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俺は月夜の女神に恋をした  作者: 安部野 馬瑠
2話 動きだす時
11/19

マイナスとマイナス

 翌日。俺は有栖の言葉を信じて朝練へと向かった。なお……

 

「はぁ!?何で私がお兄ちゃんを起こさなきゃいけないのよ!……って、寝るな!さっさと起きろ!」

 

 と、朝の目覚めをいつものように妹に怒られながら起きることになったのは省略。

 現実世界の妹など、ツンはあってもデレはないのである。


 などといった事がありながらも俺は無事に学校に着く。

 そして部室で袴に着替えて準備し、道場内で的を前にして正座して待つ。

 

 

 それから、十数分後……

 正座で瞑想しながら待っていたが、一向に有栖がやってくる気配がない。


「たしかに明日って言ってたよなぁ。……あれ?そういえば俺の部活知ってたっけ?」


 俺はぼんやりと的を眺めながらぼやいた瞬間だった。

 突然、後ろから頭に軽く手を当てられ、驚いた俺は振り返る。

 そこには有栖が立ち、なぜか俺を睨んでいた。


「全く気づかないなんて……しかも全然、集中できてない」


「……そうかも」


 集中できてない事を素直に認め、立ち上がって有栖を見る。

 睨んでいたように見えた目は角度が原因らしく、立ち上がるといつもの無表情な有栖だった。


「弓道は無心で引くものでしょ」


 冷めた目で淡々と話す有栖。

 どこで聞いたのか、有栖は弓を引いたことなどないはずなのに、言っていることは的を射ていた。

 そして、的のほうを見て呟く。


「……にしてもずいぶんと金ぴかで小さな的ね」


「あれは金的って言うんだ」


「金的?」


「そう。本当の的はもっと大きいんだけどね」


「そう……なの?」


 有栖は首を傾げたが、単に気になっただけらしい。

 それ以上は何も言わず、俺の正面に立った。


「見ててあげるから引いて」


 意外とよく話す事に驚きながらも俺は頷くと、矢を番えていつものように弓を引く。

 しかし、放たれた矢は的から大きく外れ2時の方向に刺さった。


「……下手ね」


「ああ、そうだな」


 俺は淡々と返事すると、再び矢を(つが)える。そして次、また次とに矢を放つが全て外れた。

 四本すべて放ち終えた俺は礼をして矢を回収する。

 そして、戻って矢筈を拭いていると有栖が呟いた。


「やっぱり、私のせいで……」


 俺は意図していることがわからなかったものの首を横に振る。


「それは関係ない。それに金的は調子がいいときでも当たらない方が普通」


「じゃあ、普段はどうだったの」


「朝練なら一、二本は……かな?」


「で、最近は?」


「……当ってない」


 俺は視線をそらしながら言った。


「なら私と関わってから調子悪いじゃない。事実、今も当たってないじゃない」


「あ、あれはたまたま連続で手が滑っただけ」


 俺は否定し終えると再び立ち位置に入り、矢を射る。しかし、ふたたび全て外れた。


「やっぱり。だから……」


「視界に鳥がはばたいたから」


 俺は苦し紛れの言い訳をして、遮り再び立ち位置に入り、矢を射る。しかし、ふたたび全て外れた。


「目をそらさないで現実を……」


「諦めなければ負けじゃないから」


 遮り再び立ち位置に入り、矢を射る。しかし、一本も当たらなかった。


「試しに……」


「だが、断る!」


「……」


 その後、無言の中、冷めた目で見る有栖の前で何度も矢を射る。しかし、一本も当たらなかった。

 そして、もうそろそろ切り上げなければいけない時間となってきたとき、 有栖は顔を俯ける。


「だから不幸になると言ったのに……」


 その言葉を聞き俺は思い出した。初めてご飯に誘ったとき、彼女がそんな事を言っていた事に。

 俺は驚きながら有栖を見る。


「不幸?もしかして本気で不幸を呼び寄せると思っているのか。」


 有栖は俺を睨み頷く。


「そうよ。だったら何?私が関わった人はみんなそう言って離れていった。今はこうして強気でも、空も今の状況がこのまま続けばそのうち部活をやめるか私と離れるかどっちかを選ぶ事になるに決まってる。だったら私の方から……」


 有栖は俺を睨みながら目に涙を浮かべていた。

 そこまで言って、ようやく俺は先ほどまでのおかしな言動に納得する。

 すると急に全身の力が抜け身体が軽くなった感覚を覚え、有栖に微笑む。

 

「だったらそんな不幸、一瞬で変えてやるよ。見とけよ」


「……そんな簡単に当たるわけないでしょ」


「ああ、そうだな。でも、実際、当たるときは簡単に当たるものだよ」


「そんな都合よくいくはずがない……」


「そういうのは試す前から諦めてる奴が言う台詞だ」


「試しても同じよ……」


「それはどうかな」


 俺は一本だけ矢を取り、礼をして入ると再び立ち位置に入った。

 有栖の方を見ると有栖も同じなのか不安そうに見ている。その全く期待されていない視線、諦めに似た空気。ここ数日、金的に一本も当たっていない事実。確かに状況は最悪だった。


 俺は一度大きく深呼吸し、呼吸を整えると矢を番え、的を睨む。

 そして、目を閉じた。

 

――初心を忘れずに、基本に忠実に。


 全ての意識を弓に向け、弓を引きながら矢に思いを込める。

 そして、再び目を開き、的を見た瞬間だった。


 そこからは、ただ一言。よく覚えていない。

 

 的を狙い、定めていたのは覚えている。しかし、それ以上余計なことは一切考えていなかった。

 そして次に意識が戻ったのは矢を放ち、軽快な音と共に金的に矢が刺さった後だった。

 

 その光景を確認し、弓をゆっくりと降ろし、有栖の方を見る。

 有栖は信じられないといった表情で俺を見ていた。


「な、言ったとおりだろ?」


「……どうして、だってさっきまでそんな気配なかったのに」


 おどろく有栖に俺は微笑む。


「それは、有栖のおかげだよ」


 俺の言葉に有栖は首を傾げる。


「私?どうして?」


「だって有栖は自身を不幸だと思っていたんだろ?」


 有栖は無言で頷く。


「なら、答えは簡単だよ。を足したってマイナスなままだけど、マイナスにマイナスを掛ければプラスになるだろ。だから足すという発想を斜めにしちゃえば見事にプラスに転換できるってこと」


「……言っている意味がわからないわ」


「じゃあ、式にして書いてやるよ


『(-10)+(-10) = -20 → (-10)×(-10)=100』


な?マイナス同士を掛けるだけでただのプラスを足すよりすごい結果になるだろ?」


「……ごめん、やっぱり意味がわからないわ」


 微笑む俺に有栖は冷めた目で見ていた。

 その目を見て俺は苦笑いした。


「やっぱり。まぁ、実際は俺もよくわかってないんだよね。ただ、あのときは絶対的中させないといけない気がしたんだよ」

 

 その説明を聞いた有栖はため息をついた。


「あなた……馬鹿でしょ。それじゃあ何も解決してないじゃない。朝早くきた私が馬鹿みたい……」


「そうでもないよ、おかでげなんか吹っ切れたし」


 俺の言葉に有栖は呆れながら再びため息をついた。


「わかった。期待しないでこれからも逃げない事を願うわ」


 有栖はそう言って振り返ろうとしたとき、一瞬だけ笑顔が見えた気がした。

 そして、そのまま有栖が道場を出て、見えなくなったのを確認して俺は呟く。


「……不幸、か」


 俺は的を眺めた。


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