところがあったらしい。お互いの目が合ったのを確認すると同時に言葉を発した。


「総合運動公園!」

「総合運動公園!」


 そう、あの場所には条件がすべてそろっていた。丘陵の頂上に作られたと思われる総合運動公園はサッカーから野球、テニス、プールまで完備されており、そこから少し移動したところに一面の芝生が広がる場所、木々の広がる野鳥の観察場所、アスレチックまですべてがそろっていた。加えて整備されていない小道も多かった。俺も佐山嬢も昔、30分以上もかけて自転車で向かいかつての友達と共にサバイバルゲームや冒険をして遊んでいた場所だった。


「懐かしいわね」


「ああ……」


 俺と佐山嬢はかつての記憶を振り返り、懐かしむようにしてお互いの顔を見てほほ笑みあう。


「あのー、もしもーし」


 そこへ割り込んできたのは夜気だった。話に取り残されたのが不満だったのかすこしだけ不機嫌そうにしている。


「悪い。どうかしたか?」


「総合運動公園て?」


「ああ、この高校から南東方向に行って長い坂を上ったところにある場所だよ。マラソンで一度行ったことあっただろ」


「ああ、そう言われてみればそんな場所があったような」


「あんまり興味なさそうだな」


「ああ、まあな。俺は詳しくないしパスだ。どうせついて行っても力になれなさそうだし」


「そうか。まあ、行くにしても部活後になりそうだしな」


 そう、夜気は帰宅部。俺が向かうにしてもそれまで何処かで待ってもらう必要があった。それも合っているかわからない場所へ夜気を連れて行く気には俺もなれなかった


「ああ、悪いな」


 そう夜気が言い、俺は頷くと佐山嬢の方を見てみる。佐山嬢も同じく少し困ったような表情をしている。


「もしかして、今日の部活後に向かうつもり?」


「ああ、そうだけど」


「そう、じゃあ私も無理ね」


 佐山嬢も無理らしい。部活後なため、辿り付いたあとは日が沈んだ後になるだろう。そこから場所を探すことを考えれば佐山嬢の判断はごく正当なものだった。


「そっか。まあ仕方ないな」


「あれ?え、ええ。そうね」


「ああ、でもありがとうな」


 こうして、俺は部活後に総合運動公園に向かうことにした。


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