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俺は月夜の女神に恋をした  作者: 安部野 馬瑠
1話 すべてのはじまり
3/19

夢会議

 始業式は相変わらず退屈だった。お偉い先生の話、頭髪検査、それらが終わっても教室で担任の先生からのありがたくない話が待っており、それらが終わってようやく本日の授業が終わる。

 とうやく開放され、教室の机でぐったりとしていると誰かが近づいてきた。


「お・ま・た・せ♪」


 聞きなれた声でそう言ってきた。

 俺は気だるげ頭を起こし、相手を確認すると夜気だった。


「男のお前に言われても嬉しくないんだけど。むしろ吐きそう」


「ひでえなあ。せっかくお前の為に一肌脱ごうというのに」


 夜気はそう言いながら袖を捲る。先ほどまで退屈な授業を感じさせない笑顔と爽快感に影響されたわけではないが、とりあえず話を聞くために上半身を起こす。


「いや、その大袈裟な素振りはいらないから。でもありがとうな」


「おう、いいてことよ」


 そういうと夜気は白い歯を見せながらウインクをしてきた。男に対してウインクもどうかと思いながらもそこは軽くスルーする。


「それに助っ人も呼んでおいたぞ」


 そう言って、夜気は教室のドアの入り口を見る。夜気の視線を追って見た先には佐山嬢が立っていた。

 ただ、教室に入ってくるには同級生が沢山いるため抵抗があるらしい。授業が終わっているにも関わらず教室に踏み込んでくる気はないようだった。


「しかたない、佐山嬢も話せるように移動するか……」


 この調子だと佐山嬢は誘っても一緒についてこないだろう。俺と夜気は立ち上がり、教室を出るときにさりげなく佐山嬢にメモを渡すと教室を後にした。

 教室を出て向かった先は二年生棟にある生物室。今日は始業式ということで生物室は開いていない。そして、廊下に誰もいないことを確認すると俺は窓の隙間に足をかけ、ドアの上にある窓をあける。


「へー、そんなところ開いてるんだ」


「開いてるんじゃなくて開けておくんだよ。ポイントは先生のチェックが漏れやすい位置の窓の鍵を開けておくことと、上ったときに足が窓に当たって割れないようにする運動神経かな。あとはセキュリティが入っていないこと」


「お前、スパイみたいだな」


「うるさいわ!絶対他の人には教えるなよ」


 俺はなれた手つきで窓から侵入を果たし、入り口のドアの鍵を開ける。

 そして、席について夜気とご弁当を食べることにするとほどなくして佐山嬢も入ってきた。


「お待たせ、あなたって生物の先生と仲が良かったの?」


 不思議そうにする佐山嬢に夜気が得意げな態度をとる。


「いつから生物の先生と仲良しだとかんちが……」


 夜気が話す最中にチョップを入れ、慌てて誤魔かす。


「ほ、ほら俺らの担任が生物の先生だったろ」


「ああ、なるほど」


 納得したような言葉とは裏腹に、佐山嬢は夜気と俺のやり取りを疑う目で見ていたもののそれ以上詮索しなかった。


「で、私に相談があるって聞いたんだけど何?」


「……夜気、お前説明していなかったのか」


「てへぺろ☆(・ω<)」


 そう言いながらやきは片手を頭に持っていきポーズをとる。


「ネタが古いわ!てか男のお前がしても気持ち悪いだけだ!」


「じゃあ、佐山ならいいのか?」


 夜気の言葉で俺と夜気は同時に佐山嬢を見る。


「や、やんないわよ」


 佐山嬢は顔を赤くして両手をクロスさせて自らの両腕を掴み身を守る格好をする。


「デスヨネー」

「デスヨネー」


 俺も夜気も最初から期待していなかった。もっとも、その恥ずかしがり方は加虐心をそそるのでやめた方がいいのでは。と思うがあえて言う必要もなかったのでスルーする。


「……で、本題は何なのかしら?」


「ああ、そうだな。とりあえず弁当食べながらということで、佐山嬢も席につきなよ」


 こうして三人でお弁当を食べながら夢で見た話しを佐山嬢に聞かせた。月明かりの色と同じ色の髪をなびかせ、白いワンピースに白いカーディガンをまといながら凛とした姿勢。その姿は先ほどまでいた月のようにまるで暗闇の中で唯一白く輝く光のように見えたこと、そこから見えた顔は幼さを残しながらもどこか影のある儚げな目が印象的だったこと。


