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俺は月夜の女神に恋をした  作者: 安部野 馬瑠
2話 動きだす時
12/19

知らない罪

「不幸……」


 俺は席から外を眺めながらぼんやりと呟いていた。

 そんな俺に、誰かが近づいてくる。


「上の空……」


 声がした方を見ると夜気が呆れた様子で見ていた。


「……0点」


「厳しいな。てか、もう放課後だぞ」


「え?」


 俺は驚きながら周囲を見渡す。既に人はほとんど居ず、閑散としていた。

 いつの間にか授業は終わり、放課後になっていた。


「不幸、不幸って……空はそんなに不幸になりたいのか?」


「いや、別に……てか、自ら不幸になりたい奴が居るわけ……あ、俺か」


 俺と夜気は顔を見合わせ苦笑いする。

 そして、ようやくかばんを持ち立ち上がり、夜気と一緒に教室を出た。

 そして、廊下に出ると、隣の教室が閉まり、その前に数名の生徒が待っている姿に気づく。

 

「……何かあったのか?」


 俺が尋ねると夜気は首を傾げる。


「さあ?」


 お互いに顔を見合わせて、ドアを再び見ると、教室のドアが開いた。

 そして、先生が姿を現すと、不機嫌な様子でこちらを見てため息をついた。

 そのまま無言で去っていくのを見た後、俺は教室の中を見て目を疑った。


「いったい何が?」


 生徒の中でただ一人、席を立ち俯く有栖。

 有栖以外の者は席についていたものの、疲れた様子で俯いていたり、話したりしていた。


「……佐山嬢に聞くか」


「そうだな」

 

 疲れた様子で教室を出て行く人達と入れ替わるようにして、佐山嬢の所へ向かう。


「何かあったのか?」


 顔を俯ける佐山嬢に尋ねると、佐山嬢は俺の顔を見て、有栖の方をちらりと見た。

 釣られるように俺も有栖を見ると、有栖は席につき俯いている。

 そして、再び俺の方を見た佐山嬢は深くため息をついた。


「今日、盗難事件があったの……」


 その言葉に嫌な予感を感じ、思わず息を飲む。


「……それで?」


 佐山嬢は顔を俯けながら答えた。


「その盗難事件というのはね。教室内のある女性の財布が盗まれたというものなの。それでね、たまたま最後の授業が担任の先生だったということもあって、一度、教室内を探してみてみようという事になったの。ただ、最初は自分の机、次はお互いの机という順にね。そして、最初に自分の机を確認し始めたとき、彼女の机から財布が見つかったの」


 佐山嬢は顔を上げ、視線を向ける。見た先は有栖だった。


「で、でも最初から盗むつもりなら自分の机を見たときに名乗るのは変じゃないか」


 俺の疑問に佐山嬢は頷いた。


「そんなのわかってる。それだけだったらそんなに長くならなかったわよ。でもね、問題はそこからだったの。先生の問いに彼女は無言で首を横に振ったわ。まぁ、当然よね。そのときはみんな驚きながらも納得してたし、それで返して終わりだと思っていた。

 けど、先生がじゃあ誰かが有栖を陥れようとしたのかという話しなって……でも彼女、もともと周囲から浮いていた事もあって……それに困った先生が、あった時とそれに気づいた時の間にそれぞれ何をしていたのか聞き始めて。それでアリバイがなかったのが……」


「なかったのが……?」


「彼女だけだったの」


「で、でも……」


 だからといってそれだけで有栖がしたとは言えない。

 そう言いかけた俺を佐山嬢が遮る。


「空が言いたい事はわかってる。それに、そのときも本気で彼女がしたと思っている人も少なかった。事実、先生もそうだった。でも、授業の時間も終わり、重苦しい空気になり、みんな疲れて無言になっていて、先生も完全に終わる糸口を見失っていたの。そんなとき、彼女が立ち上がったの。そして……」


 佐山嬢は俺の方を見た。


「『私がしました』。そういったの」


「え?」


 俺は言葉に詰まった。


「結局、それがきっかけで、そのまま財布も返されてその場はこれで解散。ようやく開放されたのがついさっきで今に至ると。もっとも有栖は後で事情を聞かれるらしいんだけど……」


 佐山嬢が周囲に視線を向け、俺も周囲を見て納得する。

 周囲の人達が有栖の方を睨むように見たり、ひそひそと話していた。もっとも、話していたという点では自分たちも同類だったが、その声から聞こえてくる内容は気持ち同情よりも悪評といったお世辞にも気分がいい話ではなかった。


 そんなとき、有栖が立ち上がり、その瞬間周囲が沈黙に包まれる。


「佐山嬢、話してくれてありがとうな」


「あ、ちょっと!」


 俺は礼を言うと制止しようとする佐山嬢を振り切り有栖の方へと駆け寄る。

 しかし、そんな俺に気づいた有栖は無表情で俺を睨んだ。


「近寄らないで!」


 有無を言わさぬ低く重い声に俺は思わず立ち止まる。

 その様子に驚きながらも俺は真剣に有栖の目を見る。


「……いやだ」


 俺はそう言ってゆっくり近づこうとしたときだった。


 有栖は俺を見て叫ぶ。


「また、同じ事を繰り返す気!」


 初めて聞いたはずの有栖の叫び声。

 しかし、感情をむきだした声に俺は不思議と驚きを感じなかった。

 ただ、有栖の不可解な言葉に俺は戸惑う。


「また?また、繰り返すってどういう……」


 有栖にしまったというような表情をして手で口を押さえる。

 そして、俺を恐れるように二、三歩後ずさると、俺に背を向けて教室を駆け出て行った。


「俺が何かしたっていうのか……」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。

 夢から始まって、公園で出会い、お昼だって共にした。朝練も付き合ってくれて、ようやく少しは仲良くなれた。

 少なくとも俺はそう思っていた。


「そう思っていたのは俺だけだったのか……」


 俺は意味がわからず呆然としながら教室を見渡す。

 周囲は一様にこちらを見て、冷ややかな目と同情の目をこちらに向けていた。 


「なんだよ……なんで、みんな俺をそんな目で……」


 その視線に湧き上がる不快を感じつつ、今度は佐山嬢を見る。

 佐山嬢は他の人とは違い、なぜか悲しそうな目で俺を見ていた。


「なんでそんなに悲しそうな目で……」


 その瞬間だった。

 俺は急に頭を殴られたような強烈な痛みを感じ、バランスを崩して片膝をつく。


「空!」


 悲鳴に似た叫び声。その声は佐山嬢の声だった。

 ぼんやりしながらも顔を上げると、駆け寄る佐山嬢の姿映った。

 ただ、俺にはその光景が過去に見覚えがある気がした。


「あれ……?どこかで……覚えがあったような……」


 再び頭に強烈な痛みを感じ、痛みのせいか視界が狭まる。


「空!しっかりして!空!……」


 意識が遠のいていく中、佐山嬢の叫ぶ声を聞きながら、走馬灯のようなものが俺の視界を駆け抜けていった。


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