「つまり、夢で見た月明かりに照らされた女性に恋をしたと……て乙女かっ!!」


 既視感を感じながら佐山嬢のツッコミを貰う。


「つまり、月が綺麗って……」


「え?何か言った?」


 佐山嬢の声がうまく聞き取れず俺は聞き返す。


「な、何でもないわよ!」


 佐山嬢が声を荒げて大袈裟に怒り出す。なんとなく理不尽な気がしたものの相談している身なのでぐっと堪える。

 そして、ため息をついた佐山嬢は少し考え、何か閃いたのか俺の方を見てこう言った。


「諦めなさい」


「えっ?」

「えっ?」


 いきなりとどめ刺され俺と夜気は呆然としして佐山嬢を見る。


「え?いや、もうちょっとさあ……」


「だって夢なんでしょ。夢は所詮夢よ。現実を見なさい!それに他の人に相談したところで頭おかしい人に見られるのが落ちよ」


 そう言うと佐山嬢は腕を俺の方にビシッと伸ばし俺に指差しながらそう言ってきた。

 正論だったもののそれを承知で聞いているのだ。呆れながらもちらりと夜気を見る。


「だそうだ空。わかったか」


「夜気、お前もか!てかこの話しをしようと言い出したのはお前だろ」


「あ、そうだった」


 夜気は片手を頭にやり『てへっ』とした後、再び手を組む。


「まぁ、でも夢の中なら……写真を枕の下に敷くとかすれば見れるんじゃ」


 夜気の提案に佐山嬢は呆れたようにため息をつく。


「いや、相手が夢だと言ってたじゃない。無理よ」


「じゃあ、手描きで絵を描けばいいなじゃないか」


「……え?」

「……え?」


 夜気の提案に俺と佐山嬢はキョトンとした表情になる。


「いや、俺は絵が絶望的に下手なんだけど」


「わ、私も同じく……」


 俺と佐山嬢は顔を見合わせた後、おずおずとそう答える。


「そんなの描いてみてから判断すればいいだろ。とりあえず弁当を食べ終えたら描こうぜ」


 こうして三人は雑談を挟みながら弁当を食べ、時間に余裕があることを確認してから絵を描いてみる。


――そして30分後


「で、できたわ……」


「お、俺も」


「おお、じゃあみんな描けたな。じゃあ一斉に見せ合おうぜ」


 夜気の言葉に従い三人はお互いに絵を見せ合う。


 ……言わずもがな。俺と佐山嬢の絵は絶望的に下手だった。なお棒人間的な絵を描いた俺に対し、佐山嬢は中世のベルサイユの絵を思わせるような昭和臭が漂う絵だった。そして夜気の絵は。


「こ、これは……」


「に、二次元の絵。見た目に反して意外な特技ね」


「おお、どうだ」


 夜気が書いた絵は4頭身の2次元絵だった。ゆるキャラを思わせる可愛らしい絵で黒髪の巻きのある髪、ご令嬢風の風貌……というかよく見ると佐山嬢をキャラにしただけなんじゃ。俺は銀髪て言ったよね。


「あ、あのさ……いろいろツッコミどころがあるけどまず髪が」


「おお、そうだったな。でもまあどうせ夢で見る相手なんだから補正すればいいじゃないか」


「お、おぅ……」


 補正するのは絵の方だろと突っ込みたい気持ちを抑える。

 俺はちらりと絵のモデルとなった佐山嬢を見てみるが当人はまったく気づいていないらしい。


「よく描けているわね」


 そう言うと関心した様に絵を見ていた。

 いや、佐山嬢いろいろ髪も見た目もツッコミどころしかないと思うんだけど。この絵だと俺の夢に佐山嬢が出てくることになるんですけど。ただ、今言ってしまうと余計に話がややこしくなりそうだったので言いたい気持ちを堪える。


「あれ、もうこんな時間か」


 俺がどこからツッコミを入れるべきかと考えていると夜気が不意に時計を見ながらそう言った。つられて時計の時間を確認すると、そろそろ部活に向かわないといけない時間となっていた。


「あ、ほんとだ」


「じゃあ、そろそろ行きましょうか」


 そういうと教室を出る。そして、俺は中から鍵を閉めると上の窓からガラスを割らないように気をつけながら出る。


「あなた、スパイか何かだったの」


「佐山嬢、お前もか……」


 ……あれ?隠すのを忘れていたけど佐山嬢は気にしないのか。

 

 こうして、俺と佐山嬢は部活に向かい、夜気は帰っていった。

 ちなみに佐山嬢と俺はたまたま同じ部活だった。部室は男子用と女子用があるので着替えは別なのだが道場は同じなので結局一緒に弓を引くことになる。もっとも。弓道中は私語禁止、部内恋愛禁止で男女別にグループができている上に弓道部は全国大会常連高として部長と副部長が厳しい目で見ている。当然、男女から目をひきやすい佐山嬢と俺が話す機会などなかった。

 こうして、午後からの長い部活動をして的中率50%というまずまずの成績で部活を終え、帰宅した俺はせっかくなので描いてもらった絵を枕の下に敷いて寝てみることにした。


「どうか、また夢で出会えますように」


 そう願いながら静かに目を閉じた。そして部活の疲れからか目を閉じているとすぐに意識が遠のいていった。


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